幸せだったあの場所で
志方あきこ
幸せだったあの場所で
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最後の客が頭を下げて店を出ていった。本当に色々な悩みや想い、感情を抱えて人は生きている。占い師の性格上、そんな人の業と付き合って生活しているが、どんな深い悩みも、小さな悩みもウルには愛おしく思えた。
「皆、目の前の事に精一杯向き合って、悩みながらも進んでいく…生の煌めきだね…羨ましいよ」
燃える空を追いかける群青。支度を終えたウルは1度羽を思い切り広げ、教えられた場所へと向かった。
もうすっかり跡形もなくなった毒沼の地点を迂回し、農地を越えて森へと入った。昼に活動する動物は巣に戻り、狼や梟、夜に暗躍する生き物が森を闊歩する。特に変わりのない森であった。
教わった地点に何も無く辿り着いた。話通り、昔は人が住んだであろう家の廃墟がめちゃくちゃに壊された跡と、その脇に酒瓶、既に枯れてしまった何かの花が供えられていた。
「優しい空気だ。誰だかが供養したんだね…」
膝を折り、祈りを捧げた。
廃墟跡に入り、頼まれた鞄を探す。森の空気とは明らかに違う。昔住んで居た者の思い、騙され誘い込まれて殺された者の思い、そして…
「なるほど。もう悪霊としてすら留めてられないんだね、君は」
ここを巣として、何人もの人を殺していった悪霊の思念…
「相当、ここの営みは君には幸せだったんだね。死んだ人の思いすら取り込んで、知性すら捨てて…君はここに留まる事を選んだんだ。マカーブル…いや…」
翼を広げ、満月の様な眼を見開きながら語る。
「マカーブルに堕ちたこの家の持ち主」
殺した人間の遺物をまとめた部屋の中に、幸せそうな夫婦の肖像画が飾られていたが、男の絵がナイフでズタズタに切られていた。
「…ひ…ひ…ひひぃ…死んだ、死んだ…憎いおと…私…料理…毒で…ひひ…馬鹿な女…毒で…踊ら…苦しんで…殺し…可哀想、可哀想」
「愛されなかったんだね…君がいたのに、他の女性の元へ行ってしまった。でも、毒物で苦しむ姿に快楽を覚える事と、それは違うよ」
「皆…踊ろ…死んで…一緒に…おど…お…」
「ぉぉおおおおおお!!!どぉぉおおおお!!れぇぇぇえええええ!!!!!!!」
ウルの体にピッと鋭い音が聞こえ、血がぱっと噴いた。数箇所鋭い刃物で切り裂いた様な傷が出来ていた。
「好きだよ、僕は。狂気に至る強い想い。自分を捨て、知性も捨て、目的も忘れ…もうそれしかなくなってしまった。純粋過ぎる想い。
けど、ごめんね。ニフと遺族に約束してしまったんだ。だから、君の想いは叶えてあげられない…」
話している間にも体が切り刻まれていく。
「…フォルトゥナ、運命の輪の廻し手。節理の均等は崩れ、女神の悪意はお前を嘲笑う…」
「…ああああああああぁぁぁ」
「最早、思念体に干渉は効かないからね…弱化されて無に帰れ」
どこからともなく梟が集まる。全ての梟に勾玉の首輪がかかっていた。
「食べていいよ。祈りを忘れずにね…」
霊視できるものにしか見えないモヤを梟はバラバラにちぎって食べ始めた。ホーホーと声を上げる。
独特な形のベルを鳴らしながら廃墟を一周すると、先程の空気は消えた。鞄を拾い上げ、薄闇の夜空を仰ぎながら朝が来る前にと、キリエへの帰路に着いた。
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遺品を回収することが出来ました。お疲れ様です。
「勾玉の梟」
「月オレガノ」
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