nana

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🩵 正しさのその先で 君と生きてきたい 🏛 ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 第12部〖禁忌の扉と8番目の天使〗 Ⅰ. 託された真実 「ねぇ、サフィ。山の裏手の野原が、綺麗な花でいっぱいだって噂だよ。今から行ってみない?」  8番目の天使が地上へ降り立ってから数年。彼は、街中で襲われそうになっていた奴隷の少女を助けたことがきっかけで、彼女と共に丘の上の小さな家で暮らしていた。少女の名はエマ。春に咲く白い可憐な花が由来で、サフィが名付けたものだった。天界には華やかで美しい植物は数多あれど、人間世界の花のように繊細で小さな植物はあまり見かけなかった。サフィは、天界の派手な装いよりも、人間が慈しみ育てるあどけない花々を気に入っていた。  そんなお気に入りの名を持つ少女エマもまた、サフィの想いが向く対象であった。エマの提案に、サフィは微笑んで頷く。 「あぁ、行こうか。ついでだから、お茶と焼き菓子と、弦の楽器も持っていこう」 「ピクニックだね、素敵!」  急いで支度をするねと台所へ駆けていく彼女の後ろ姿を眺めながら、サフィは胸の内がじんわりとあたたかくなるような感触を覚えた。このつかの間、彼は自分が天使だということを忘れ、いつかは彼女と離れなければならないことを忘れ、一人の人間としてそこに在った。  その日の午後、二人は辺りが夕焼けに染まるまで、美しい野原でゆるりとした幸せな時間を過ごした。サフィが楽器を鳴らしながら歌を奏でれば、それにつられてエマも鼻歌を乗せる。疲れたらお茶と焼き菓子で小休憩を挟み、それも終わってしまえば寝転んで、花に埋もれながら語らいあった。 「こんな日々がずっと続けばいいのにな……」 「サフィ? 何か言った?」 「いいや、何でもないよ。そろそろ日も落ちるし、うちへ帰ろうか」  ゆっくりと起き上がり手を差し出せば、エマは辺りの花弁に負けないほど輝く笑顔で手を取ってくれた。 「うん、帰ろう」 ‧✧̣̥̇‧  懐かしげに目を細めながら語る彼の横顔は、先程までの不気味な装いとは打って変わり、不器用ながらも一途に恋する少年といった具合だ。相手が数千年を生きる上位存在だということも忘れ、エクレシアはまるで姪かニネヴェにでも話しかけるような口振りで問いかけた。 「随分とピュアだったんだね。とてもじゃないが大罪を犯すようには見えないけれど」 「おれも、あの時はまさかあんなことになるなんて思っていなかったよ」  サフィは自嘲気味に声を漏らし肩を竦めてみせると、硝子玉のような瞳でじっと地面を見下ろした。 「エマと暮らし始めてから三年と少し経った頃、帝都のコロッセウムでサーカスが行われることになったんだ。おれとエマはそれを見に行くために街へ繰り出した。でも、人混みのせいで、会場に着く前に離れ離れになってしまったんだ。……あの時、エマの手を離さなければと、おれは何千年と経った今でも後悔しているよ」 ‧✧̣̥̇‧  会場となるコロッセウムへ行けば、エマと再会出来るかもしれない。そう思い当たったサフィは、ひとまず円形の広場へと足を踏み入れた。しかし、そこで彼は言葉を失った。幾百もの視線に晒された広場の中央にいたのは、エマその人だったのだ。 「何故……!」  サーカスとは古今東西民衆に娯楽を提供するためのものであるが、当時のそれは罪人の処刑や決闘が主であったという。エマは奴隷時代、主人の息子を殺して逃げ出した過去があり、その主人こそが今回のサーカスの主催者だったのだ。慣れない街中で一人になったエマは、運悪く当時の主人に見つかってしまっていた。  動揺で固まってしまったサフィの目の前で、血気盛んな猛獣が彼女の半身に牙を立てるのが見えた。 「エマ!」  いいぞ、やれ!殺せ! 非道な声が飛び交う中で、サフィはようやく動けるようになった足を、縺れるように必死で動かしながら、血塗れになったエマを抱きしめた。 「い、今おれが治してやる。大丈夫。一瞬で怪我なんか、消してみせる。大丈夫、大丈夫だよ」  恐怖と混乱と絶望で震える声で、サフィは周りの視線も忘れ天使の力を解放しようとした。すると、そんな彼の頬に伝った涙を、息も絶え絶えになったエマがそっと拭った。 「サフィ?」 「エマ、無理に喋らなくていい。大丈夫だ。平気だよ。おれが治して……」 「きょうだいじゃ嫌だな」  きょうだい。街の人々から、サフィとエマはよくきょうだいと間違われていた。仲の良い兄と妹。そう風に思われていたのだろう。けれどエマは、今際の際でその関係を否定して、血の気の引いた顔で目を細めた。 「また私と一緒に生きてくれるなら、今度は私、サフィのお嫁さんがいいな」 『あなたの隣で生きていきたいです。