世界秩序と六等星
Guiano
🩵 夜が全てを語る 🏛 ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 第11部〖喪われた聖典の一節より〗 Ⅰ. 誰も知り得ぬこと キュレーネ女子修道院とコロッセウムが一望できる丘の上。ぽつんと生えている大木の根元に、走り疲れてくたくたになったエクレシアはやっとのことで腰を下ろした。 「あのね、見た目は君と大差ないかもしれないけれど、私の足腰や内蔵はもう老いに向かって一直線なんだよ。あまり老体をいじめないでほしい」 「老体って! まだ30代じゃないですかあ。ほうら、よく冷えたフレーバーティーでも飲んで落ち着いてください」 「む、美味しいもので私を手懐けようたって、もうその手には乗らないよ」 眉間に皺を寄せつつも、エクレシアは従順にカップを受け取った。カラカラに乾いた喉へ、ベリーとハーブのすっきりした甘さが流れ込んでくる。想像以上の心地良さだ。エクレシアはぱちぱちと瞬きをすると、ふっと微笑んだ。 「相変わらず、君の淹れるお茶は美味しい」 「ふふっ、良かったです。ベーコンを挟んだパニーニもありますよ。司教様が何ヶ月も前から楽しみにしていらっしゃった、熟成ベーコンです。生憎司教様は出張中ですので、あたしたちで先に頂いちゃいましょう」 「な、なんだか悪いね。でもまあ、空腹には逆らえない」 パリッと香ばしく焼かれたベーコンが、食欲を誘うようにふわふわのパンから見え隠れしている。大きな二切れをすっかり食べ終えてしまう頃には、エクレシアの機嫌は上々に仕上がっていた。数刻前に自分が言ったことなどとうに忘れているに違いない。ニネヴェは満足そうなエクレシアを見て小さく微笑むと、バスケットを抱えて立ち上がった。 「じゃあ、あたしは一足先に修道院へ戻って片付けをしてきますね。エクレシアさんはどうぞごゆっくり、午後の休暇を過ごしてください。コロッセウムを散策されるのも良いかもしれませんよ?」 「ああ、ありがとう。ではお言葉に甘えて、その辺りを散歩してみるよ」 修道院へ向かって丘を駆け下りていくニネヴェを手を振って見送ると、エクレシアはくるりと踵を返し、そびえ立つコロッセウムへと足を向けたのだった。 ‧✧̣̥̇‧ コロッセウムの中はしんと静まり返っていた。かつては様々な競技に熱狂の渦であっただろう円形の広場も、今では冷たく硬い石造りの塀で囲まれただだっ広い荒地に過ぎなかった。広場の真ん中に座り、エクレシアは塀の上に流れる雲をぼんやりと眺めていた。そうしていると、サフィと話していた時の記憶は、徐々に薄れていくようだった。 「あれは夢だったのか?」 「どうだろうねえ」 呟いてみると、すぐ真横から同じ温度感で返答があった。エクレシアはビクッと肩を震わせ、高速で横を向く。そこに居たのは、紛れもないサフィその人であった。 「ほ、本物……?」 「ふふふ、夢じゃないよ」 驚きのあまり、つかの間声を失くしたエクレシアの目の前で、サフィはおどけたように笑ってみせた。その姿は白い空間で対話した時と何ら変わっておらず、思わず安堵してしまった自分に対しエクレシアは苦笑する。 「非科学的なものは信じない質だったんだけれどね」 「宗教についての研究をしているのに?」 「あくまでも文化のひとつとして捉えているだけだよ。これからはその認識を改めなければならないだろうけど……」 そう言って、エクレシアはちらりとサフィの手を見やった。彼の右腕には、分厚い聖典がしっかり抱えられている。そう言えば、回収しなければならないとか何とか言っていたっけ。 恐らく、今彼の持っている聖典こそが、昨日までエクレシアたちが研究していたものなのだろう。今修道院にある聖典は、さしずめレプリカといったところか。 「ひとつ聞いてもいいかな?」 「何なりと」 「その聖典は……神話の真実は、人の世に触れてはならないものなのか?」 サフィは、自身をじっと見つめているエクレシアからけして目を逸らさなかった。気味の悪い笑顔の形を保ったまま、暫し考え込むように唸った後、エクレシアと目を合わせた。 「その答えは、おまえが追ってきた物語の中にも散りばめられていただろう。人間と天界の者が出会ってしまうと、何時の時代もろくなことが無いのさ」 「では、今こうして私と君が話をしているのも、ろくでもないことが起きる前兆というわけか」 「そうならない為に、これをもらっていくんだよ。……全く、ファエル兄さんも、もう一度人の世へ行くのなら言ってくれれば良いのに。よりにもよってこんな置き土産をしていくなんて……」 「え?」 「何でもないよ、こっちの話」 サフィは語尾を濁すようにくすくすと笑って誤魔化すと、ゆっくりと空を仰いだ。晴天と同じ色の髪を揺らしながら、彼はもう一度口を開く。 「本当はおまえの記憶も消すべきなんだろうけど、何となく、それは惜しくてね。おまえなら、おれたちの物語を大切に扱ってくれそうだから」 サフィは、花弁に落ちた雨粒が滴るように、ぽつりぽつりと言葉を紡ぎ出す。 「これも縁だ。良かったら、最後にもうひとつ聞いてくれないか? おれがこの地で人として生きた、哀れで幸福な数年間を」 ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 🧊星の無い彼の目には何もかもが見えていなくて 生きているか死んでいるか分からなくなっていた ⛪️荒れ果てた午後の三時に君は一人笑っていた 虫を一人守れたと笑って涙を流し叫んでいた ⛪️🧊流れ込んだものがなんてたって胸の内を深く抉るんだ 🧊僕の帰りを待ってなんていないようだからさ ⛪️🧊2mm問いかけてんだなんで、なんで? がらっとした街夜が全てを語る ⛪️僕に残された道は生まれて生きるだけ ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── ⛪️エクレシア cv.唄見つきの https://nana-music.com/users/1235847 🧊8番目の天使「サフィ」cv.オムライス https://nana-music.com/users/1618481 ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 前章 第10部〖正義の天秤と7番目の天使〗 前節 Ⅳ. 遠き調べ (楽曲:⛓️💥Tamaki/RADWIMPS) https://nana-music.com/sounds/06d1be4b 次章 第12部〖禁忌の扉と8番目の天使〗 次節 Ⅰ. 託された真実 (楽曲: 🧊すずめ(feat.十明)/RADWIMPS) https://nana-music.com/sounds/06d2ea6e #ロマルニア帝国の聖典より #世界秩序と六等星 #Guiano
