nana

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🩵 何より美しいと思ったよ…… 🏛 ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 第7部〖蠱惑の売女と5番目の天使〗 Ⅲ. 虹の雨  春の微睡みを思わせるあたたかな時間は、男たちの声により突如掻き消された。 「化け物!」  その言葉にハッと目を覚まし、マエルはエルテヤを庇うようにして声と彼女の間に立つ。視界の真ん中に、短刀を持った青年と暴漢たちの姿を見たマエルは、しまったと唇を噛み締める。  化け物。先程彼らが叫んだ言葉が耳に痛い。身体をゆうに超える大きな翼と、頭の後ろについた口は、とてもじゃないが人間には見えないだろう。 「そうか……わたしの姿は、人に写れば化け物なのか」  諦観した空気をまといながら、マエルは静かに呟いた。すると、翼の下から何も知らないエルテヤが目を擦りながら起き上がってきた。 「ん……マエル? どうしたの?」  顔を上げたエルテヤは、マエルと目が合った瞬間言葉を失った。次いで、緊迫した雰囲気の男たちに気がつくと、ひゅっと息を飲み込んだ。 「マエル? あんた、なの……?」 「エルテヤ! 君はその化け物と知り合いなのか!? いつも君の隣にいた少女が、この化け物なのか!?」 「し、知らない、あたしは、何も……」  エルテヤはよろよろと翼にしがみつき、マエルが何か言うのを待っていた。彼女は戸惑いこそしていたが、化け物と罵ることも、怯えて立ち去ることもしなかった。マエルにはそれが唯一の救いのように思えた。いっそのこと、彼女を抱き上げて山の向こうまで飛んでいってしまおうか。そう考えた矢先、暴漢の一人が大きな唸り声をあげてこちらに突進してきた。 「どうせそいつも化け物の仲間だ! 殺せ!」  男の声に、残りの暴漢二人も短剣の端を向けて迫ってきた。青年はと言うと、マエルには見向きもせず、エルテヤを助け出そうと彼女に手を伸ばしている。 「……仕方ない」  マエルは大きく息を吸い込むと、天使の力を発動させるため胸に手を当てた。すると、空色の光がマエルを中心に渦巻き始めた。この光を目にした途端、人間は糸の切れた操り人形のようにたちまち眠りについてしまう。 (一旦これで眠らせて様子を見よう)  マエルは未だ冷静さを欠いてはいなかった。男たちの前にエルテヤが立ちはだかり、彼女の腹に短剣が突き刺さるまでは。 「……! エルテヤ!」 「逃げなさい! あんた殺されるわよ!」  刺された衝撃で息をつまらせながらも、エルテヤは鋭い声を上げた。自分が酷い怪我を負うと分かっていて、彼女はマエルを庇ったのだ。目を見開くマエルの前で、エルテヤと男たちの身体が崩れ落ちた。マエルの力が遅れて効いたのだろう。 「エルテヤ、エルテヤ……!」  倒れた暴漢たちや青年には目もくれず、マエルは真っ先にエルテヤへと駆け寄った。彼女の腹には短剣が深く突き刺さっていたが、まだしっかりと息があった。 「痛かったね、わたしのために、ごめんなさい……」  マエルは両の手に力を込めると、短剣を引き抜いてすぐ様傷口に手を押し当てた。先程と同じ光が、今度はエルテヤの体内に吸い込まれるようにして消えていく。やがて、光が完全に消えてしまうと、エルテヤの傷は最初から存在していなかったかのように綺麗に消滅していた。マエルは間に合ったのだ。 「良かった……。でも、このまま目を覚ましたらきっと、エルテヤもわたしの仲間だと疑われてしまう。それはわたしの本意じゃない。エルテヤには、苦しみから遠いところで笑っていてほしい」  そこでマエルはちらりと青年の姿を見やった。青年は眠りにつく直前まで、エルテヤから視線を離さなかった。エルテヤを救おうと真っ直ぐ伸ばされた手に視線を送ったマエルは、考え込むように目を伏せた。 「彼ならば、きっとエルテヤを守ってくれる。彼が居る未来なら、わたしが居なくてもきっと、エルテヤは幸せだ」  マエルはそう言うと、ゆっくりと立ち上がり翼を広げた。