例えそこが、果ての無い暗闇でも』  声にならない声が、サフィの脳内に直接響くように広がっていった。その時にはもう、愛した人間は動かなくなっていた。  彼女の白い腕がだらりと垂れ下がり、後には何も残らなかった。未だ熱の冷めぬ哀れな人間たちは、壊れたからくりのように罵声を浴びせ続けている。  これが人間の本性か。そう思った瞬間、サフィの心の奥底で何かが爆ぜた。天国街の規律や誓いなど、もうどうでも良かった。 「人の命を弄び、無惨に散らせることをサーカスと言ったな? ならば、おまえ達もその一員にしてやる」  サフィの背中から、漆黒に染まった翼が現れる。次の瞬間、コロッセウムにいた人間の身体が、足元から次々と石に変化していった。人々は必死の形相で叫び喚き散らかし、何とかコロッセウムから逃げ出そうとしたが、彼らの逃亡が石化の速度に追いつくはずもなく。苦痛に満ちた表情のまま静止した何百何千の人間の成れの果て。それらは、サフィの吐息ひとつで音も無く砕けて崩れ落ちた。数多の人間が混ざり合う灰はあっという間に風に攫われ、もう誰が誰だか分からない。遺体すら消えゆく惨い最期だ。  人の気配が消え失せたコロッセウムの中、ただひとつ残ったのは、力の熱に浮かされ焦点の合わないまま、悍ましい笑みを浮かべる化け物の姿だった。 ‧✧̣̥̇‧ 「そうして気づいた時には、おれは天界へ強制的に戻されていた。腕の中にはエマの魂があって、その温もりを感じた瞬間、世界の全てに逆らってでも守らなければならないと思った。……そこから先は、おまえが追ってきた物語の通りさ。おれは今、エマの魂と共に地獄でよろしくやってるよ」  人間世界での身の上を語り終えたサフィは、ひらひらと手を振って余裕気な表情を見せた。聞いているだけのエクレシアですら、所々顔を歪ませるほど凄惨な出来事だったはずなのに、時が経ちすぎているからか、それとも天使とはそういうものなのか、サフィは至って冷静に語り終えた。少なくとも表面上は。 「たった一人を救うために、世界の全てを敵に回すか。まるで物語の主人公だね。君の話こそ、聖典に書けば数多の興味を引きそうだ」 「勘弁してくれ。天界としても、地獄へ行った天使の話なんて知られたくないんだよ。おまえの研究の成果に力添えできないのは申し訳ないけれどね」  サフィは半笑いでそう告げると、顔を上げエクレシアの瞳を真っ直ぐに覗き込んだ。先程までの憂いを秘めた表情はどこへやら、初めて会った時のような不気味な笑顔に戻っていた。 「聞いてくれてありがとう、エクレシア。おまえに聖典を渡すことは出来ないけれど、知りたがりのおまえのために、この記憶だけは消さずにおいてやろう」  にやりとサフィの唇が上がった瞬間、突然強い風が二人の間を通り過ぎた。小柄なエクレシアでは立っているのもやっとで、思わずバランスを崩し目を瞑ってしまう。程なくして風が収まり、ようやくエクレシアが目を開けた時には、もう誰の姿もなかった。 「記憶だけ残されてもなぁ。確かに研究には使えないし、どうやって証明しろというんだ」  一人きりでは、コロッセウムの広さは手に余る。エクレシアは苦笑しながら踵を返すと、丘の先に見える修道院へ向かってゆっくりと歩き出した。 ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── なんで泣いてるのと聞かれ答えれる 涙なんかじゃ 僕ら出逢えたことの意味にはまるで 追いつかない この身ひとつじゃ足りない叫び 君の手に触れた時にだけ震えた 心があったよ 意味をいくつ越えれば僕らは辿り つけるのかな 愚かさでいい 醜さでいい 正しさのその先で 君と生きてきたい ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 🧊8番目の天使「サフィ」cv.オムライス https://nana-music.com/users/1618481 ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 前章 第11部〖喪われた聖典の一節より〗 前節 Ⅰ. 誰も知り得ぬこと (楽曲:⛪️🧊世界秩序と六等星) https://nana-music.com/sounds/06d2241d 次章 第13部〖神話〗 次節 Ⅰ. 決断 (楽曲:⛪️はじまりのまえ、おしまいのあと/ 未来古代楽団) https://nana-music.com/sounds/06d34d1c #ロマルニア帝国の聖典より #すずめの戸締まり #すずめ #RADWIMPS #十明

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