【小説】さかなの言葉(第10話)/恋人の種 (冒頭部分)
谷山浩子
「あとがき」めいたものを書こうと思ったんですが、冗長になるのでやめました。 拙文お読みくださり、拙歌お聴きくださり、本当にありがとうございます。 途中いただいた、ありがたくも嬉しいコメントをガソリンに、最終話まで無事投稿することができました。かけていただいたお言葉は皆、今後の執筆の励みとさせていただきます🙇 歌は耳を準備しておけば、流れる時間と共に享受できますが、文章はそうはいかない。読んでくださる方の意思と能動的な時間をもって、初めて成し遂げられるものだと重々わかっているだけに、ほんとうに感謝にたえません。 そして、全話通してピアノの演奏を使わせていただいた、にわとりのとさかさんに多大なる感謝を。 拙い物語ではありますが、記憶のどこか片隅に残していただけたら、それほどに嬉しいことはございません。 お読みくださり本当にありがとうございました🙇 来週からは普通の投稿に戻ります。 お付き合いくださいまして、ありがとうございました。 御礼の言葉しか出てこないので、10話と最終話、参ります。 ✼••┈┈••✼••┈┈••✼ 🐟さかなの言葉10 しかし、その日は唐突に来た。 目を覚ましたら、“うをお”がいなくなっていた。 沓脱を見ると、“うをお” の白いスニーカーがない。このところ、暑さしのぎに行く夜の海岸散歩のために、私のクロックスではきつかろうと買ってあげたものだ。 名前を呼ぶまでも、姿を探すまでもなかった。不在は歴然。声にならない。 私は何か残っているものがないか、部屋中を探し回った。 皆無。 この状況を飲み込めない。胸が苦しくなる。 どうして? 問うたとて戻らないのは察せた。理由もなく確信が持てることが、悲しかった。それでも、問いは心の中でこだまする。 どうして? どうして? どうして…… 部屋の中で溺れるように喘ぎ、呼吸が浅くなっていく。 “うをお” の物は何もなかった。もとより、身ひとつで来たのだ。買って与えた着替えもわずかで、それは畳んで部屋の隅においてあったが、抱きしめて匂いを確かめようにも、天日に干した洗濯物の匂いしかせず、私は嘆きの声と共に共に壁に投げつけた。 何か書き留めていたものはなかったかと、積まれた本のページを繰ってみたが何もない。 私は声を立てずに泣いた。 海岸に行ってみたが、真夏の砂浜には海鳥すらいなかった。涙をこらえながらアパートに戻る私の首筋を、強すぎる日差しが容赦なく焼いた。 まんじりと夜まで待ったが、やっぱり“うをお” は帰ってはこなかった。 “うをお” のことばかり考えてしまう。 本当は何かもっと、してもらいたいことがあったのだろうか。自分の気持ちが及ばなかったから、こうなってしまったのだろうか。後悔の渦に呑み込まれる。 食べることも寝ることも忘れて、“うをお” を思い続け、気がつけば数日経っていた。 さすがに仕事を休み続けることもできず、私は現実に戻った。外に出て人と接する生活を始めると、食べねばならず、笑顔を作らざるをえず、体は心に反して生気を取り戻そうとする。 “うをお” を失ったのに、お腹が空くなんて。空腹の挙句、食べたご飯が美味しいなんて。暑い中を歩いて帰宅し、冷たい飲み物を喉に流し込めば、当たり前に気持ちがいい。 体がきちんと生きようとしていることが悲しくて、なのに抗えなくて、私はえぐえぐと泣きながら、ご飯を噛みしめた。 何日経っても“うをお” のことばかり考えていた。 “うをお” がいた場所に何かを置けば紛れるだろうかと、大きなクジラのぬいぐるみを買って置いてみたが、かえっていないことが強調されてしまう。 不在が存在を、存在が不在を際立たせるなんて。そんなこの世の矛盾が“うをお” をどこかに連れ去ったのではないか……。 そんなふうに何かのせいにしても仕方がないのはわかっていたが、気持ちの置き場がどこにもなかった。 私はまた乾いていった。 喪失が心を乾涸びさせた。 そして、その渇きが、私をもう一度海に向かわせた。 ✼••┈┈••✼••┈┈••✼ 【INDEX】 第1話 https://nana-music.com/sounds/0670fa42 第2話 https://nana-music.com/sounds/0670fa51 第3話 https://nana-music.com/sounds/067126f1 第4話 https://nana-music.com/sounds/06712707 第5話 https://nana-music.com/sounds/067152ed 第6話 https://nana-music.com/sounds/06715306 第7話 https://nana-music.com/sounds/06717f11 第8話 https://nana-music.com/sounds/0671ad81 第9話 https://nana-music.com/sounds/0671ad94 第10話 https://nana-music.com/sounds/0671dd93 最終話 https://nana-music.com/sounds/0671dda3 #うか小説 #うか谷山浩子
