第三話「お菓子と不思議と珈琲屋」(間話)
秘密結社 路地裏珈琲
第三話「お菓子と不思議と珈琲屋」(間話)
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「イチロウさん、件のアダンくんについてなんですけど」
「化粧売りの坊やかい」
「私は、彼が急に怖くなりました」
「そう...意見が合うな。僕も、彼はあまりいけすかない」
「あのウサギさん、私が近寄った途端、鼻をひくひくさせて避けるように逃げましたよね。途中で気がついたんです。今日の私のコーディネートが、何かと似てるって」
「なるほど...」
一体、なんの香りがしたんだい?
イチロウさんの声が、私の記憶の底をゆっくりとかき混ぜたような気がした。
こみ上げてくる、むせ返るような砂糖質のミルキーな香。指で鼻先から擦り退けても、消えない寒気に身震いする。
「...真っ赤な真っ赤なベリーを滴らせた、生クリームの香り」
人間のままならなんともなかったのかもしれない。けれど、この身体がはっきりと教えてくれる。
あれはケーキを食べ散らかした後のお皿の匂いだ。まっさらな白磁に飛び散る、赤黒い滴に塗れた種、そしてぐしゃぐしゃのシーツみたいな生クリームを指ですくって、存分に頬張った口内に広がる、ただれるような幸福の味そのもの。
ニャン助が夢中になって嗅いでは舐めたがった、彼のズボンの裾。
「昨日の、アダンさんからした、甘い香りと、同じ香り」
それは、“喰われる側の存在”にとって、恐怖でしかなかった。
そっと、だけど強引に。イチロウさんの大きな手が、私の手を包んで引いて人混みに溶ける。進路方向はどちらが示した訳でもなく、例のコスメショップへ一直線。
微笑んだままの彼の口元は、少しだけ強張っていた。
ーーーーー......
続
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