また出逢える日まで
古川本舗
また出逢える日まで
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ああ、酷く気持ちが悪い…。眠ったのだろうか?まだ意識があるのだろうか。温かな毛布に包まって、静かに目を閉じた。そして園長の言葉を反芻して物思いにふけていた所までは記憶にあるが、今のこの気持ちの悪い感覚は記憶にある意識の元なのか、それとも眠りに落ちてしまったからなのか…。ああ、酷く気持ちが悪い…私が双つに引きちぎられる感覚…お願い、やめて…お願い、行かないで、私…私…。
ゆっくりと目を開く。鮮やかな緑が視界に差し込む。起き上がろうとするが、体の感覚がおかしい。…いや、今までの感覚がおかしかったのか…?二本の足で立って、羽で飛ぶなんてやったことはない。フィーは蹄を鳴らして4本の脚で立ち上がった。長い睫毛をはためかせて、瞬きをする。世界樹の窪み、緑の洞窟。その中で眠っていた一頭のユニコーン…その銀の毛並みに白の蹄はまるで月をそのまま地上に下ろしたかのような美しさ、自らが月光を放つかの如くだった。フィー、おはよう…声が聞こえる。見上げると小さな光が風を生み出しながら、リンリンと音を立てて舞い遊んでいる。ああ、シルフ達か…フィーは思った。小さく嘶く、フィーの声にシルフ達がふわふわと飛び回った。優しい薫風に心地よく目を閉じると、フィーの鬣に柔らかな感触。
「やぁ、フィー。またここで眠っていたのかい」
その声に心が震えた。フィーはパチリと目を開く。同じ銀の髪に真っ白な肌の不思議な雰囲気を湛えた人間がフィーの鬣を優しく撫でている。フィーは嬉しそうに人間に顔を擦り寄せた。人間もまた嬉しそうにフィーの頬に触れる。リンリン…二人の周りをシルフ達が飛び回る。
「ただいま、家族達よ。まだ俺を受け入れてくれるから、俺は帰る場所があるんだ。大好きな真風、愛する翼よ…」
人間が手を空に伸ばすと、一柱のシルフが指に止まる。人間は嬉しそうに笑った。フィーはその顔を見ると心から嬉しかった。寄り添う肌から命の温かみがフィーの体に伝わった。ゲヘナや聖獣に無い、血の通った幸せな温もり。
「俺もついに、400と99の季節の環を巡った。ついに500を迎える。受肉の径は…俺の旅は終わる。この肉体は答と共に無に帰す。俺は…真理に辿り着けるだろうか…」
500年もアッシャーの者として、肉体を持って生きていく…精霊最大の試練、受肉の径。500年前、風の神格として四元素を担ってきたシルフの一柱、今は499年の時を見つめ続けた1人の人間としてフィーの隣に座っている。
人間はフィーの蹄に触れた。ああ、この人間の魂の揺らめきを感じる。同じ魂が宿っているような…。世界樹の枝葉茂る高原、神々の住まうゲヘナに最も近い聖地、フィーの住んでいるその土地まで風を運ぶ、霊験高いハイシルフ…彼を見た時から、他者と思えなかった。欠けた私の片割れにやっと会えた様な強い望郷に似た感情がフィーを支配した。それ以来、彼が命を持って姿を変えても、フィーは彼と共に居る為にシルフの巣に降り立っていた。ついに彼は500年の旅を終える。彼は試練を乗り越え、ついにゲヘナの柱として独自の神格を有する神になるのだ…。そしたら、彼を背に乗せて、世界樹を駆け上がり、ゲヘナへと送り届けよう。フィーは蹄に触れる白い手を慈しみながら、また静かに眠りに着いた。
「ああ、なんで。私の片割れ…貴方は…貴方は神格を捨て、記憶を捨て、風を捨て…肉体と命を得る事を選択したの?それはいつか廃れて土に還るのに…シルフの羽を持った亜人の祖として、大地に根を生やしてしまった…私は…貴方を乗せて…世界樹を駆け上がる…その日を待っていたの。500年もの貴方の夜を過ごしたのに…新しい朝はなんて残酷なのだろう。こんな事なら触れないで欲しかった。ああ、記憶諸共…離してくれないか…お願い…お願い」
受肉の径は彼の導き出した答を受け入れた。試練に応えた彼は、大地に生きる事を祈ってかの地に世界樹の種を植えた。やがて彼の体は光を帯びて神格を失っていく。沢山のシルフが彼に抱擁する。おめでとう、家族よ、おめでとう…。
それから何百年たっただろうか?彼の祈りの種は、魂の片割れを失い、その場に塞ぎ込んで動かなくなってしまったユニコーンの体を取り込みながら大きく成長した。緑の洞窟はフェアリーの聖地となったが、その血が混血により薄まっていく様に、フェアリー族の記憶から消えていった。世界樹の若木に淡く残るフィーの残留意識は、彼の魂が沢山分裂し、薄まるのを感じ取っていた。…もう、きっとあの日の様に隣に座ることは無いのだろう…。
「…私、忘れたくない。この地に繋がっていたい…シルフ達…ここは精霊の聖地だけれど、もし許されるなら…この地の草木を分けて欲しい。私の園芸店に並べてもいい?皆に見て触れて欲しい…私達の大切なこの地の命を!」
その声に心が震えた。ああ、待っていたよ。私の片割れ、ずっと、ずっと…。そこには彼の姿を色濃く残したフェアリーがシルフに語りかけていた。信じていたよ、また逢える日を。私はフィー…貴女の始祖を愛したユニコーン…。もう1つの魂。
目を覚ましたフィーは静かに自分の手を見つめた。夢に見ていた私を撫でる彼の手によく似ている。頬を伝う涙は、ユニコーンの毛並のような悲しい銀色を放っていた。
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先祖の夢を見ました
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