「サンタクロースJr.のお返事」
秘密結社 路地裏珈琲
「サンタクロースJr.のお返事」
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https://nana-music.com/sounds/056a83c6
故郷の夏は、涼しくて物足りない。
毎日昼過ぎ、ほとんど秋にも近い、柔らかな日差しと草の匂いに包まれて、トナカイの背で昼寝を楽しむ。見習いの頃には付いていなかった、大きな雪の結晶の姿をした腕章が、がむしゃらに成長を貪ってきた俺の自慢だった。
その日、俺には滅多に縁がなかった、郵便屋の青い小鳥が飛んできて、一通の封筒を落として行った。顔の真上に降ってきたそれからふわりと香った、クラフト紙と、深く炒ったコーヒー豆の匂い。それで、忘れもしない夏の思い出が、胸の奥から一気に芽吹いた気がした。
「りく、ちゃん......?」
ーーー.....
Dear 命の恩人、りくa.k.a 女神ちゃん
手紙ありがとう、すげーびびった。
俺は毎日めっちゃ元気。
あれからいろいろあったよ。
トナカイに子供産まれて、俺に弟分ができて、
毎日スズキさんみたいな男目指して鍛えてる。
りくちゃん、今どの辺飛んでるんだろ。
珈琲屋はまだやってんだよね?
また、あのアイスコーヒー飲みたいな。
死ぬほどあっつい夏の街でさ。
お土産のオーロラ、ちゃんと準備してるから。
楽しみに待ってて:)
CU xoxo
st claus. jr
ーーー.....
「忘れるはずないじゃん」
誰もきいちゃいないのに、笑っちゃって元に戻らない口元を抑えて、俺は彼女の手紙をそっとそっと抱きしめた。嬉しいのに、苦しいくらいに狭まる胸と、つんと詰まる鼻の奥が痛い。
紙なんかで伝えて満足したら、この気持ちが薄れて取り返しのつかない事になってしまう気がするから、俺はごく手短に返事を書いた。
昼休みが終わってしまうと、俺は日課の珈琲を飲む。
あの髭のマスターに教えてもらった豆で、毎日毎日同じやつを淹れるのだ。
それだけが、彼女と俺の間にあった大事な記憶で、この気持ちの命綱だった。
「...忘れられるはず、ないじゃん」
故郷の夏は、涼しくて物足りない。
ーーー——
サンタクロースJr.からお返事が届きました。
“花に亡霊”
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