茶の湯よりも熱く
朝香果林 (cv.久保田未夢)
茶の湯よりも熱く
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しっかり吟味した茶葉を抱えて組合の談話室に踏み込んださとらを、1人の紳士が迎え入れた。
「やぁ!お会いしたかった…!素晴らしい決議をしてくださった事、聞き及んでおります。まさか恩人がこんなに美しい淑女だなんて。商店街振興組合はとても幸せですね」
貴族の出だろうかと思う程、品のある振る舞いと繰り出されるスマートな話術。キリリと整った顔に明るい栗色の髭が良く似合う男だった。美丈夫から淑女と称えられ、さとらは顔が赤くなる。
「おっと、自己紹介もせずに私は…非礼をお許しください。私は組合長、ルークです」
あ!と口が開いた瞬間、ミアが割り込んだ。
「さとらさんを見つけて下さりありがとうございます!さ、皆さんのお茶を作りましょう!」
挨拶も出来ずさとらはキッチンへと連行された。
「…もう…何なんですか、貴女は」
キッチンに着きミアはさとらに言い放つ。さとらはムッとした。
「お茶の品評会?私がどれだけ頑張ったって思うんですか!ルークさんにずっと飲んでもらう美味しいお茶をいれられるように毎日毎晩努力して…やっと、ミアさんのお茶は最高だて褒めて貰えるようになったのに!今日だって私のお茶を飲んで会話するはずだったのに!」
…成程、そういう事か。昔、憧れのお兄さんにお茶をいれ続けた自分を見ている様な気持ちになった。気に入られる為といえば不純かもしれないが、美味しく飲んでもらいたい人のために努力したお茶…これは想像以上に強敵だ。
「ふーん、恋路のおじゃま虫って訳ね。上等じゃない?私だって大事な仲間の意志を受け継いでるの。片思いなんかに負ける訳にはいかないの」
「…!!私がどれだけ大好きか!!貴女がどれ程美味しいお茶をいれようと、私のお茶はルークさんが認める最高のお茶なんです!!」
…暫しの沈黙、睨み合う両者。キリエ史上最も熱い戦いが幕を切った。
一方、懇談会はとても和やかに進んでいた。
「長い休みを取ってしまって申し訳なかった。今回の懇談会にはかの有名なスイーツラボに特別発注した茶菓子を用意させてもらった。私からの気持ちだ。口に合うと良いのだが…」
ルークの挨拶と共にフルーツタルトが運ばれた。フルーツの爽やかな酸味の下に、濃厚なクリームが詰まった、食べ応えのあるものだった。
暫くして、お菓子とは別の香りが漂う。決戦の刻。参加者の前に2つのカップが並べられた。
「お茶屋さんに引き継ぎを受けるさとらさんに、私なんかがお相手出来るのか…とっても不安ですが、頑張って作りました!」
ミアのお茶がカップに注がれる。その瞬間、皆はザワついた。フルーツタルトの甘酸っぱい香りに負けない、香水のような馨しい香りが広がる。始めはピールから香るシトラス系の爽やかな香り、後にハーブ、バラ、スパイス…最後にこれらを受け止める、重厚な紅茶の渋い香りが響く。1杯で香りの作品を作り上げていた。
「味も素晴らしい。香料から出される味が、紅茶に彩りを与えている…!!」
ミアは嬉しそうにはにかんだ笑顔を浮かべる。これだけの複雑な配合、普通ならお茶の味を殺してしまうのに…さとらはきゅっと口を噤んだ。
「1度組合の会議に出してもらっただけの好で品評会を私の我儘で開いて下さった事、まず感謝します。単なるお茶好きの作るお茶ですが、どうぞお楽しみください…」
さとらのお茶が注がれる。お茶を見た一同は絶句した。何の変哲もない世界樹のお茶だった。…勝った!ニヤリとするミア、どよめく参加者。あんな大出を振ったくせに…ニタニタとミアはさとらを見詰めたが、さとらは涼しい表情だった。
さとらに促され、皆お茶を啜る。薄い反応、流れる沈黙。呆れて冷笑するミアだったが、顔色が一変した。皆が幸せそうに一口、二口と飲み出し、もう一杯を頼むものまで現れた。
「今日出される茶菓子は把握してたわ。貴女が用意していたお茶やハーブも…味が多く濃厚な菓子とお茶ではどんなに美味しくても五感が疲れてしまう。…そんな時こそ慣れているお茶よ」
さとらはミアを勝ち誇った顔で見返した。
「茶葉は勿論キリエのお茶屋、アカツキさんの秘蔵の茶葉。水だって呪詛屋の秘密の水汲み場で朝一に汲んだ水を泪石で丁寧に濾過した特別な水。後は何も手を加えない。素材を信じて無駄な事はせず、実直に入れるだけ。…1度飲めば虜になる『お馴染み』のお茶よ!」
勝負は決まった。ガクッと膝を着くミア。辛うじて読みが当たり勝利したが、敗北を覚悟させた彼女の実力に敬意が芽生えていた。
「2人ともキリエの宝だね。お茶の奥深さを堪能させてもらったよ。ミア君…ブレンドした茶葉はまだあるかな?是非家でもう一度飲みたい」
項垂れていたミアが泣きそうな顔でルークを見上げた。それを微笑んで見守るさとら。
「…私は負けません!今度こそ、今度こそ腕を上げて私がキリエ1になります!」
「望むところよ。私のお茶が負けるはずないわ!いつでもかかって来なさい」
2人は熱い握手を交わした。
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キリエ1のお茶を死守しました。
「ミアの茶葉」
「フルーツタルト」
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