ここにいる全員から自分に関する記憶を消して、何処か遠い異国の地でやり直そうと考えたのだ。しかし、飛び去る直前、マエルの耳に聞きなれた鋭い声が飛び込んできた。 「どこ行くのよ、マエル! 待ちなさいよ!」  最悪なタイミングだ。マエルは即座にそう思った。記憶を消す直前、エルテヤだけが目を覚ましてしまった。彼女はあっという間にマエルの目の前まで駆け寄ると、その翼にしがみついた。 「あんたが何者なのか知らないけどね、あたしが今更化け物と呼んで恐れるとでも思った!? 逃げるなんて絶対許さないわよ。どんな姿になったって、マエルはマエルなんだから。あたしたち、ずっと一緒でしょ!?」  エルテヤは全体重をかけてマエルを離すまいと躍起になっている。マエルは目頭がどんどん熱くなっていくのを感じた。異形の自分を目にしても、エルテヤは何一つ変わらない。変わらないことが、何とも彼女らしくて、優しくて。だからこそ、そんな彼女を自分のせいで苦しめることは避けたかった。 「約束は守るよ。わたしの心は、絶対にエルテヤから離れることは無い。たとえ遠くに行っても、記憶を失くしても」 「記憶……? あんた、まさか!」 「さよならエルテヤ。心に美しきもの持った、わたしの大切な人」  マエルが呟いた瞬間、翼の後ろから青白い光が放たれた。エルテヤは咄嗟に目を瞑り、次に目を開いた時には、彼女の目の前にはただ凪いだ野原が広がっているだけだった。 「あれ? あたし、どうしてここに……」  首を傾げながら何となく空を見上げたエルテヤは、その視線の先で翼が羽ばたいてゆくのを見た。真っ白に輝く羽毛は、今まで見たことのあるどんな鳥よりも大きく、美しかった。それを目にした瞬間、何故か心が強く揺さぶられ、気がつくとエルテヤは叫んでいた。 「どうか元気で! 何千年先も、あたしを忘れないで!」  口にした後で、自分は何を言っているのだろうと困惑した。もっと驚いたことには、悲しくなどないはずなのに、エルテヤの目からは雫が流れて止まらなくなっていた。 「何で、何であたし泣いてるのよ。意味分かんない」  拭っても拭っても、涙が溢れて止まらない。地面に零れ落ちないように上を向いたその時、エルテヤの頬を涙とは違う雫が伝った。  それは雨粒だった。虹色にキラキラと光り、静かに天から滴り落ちてくるそれは、まるでエルテヤに共鳴して泣いている誰かの涙のようだった。エルテヤは無意識に手を伸ばし、雨粒のひとつを手のひらで受け止めた。すると雫はたちまち固まり、つやつやと煌めく虹色の宝石になった。 「わあ、綺麗。とても綺麗ね」  誰かに語りかけるように呟き、エルテヤは優しい手つきで宝石を包み込んだ。何故かは分からないけれど、エルテヤはこの温もりの正体を知っていた。記憶の中にひっそりと、もう居ない誰かの想いだけが取り残されている。エルテヤを見守ってくれている。 「あたしたち、ずっと一緒よ」  エルテヤの瞳から、もう一粒雫が零れ落ちた。けれどそれきり、彼女が泣くことはなかった。エルテヤはしっかりした足取りで踵を返すと、未だ眠りから目覚めない青年たちの方へ向かって歩いていった。 ‧✧̣̥̇‧  青年が目を覚ますと、そこには心配そうにこちらを見つめているエルテヤがいた。金色の豊かな髪と、潤んだ紅玉の瞳のあまりの美しさに、青年は一瞬にして意識を奪われた。 「エルテヤ……。僕らはどうしてこんなところに……」 「あたし、あなたに嘘をついていたわ。あたしは商家の娘なんかじゃない。奴隷上がりの娼婦よ。そいつらが言っていたことは本当」  エルテヤが指を指した先には、豪快な寝息を立てて眠っている三人の暴漢たち。青年はぱちぱちと瞬きをすると、もう一度エルテヤを見た。エルテヤは、覚悟が見える鋭く張り詰めた視線を青年に送っている。 「もしあんたがそれでも良いというのなら、あたしはあんたを愛し続けるわ。でも、醜い娼婦なんてと突き放してもらっても構わない。あたしはあんたの前から消える」 「僕は……」  青年はそこで言葉を区切ると、エルテヤの真剣な眼差しに呼応するかのように、大きく深呼吸をした。