「Happy white day!!」(テル)
秘密結社 路地裏珈琲
「Happy white day!!」(テル)
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「テル」
そう呼ぶ声がしたかと思ったら、彼女は背中をあのでっかい掌に叩かれて、わあと素っ頓狂な声を上げた。聞いたこともない気の抜けた声が飛び出たものだから、本人も、叩いたスズキさんも吹き出して、僕もつられてちょっと笑った。
ホワイトデーの夕方にホールの片付けをしていた僕とテルちゃんに、スズキさんが黒い長方形の箱をくれた。ゴールドの細いリボンでおめかしした、どことなくスーツを着ている時のスズキさんみたいな、ちょっと強面で格好いい箱だった。
日が日だから、僕らはきっとバレンタインデーのお返しなんだろうなあと、顔を見合わせたけれど、スズキさんときたら特に何を言う訳でもなく。ただそれを当たり前みたいに渡して、後は俺がやるから部屋に帰れって、いつもの調子でぶっきらぼうに押し出した。
「あ、タナカさんもう開けた」
「だってー、これ絶対美味しいものだよ、僕お腹が空いたので......」
白く波打つ、繊細なマーブル模様に、小さな苺のクランチがキラキラしていた。ぱくんと口に放った僕を追って、慌ててチョコレートにかじりついたテルちゃんの喉から、幸せそうな、ぐうの音。とてもまろやかで、甘い甘いミルクの味が広がっている。
「......気持ちを伝えるのが苦手な人間ってのは、不思議なもんで、黙ってても相手に気持ち伝える手段を身につけるのが得意だ。今年のビターチョコはうまかったけど、お前の遠慮が見え隠れして、手放しじゃ褒められん」
口いっぱい、飲み込むのが惜しくってもごもごやっている僕らに、あのお父さんみたいで、お兄ちゃんみたいな笑顔を向けて、スズキさんは頑丈な腕でテーブルを磨いていた。来年貰うチョコレートは、もう少し甘いのだと嬉しいと告げた彼に、幾分か口元が柔らかくなった彼女が、曖昧に頷いて見せた。
きっと、あなたがそうであるように、彼女も上手にお菓子を作るようになると思いますよって、僕はその言葉を口にすることはなく、ずっともごもごやっていた。
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Happy WD!!!
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