半人と獣人とドレス【スイ 短編】
すこっぷ
半人と獣人とドレス【スイ 短編】
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「スイ!!いい物仕入れてきたんだぁ!」
したり顔の紫苑が美しい羽根をチラつかせて店に入ってきた。
「やぁ紫苑…ま、ま、ま、待って!それって無何有鳥の羽根!???」
興奮してその羽根を食い入るように見つめた。
紫苑。キリエからあまり離れていない位置にある世界樹の街の素材屋の主人。美的センスに優れ、アクセサリーや服に使う素材の取り扱いに定評がある。そして、彼もまたスイと同じ体が変わる種族、ワーキャットであった。紫苑の店の噂を聞きつけ、買い出しに頻繁に行くうちに、種族が同じよしみもあり、今ではお互い欠かせないパートナーとして、交流している。
「安くないよん?扱いも難しいし。でも、スイならきっと素敵な飾りとして使ってくれるよね?」
「勿論さ!調度特別な素材を探してたんだ!」
そう言いながら、まだ作りかけのワンピースドレスを着せたマネキンを持ってきた。シンプルなデザインがベルベットの美しい光沢を最大限に引き出している。
「ある獣人のお嬢様が成人なされる。そのパーティードレスの依頼があってね!絶対失敗できない大切な仕事なんだ。想いを込めて一つだけ、特別な飾りをつけようって思ってたんだよね」
スイの目はいつもよりもっと輝いていた。こういう時には彼は必ずいい仕事をする。優しく微笑んで、スイの仕事を眺めた。
羽根を袋に入れると、ぶん!と荒々しく振り回す。そんな事をしたら壊れる!と叫ぶ紫苑を後目に、バラバラになった羽根を丁寧に取り出して、糸と改めて紡ぎ直し、その糸でドレスに刺繍を施した。すると、見る角度によって黒のドレスに光の模様が浮かび、消えていく。
「凄い…!見る位置で全然違うドレスみたい!これは絶対喜ばれるよ!」
ドレスを渡す所を見たいと納期に紫苑が訪れ、夕方店を閉じてから依頼主の屋敷へと向かい、執事姿の虎や豹などの獣人が2人を向かい入れた。
大広間で重厚なテーブルに付かされ、街では高級品の紅茶とお菓子が運ばれてきた。この雰囲気に2人でソワソワしていると、執事長らしき一際大きな体のライオンの獣人が現れた。
「この度は、お嬢様のドレスを仕上げて頂き、感謝致します!!わざわざ届けて下さり助かりました」
酷く大きな声、威圧的な態度に萎縮していると
「…それにしても、わざわざ近場の服屋などに頼まずとも…アヴァロンの王家御用達の呉服店に発注なされば良いのに…さぞ、大仕事に緊張なさったでしょうね」
がはははは!と笑う執事。確実に見下されているが、緊張したのは事実、頷きながら場をやり過ごした。服を着た姿を見たかったが、こうなったら報酬を受け取って早く帰ろう。2人はそう思った。しかし執事の嫌味な話はなかなか終わらない。仕舞いには紫苑が耐えられずに
「貴方はスイのドレスをちゃんと見たの?どれだけ想いの詰まった素敵なドレスだったか!仕事を見てから評価して欲しいものです!」
と反論した。執事は侮蔑の表情を浮かべ
「それだけ素晴らしい腕をお持ちなら、王宮や豪族のお抱えになっている筈です。街の一洋服店など、何万もあると言うのに…」
と笑いながら答えた。きっ!と紫苑はスイを見やった。…スイの様子がおかしい。
「まずい…時間が…もう…だめ…」
みるみるうちに薄紫に染まる髪。角や牙、悪魔のような尾まで生え、皆の目の前でスイは魔族へと変わってしまった。
「…!!き、貴様!!魔族か!魔族の分際で屋敷に上がり込むなど!!」
「いい加減にして!この子はワーインプなの!魔族なんかじゃない!」
かく言う紫苑も怒りが限度を超えてしまい、みるみるうちに体から毛が生え、耳や尾が飛び出し、猫人間へと変化してしまった。
「2人して我々を騙したな!出ていけ!!」
怒りで吠え出す執事、もうダメか…と思った瞬間
「おやめなさい!はしたない!!」
誰よりも恐ろしい咆哮が轟いた。そこにはスイのドレスに身を包み金髪をたっぷりたたえた美しいライオンの獣人が居た。
「…お、お嬢様!危険です!!お部屋へお戻りください!」
「これだけ丁寧な仕事をして下さった恩人になんという態度ですか!我々も獣と人の間の民族。彼等のことを理解せず偏見を押し付けるとは…恥を知りなさい!」
華奢なお嬢様からは想像できない圧倒的な威厳。声一つあげられない張り詰めた空気だった。
「少数民族として、体が入れ替わる種族が存在する事は存じ上げております。誠にお恥ずかしい姿を見せてしまいました…これだけの素晴らしい仕事をして頂いたのに…わたくしにはドレスを着て人前に出る資格がありません…」
お嬢様は2人に膝をついた。
「…全く、なってないね!」
「っちょ!待って紫苑!!俺怒ってないから!」
「許せないでしょ?スイ!これだけお嬢様を想って作ったドレスなのに、着ないって言うんだよ!ねぇ!悪いって思うならさ!どうかそのドレス、ボロボロになるまで大事に着てあげて…スイはその姿の為に毎日仕事終わりの時間割いて頑張ったんだ。僕ら…今凄く嬉しいんだよ…」
はっとお嬢様は顔を上げた。泣きそうな、恥ずかしそうな笑顔の2人がそこに居た。
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無事、成人式を美しいドレスで飾りました。
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