そして、陽だまりのような微笑みを浮かべてみせた。 「僕はね、エルテヤ。君がどんな姿であろうと、身分が何であろうと、君の本質は変わらないと思っている。僕が愛したのは、紛れもなく君自身だ。そう伝えようと思って、追いかけてきたんだよ」  宝石を握りしめたエルテヤの手の上から、重ねた青年の手の温かさがじんわりと伝わった。拒絶されるだろうと思っていたエルテヤは、驚きと歓びが綯い交ぜになった間抜けな表情で青年を見つめた。 「僕と共に生きてくれるか、エルテヤ?」 「……ええ!」  外側からは青年の温もり、内側からは宝石を通した誰かの温もりを感じながら、エルテヤは紛れもない幸福のヴェールに包まれていた。 ‧✧̣̥̇‧ 『その後エルテヤは青年と結ばれ、アレキサンドリアをあとにしました。ロマルニア帝国へと移り住んだ彼女は、程なくして青年の性であるカサブランカの家名を名乗ることとなりました。七人の子宝にも恵まれ、エルテヤの人生は幸せ一色でした。そして、彼女は命尽きるその時まで、虹色の宝石を手放さなかったそうです。  言い伝えによれば、エルテヤの手にした宝石は、マエル様の涙と言われているんですよ』  ホロンは話を締めくくると、目尻に浮かんだ涙をそっと拭った。エクレシアの隣でも、ニネヴェが同じように目元を拭いているのが見える。 「悲しいお別れだったけど、今度は死ななくて良かったです。エルテヤが幸せであたしも嬉しいです!」 「良かったね。それにしても、この聖典には想像以上の未知が詰まっているな。まさかカサブランカ家の名がここで出てくるとは」 「? 有名なんですか?」  こてりと首を傾げるニネヴェに、エクレシアは、君はそれでもイリアン共和国の人間かと呆れ半分に肩を竦めた。 「有名も何も。古代ロマルニア帝国後期には欠かせない存在だよ。何代にもわたって続いた、れっきとした皇族だ。ウォルト・カサブランカくらいは知っているだろう?」 「あぁ!クレオパトラに倒された人ですね。それくらいは知ってますよぅ! とんでもない暴君だったって噂ですよね」 「……一度歴史の勉強をした方が良さそうだね」  エクレシアはやれやれとため息をつくと、そっと聖典を閉じた。勉強の続きは、ニネヴェ特製の菓子でも楽しみながらゆっくりと辿っていけば良い。何せ、時間はまだたっぷりあるのだから。 ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 君が生まれた朝…泣き虫だった私は…小さくても姉となった―― 嬉しくて…少し照れくさくて…とても誇らしかった…… 苦しみに揺蕩(たゆた)う生存(せい)の荒野を 「美しきもの」探すように駈け抜けた 果てしなき地平へ旅立つ君の寝顔 何より美しいと思ったよ…… 君の大好きなこの旋律(メロディ)…大空へと響け口風琴(アーモニカ)… 天使が抱いた窓枠の画布(トワル)…ねぇ…その風景画(ペザージュ)…綺麗かしら? 「私は世界で一番美しい『焔』(ひかり)を見た…その花を胸に抱いて…あの子の分も詠い続けよう…」 ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 🌕エルテヤ cv.オムライス https://nana-music.com/users/1618481 ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 前節 Ⅱ. ずっと一緒よ (楽曲: 🐋心のそばに/Belle) https://nana-music.com/sounds/06cf533c 次章 第8部〖堕天:ロマルニア帝国の聖典より〗 次節 Ⅰ. 塗り潰された頁 (楽曲: ⛪️🪽誰ガ為ノ世界/志方あきこ) https://nana-music.com/sounds/06cfbec0 #ロマルニア帝国の聖典より

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