第三話「お菓子と不思議と珈琲屋2」(アヤ)
秘密結社 路地裏珈琲
第三話「お菓子と不思議と珈琲屋2」(アヤ)
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ウタちゃんに教えてもらったゼラチン生地で、私は朝から大きめの日傘をこさえた。
ふかふか生クリーム仕立てのパフェである私も、こっくりと滑らかなチョコレートでキマったオペラのイチロウさんも、最近のオーブンみたいな日光には滅法弱い。
おやつどき、カラシちゃんが昨日お釣りを受け取らずに出て行ってしまったお代が、ちょうどアイスコーヒーが2杯分のデリバリーに相当するからと、お節介ながら、昨日のヘアメイクのお礼と称し、彼女達の美容室へと出かけることにした。
ちなみに、私たちのお節は盛り沢山だ。仲直りのお手伝いの他に、縁結びの見積もりまで含まれる。“帰ってきたら、ちゃんと面白い噂をお裾分けしてよね“って、悼ちゃんとアヤちゃんから冷凍ベリーでおめかししてもらいながら、おなじみのロゴが入った紙袋を胸に、私は一息、キャンディのヒールをコツンと鳴らした。
ーーー....
二人は祝日でもお構いなしで、コンテストに向けて練習をしているって聞いた通り、ちょうどお店でカラーチョコレートを練っている真っ最中。身長から何から、やたら目立つ私たちがショーウィンドウを横切ったら、ウタちゃんはすぐに飛び跳ねて鍵を開けて招き入れてくれた。
「昨日はありがとう!来るって言ってくれたら、お茶の用意しといたのに...」
「ううん、寄り道だからお構いなく」
昨晩、あの後ウタちゃんが慌てて帰ろうとしたものの、カフェインが酷く回ってへたり込んでしまったから、そのまま朝まで一緒に過ごした。アダンくんが心配してカラシちゃんを追いかけようとしたんだけれど、サトウさんが面白がって彼の恋愛について根掘り葉掘り聞きたがったものだから、彼も巻き添いで新しい日の光を浴びるまではお店の中。結果的に、その方がお互いのためにも良かったんだろうけれど。
そこには机一面、雑然とした、お菓子の原料の数々。まるでキッチンみたいなアトリエで、アイシングのごく薄いウェディングベールが出来上がっていた。床の上では、おそらくはアダンくんとのキューピッドである、垂れ耳のエクレアウサギがぽてぽてと歩いている。彼が言うには、ウタちゃんに懐いてしまって僕のもとに帰ってこないんだそうだが、カラシちゃんが言うには、多分あいつが世話をちゃんとしてやらないから逃げられただけだそう。
...困った。
整理したいことがあって訪れたはずなのに、まるで、洗濯機のなかに放り込まれたみたい。
昨日あんなに優しそうな顔でカラシちゃんのことを心配していたアダンくんの残像と、やけに怯えて鼻をひくつかせてはウタちゃんの足元を離れないウサギ、そして、それを心配そうに見やるカラシちゃん。私の用意してきた筋書きは、早々に崩れてしまった。
二人の様子はまだぎこちなく、初めは背中合わせの緊張感にそわそわしてしまったけれど、わざわざ別々のテーブルで作業しているのに、お互い道具の貸し借りを口実に会話しようとしては、時々無理にご機嫌を斜めに保とうとする。
私はそれぞれと一杯の差し入れを口実に、雑談調の偵察を終えたら、すぐにここを出ようと決めた。
ちょうど、ここのところやたらと後をついて回る上司が一緒である。彼をだしに、これから市場調査があるから...と、告げて出て行くのが自然で良い。勿論、デートだと言い張りかねない彼の声にしっかり被せて、念押しで二回伝える準備もバッチリ。
今は余計な心配で二人の時間を邪魔してしまうよりも、私の中で予想外に芽生えた新しい気がかりを明らかにする方が、多分有益である。そう、秘密結社の勘が囁いている気がしたのだった。
「もう、済んだのかい?“探し物“は」
「ええ、十分に」
さて、私はこれからイチロウさんを日傘の中に招き入れる振りをして、そっと耳打ちをする必要がある。
少し、雑音の多いところでお散歩しましょうと。
—-....
「イチロウさんは、どう思います?」
「どう、と言うと?」
「ウタちゃんの“好き“と、カラシちゃんの“好き“」
「どちらも食べちゃいたいくらい可愛かったよ」
「昨日教えてもらったんですけど、この街でお菓子の女の子にはそれ、セクハラ通り越して犯罪予告みたいなものらしいですよ。うっかり他所で言わないでくださいね」
「君、もしかしてちょっと妬いてくれた?」
「真面目に聞いてください、これは異文化理解というものですから!」
“もう、忘れてしまったのかも...“
カラシちゃんがそう呟いて、さっき帰り際に見せてくれたちょっと不格好な飴細工が、私の目の奥でまだキラキラ輝いている。
もしいつか、お互いが素敵な人と出会ったら、必ず真っ先に紹介しようね、と、二人は遠い昔に指切りをした。大好きな友達だから、絶対自分よりも君のことを幸せにしてくれる人じゃないと、相棒は渡さないって約束した時にくれた、ウタちゃん作のお守り。それがまさに、その飴細工だった。きっと、そこは二人だけの世界だったんだろう。将来の夢すら分け合える、運命の人はすでにそこに居た。恋じゃなかったばかりに、探していたパズルのピースとして認識できなかっただけで。
「好きって、一見どれも甘くて素敵な気持ちのはずなのに。なんで時々、こんなにも酸っぱいんでしょう。不意に当たる苺みたい」
「総じて、そんな苺の方が、後から思い出すと美味しかったように思えるものだから、尚不思議なものさ。だからこそ、きっとやめられないんだろうね」
「...もうひとつ、いいですか?」
「ああ、続けて」
私の声のトーンは、ここで少し落ちる。
ここからが、本題なのだ。
↓
https://nana-music.com/sounds/059e6f0d
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