道なき道を進む者
SMAP 槇原敬之
道なき道を進む者
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複雑すぎる難問に面と向かって悩み出したみりんは、写真を見詰める体制のまま凍ったように固まってしまった。みりんがついに見合いか…と話しが盛り上がっていたが、家族はやがてみりんの異変に気付き、父は寝室へ、母は後片付けにそそくさと席を立った。
悩みすぎてしまい、最早人が生きるとは…などと悟りを開き始めていた。そんな不器用な彼女をよく知る兄はそっとみりんの手をとった。
「みりん。来たらお願いしようと思ってたことがあったんだ。頼まれてくれないかな?」
もう日が暮れているのに?と首を傾げたが、兄の願いを聞き入れ、2人は持てるだけのランプを持って兄の花屋へと向かった。
「みりんが来てくれたというのに、野暮用を押し付けてしまってごめんね。悪いがあの棚の書物を取ってもらいたかったんだ」
…足を石化させてから始めた花屋。彼の届かない所に物を置くなどおかしな話だ。まして、家族や手伝いも居る。頼めば何時だって下ろせるのに…不思議に思いつつ、言われた通りに棚からアルバムのような書物を下ろしてやった。
「僕らは武家の一族だ。強くあれ、弱さは見せるなと教わり守ってきた。…これでも、みりんの前でも強い兄でいようとしていたんだよ」
「勿論です!兄様は常にお強かった。私の憧れです。立てなくなっても尚、心折れること無く店を立ち上げて働いていらっしゃる」
「でも立てなくなって、武家の男として生きられない事を完全に克服した訳じゃない。それがこの証拠さ。開いてくれないか?」
兄に促され書物を開いた。中はノートになっていて、沢山の新聞が切り抜かれて貼られていた。
「…!これは!」
「みりん。本当に僕の想いを背負って頑張ってくれたね。それなのに…僕は直視出来なかったんだ。親はお前の活躍、昇進を喜んでは切り抜きを僕にも渡したんだ。…耐えられなくてね、その本に隠したんだ。何年も、何年も…」
中はみりんの記事ばかりだった。最初は切り抜きを貼っただけのシンプルなもので、時折シミが浮いていた。まるで涙を落としたら出来るような大きさのシミだった。しかし、ページを進めるにつれて、記事のコラージュだけではなく、コメントが増えてきた。『ついに幹部入り!おめでとう』や『アヴァロンの炎獄、生還。安心した』など、兄自身の気持ちなのだろう。
「でも、みりんがくれたこの夢。みりんが沢山の花を見せてくれたお陰で、僕も知らず知らずに花が好きになってたんだ。作った花束を喜んでくれるお客さんを見てると、軍では味わえなかった幸せな気持ちになれた。少しづつみりんの事も直視できるようになったんだ。…それでも」
兄は棚の上を見上げて溜息をついた。
「それでも、家ではなく…離れた店の、自力では取れない場所に置き続けたのは、僕の弱さなんだろうね。みりんとこれを見ようってずっと思ってたし、そのチャンスは何度もあった。けど、ここまでやらずに来てしまったんだ」
「…それでも、逃げること無く立ち向かえたのですね、兄様。貴方はやはり、私の憧れです」
そう言って、ブルースターを兄の胸に飾った。
「ありがとう。…もうひとつ、お願いしたいんだ。これを一緒にコラージュして欲しくてね」
兄が切り抜きを差し出した。そこに兄の写真と、式典の壇上を飾る花を担当する名誉職が今年から新しい人に変わった事が書かれていた。みりんよりも小さな記事だが、どの記事よりたくさんのコメントをみりんは書き足した。
「僕が本当の僕であれる。この道を与えてくれて、本当にありがとう…」
次の日の朝。軍の式典かと言わんばかりに着飾った父が幸せそうに朝食を取っていた。
「おはよう、みりんよ!良く眠れたか?いや、皆まで言うな…父は分かっておる。お前も乙女であるからな!緊張し、眠れぬこともあろう!あれだけ悩んでおったしな!しかし安心しろ。父に任せておきなさい!今日、正式にお会いする旨を伝えに行ってくるからな!大船に乗った気持ちで…」
「会いません」「………え?」
「会いません、父様」
「いや、だがしかし…」
「会いません。気持ちは決まりました。兄様は自らのお力で道に進み、そして、答えを見つけ出した。しかし…私はまだ…迷いがあるのです。そんな私が御相手に会うなんて、100年早い!」
「100年も待ったら、わし死んでしまう!」
「申し訳ございません!父様!!ドラコン族なら100年ぐらい健康なら生きられますから、ご自愛ください!
…それに、私もまた…皆を守り戦う、この仕事が好きなのです。思えば、名誉職を捨てて現場に舞い戻った。そこで向かい入れてくれた仲間、戦った記憶…どれもが愛おしいのです。こんな心持ちの私では、御相手に迷惑をかけてしまう…だから…!」
「だがな、みりん」「いいじゃないですか」
横で静かに聞いていた母が口を挟んだ。
「一族たるもの、強くあれ。胸を張って天命を全うせよ。…ですよ、あなた…」
一族の家訓を突きつけられ、父はついにグウの音も出せなくなってしまった。
帰りの便が出るまでの間、つかの間の団欒と家の手伝いをして過ごした。キリエへの土産にと、兄の花束を抱えてみりんは飛竜便に乗り込んだ。
「…ああは言ったけれど、お父さん、貴女の幸せと…花嫁姿、楽しみにしてたのよ。その気持ちも分かってあげてね」
母はウインクして見送った。
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兄の様子を確認し、無事に帰りました。
「兄の花束」
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