第三話「お菓子と不思議と珈琲屋3」(芥子)
秘密結社 路地裏珈琲
第三話「お菓子と不思議と珈琲屋3」(芥子)
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「......ねえ、どういうこと?」
「それは俺のセリフじゃん。驚いたよ、まさか君が来るなんて思いもしなかった」
カラシちゃん、そうアダンに呼ばれた彼女は、朦朧とした意識の中で微かに眉を潜めた。
手にしているのは、アダンのメッセージとキスマークが書かれたウタウ宛の手紙。
「この間、私がカッとなったこと、根に持ってるの?」
「それは気にしてない、可愛いこにかまってもらえてご褒美みたいなもんだったし」
「...ウタちゃんにも、こんなことするつもりだったってこと...!?」
緊張の冷や汗で、打ちっぱなしのコンクリートに手をついた瞬間、パリンと薄い飴が鳴る音がした。目尻に、怒りと、恐怖と、悲しみを溜めて、ポロポロと小粒の涙を目からこぼし、それはやがてドロップの粒になって積もってゆく。
足元に転がった小さな香水のサンプル骸には、毒林檎のマークが印字してあった。
カラシはただ、ウタウが夢を叶えるまでは邪魔をしないでやってくれと、頼むつもりでここに来た。ポストに投函されていた、差出人のない封筒。それを誤って開けた際、デートの誘いを見つけてしまったのだ。
ウタウには悪いけれど、アダンはどうしても看過できない。彼女のためになるなら、頭くらい下げてやるという気概で、単身黙って出てきてみれば、これである。薄暗く細い通りで、出会い頭にだだ甘いリンゴとシナモンの香りに包まれて、彼女は訳もわからないまま深い眠気に沈んでゆく。
「それさあ、白雪姫ってデートドラッグなんだけど。すごくよく眠れて、いい夢がみれるんだって...ねえ、飴細工ちゃん今、何が見えてる?」
足元がチョコレートとミルクでズブズブ溶けて、絡まって行くような錯覚を覚えた。もがけど抜け出せない睡魔の腕で、まぶたの裏に映るのは、なんの変哲もない日常風景。困ったな、明日の仕込み、まだ終わっていないのに。目の前でウタウがクレープを焼いて、嬉しそうに掲げて見せてくれて、嬉しいはずが、何故だか目尻にドロップの粒が溜まる感覚がある。
「結果オーライって、こういうことだよね。ぶっちゃけ、君の方が欲しかった」
ふわりと夢の中に落ちたカラシを、壊れ物でも扱うかのようにそっと抱きとめたのは、アダンだった。そして、すやすやと寝息を立て始めた彼女を見るなり、待てを解かれた犬のように、彼はカラシの目元で虹色に光る涙の飴玉を、舌先ですくう。
「......飴は、ケーキと違って一回食ったからってなくならないんだもん」
道の片隅で、崩れたレンガの角砂糖にアリがたかっていた。
ポケットでは、携帯電話が鳴っている。
画面の向こう側で蠢く、不気味な気配をスワイプして、彼の口は歪に歪む。
「入ったよ、今度のは、すごく高いけど、いい?」
ーーーー.......
そうして彼女は姿を消して、ウタウがようやく異変に気づく。
片足に噛み跡のあるウサギを胸に、意を決して店を出たら、そこには3つの小さな人かげと、1つののっぽな影があった。
「...お困りでしょう、お手伝いするわ」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
続
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