nana

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🩵 今は咲き誇る薔薇 🏛 ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 第7部〖蠱惑の売女と5番目の天使〗 Ⅰ. 春を鬻ぐ街  翌日、部屋に入るなりエクレシアは奇妙な違和感を覚えた。部屋にあるものは昨日と何も変わらないはずなのに、どこかが違って見えるのだ。部屋を見渡しながら思考を巡らせ、エクレシアは些細な不快感の正体に辿りついた。机の上に置いた聖典の位置が、昨日部屋を出た時から僅かにズレているように思えたのだ。 「あれ? 聖典、昨日こんな向きに置いたっけ?」  エクレシアが呟くと、ニネヴェも何事かと聖典の前に立った。ニネヴェはきょとんと首を傾げて口を開く。 「よく見てませんでしたけど、あたしたち以外に部屋に出入りする人はいませんし、昨日もこうだったんじゃないですか?」 「確かにそうだね。夜中も特に物音はしなかったし。……気のせいか」  エクレシアは頷くと、平常通り聖典を開き準備を進める。間もなくしてホロンの像が浮かび上がり、5番目の天使の話を語り始める。普段ならば、心惹かれる物語の続きに向き合えば、小さな違和など忘れてしまえるはずだった。けれど、エクレシアの心の中に生じた微かな引っかかりは、けして消えることはなかった。 ‧✧̣̥̇‧  4番目の天使ウリは、ナザレたちの死後しばらく人間世界に留まった。ルステラ修道院の仲間として、一人の人間として彼女たちの勇姿を伝え広めたウリは、知っている人間が全て死んでしまった後でそっと天界へ昇っていった。天界では、おそらくずっと彼を見ていたであろう神様と、3番目の天使ファエルが並んで立っていた。帰ってきたウリに対して二人は何も言わなかったが、神様はウリの肩を抱き、ファエルはぎゅっと口を噤んだままウリの傍に居てくれた。ウリはファエルをちらりと一瞥した後、これは独り言だけど、と前置きをして口を開いた。 「人間世界は悪くなかった。実に有意義だった。それから、きみが塞ぎ込む気持ちが、よく分かった」  だからと言って謝るわけではないけれど。しばらくの沈黙の後でそうつけ加えたところが、如何にも彼らしかった。  その時、寄り添う二体の天使の横をすり抜け、もう一体別の天使が地上へ向かって飛んでいくのが見えた。5番目の天使マエルの姿だ。 「わたしは人間と仲良くなりたい。彼らのことをたくさん知って、苦しんでいるのなら救いたい。楽しみだなあ。わたしはどんな人と出会えるんだろう」  マエルの瞳は希望に満ちていた。まだ何も知らない無垢な天使は両の翼を大きく広げ、人間世界へ向けて彗星のように駆けていった。  空を巡る中で、マエルは広大な海辺に沿うようにして成り立っている街を見つけた。目を凝らすと、街の中には立派な身なりの者から貧相な姿の者まで、たくさんの人々がひしめきあっている。人間とは奇妙なもので、同族同士で主従関係を結んでいるらしかった。マエルから見れば皆等しく人間と一括りにしてしまえるが、彼らの規律においては違うようだ。どうやら彼らは、金属や鉱物の塊を多く手に入れたもの程地位を手に入れられる仕組みの中で生きているらしい。地位のある者は貴族や市民と呼ばれ、地位の低い者──奴隷を好きに使役することができるのだ。  降り立った通りは、表面上は華やかだったけれど、マエルの目には醜いものしか映らなかった。複数の大男に囲まれ殴られ続けている青年。か細い声で物乞いをする老いた女、道の真ん中でぴくりとも動かない、痩せ細った小さな子ども。幾ら辺りが光に満ち溢れていようとも、一度それらを見つけてしまえば、知ってしまえば、純粋に楽しむことなど不可能だった。 「どうして、泣き叫ぶ人がいる往来で笑っていられるのかな。人間には二面性があると聞いていたけれど、これ程までに……」  口元を歪め、マエルは足早に通りを後にした。本当は、悲惨な奴隷たちをひとりずつ救ってあげたかったけれど、彼らの魂の灯火は既に死の方角に歩みを進めていた。きっと明日の朝には、青年も、老婆も、子どもも、一人残らずあの天界に還ってしまうのだろう。 「ああ、わたしがもう1日だけ早く来ていれば」  目を覆い、マエルは彼等のために祈った。どうか還っていった先で、幸福を与えられますように。願いを込めて祈った。その時だった。強い衝撃と共に、マエルの上半身を鈍い痛みが駆けぬけた。目を開くと、そこには先程青年を殴っていた大男たちが居た。 「おい、今俺にぶつかったな? 女のくせに俺の邪魔をするんじゃねえよ」 「災難だったなぁお嬢ちゃん。こいつぁここらの街じゃちょいと有名なヤツでね。お貴族様との繋がりもあるから、下手に逆らわない方がいいぜ」 「へえ、よく見りゃなかなかの上物じゃないか。俺たちと遊んでくれるんだったら、今回のことは見逃してやろう」  男たちはマエルの顔をじろじろと覗き込み、今にもその腕を引かんとしていた。マエルは彼等の下卑た表情を訝しげに見つめ、何と浅ましいのだろうと思考する。彼らを振り切る方法は、天使の力を使えば幾らでも思いついたが、人通りの多いこの地で実践すべきことではない。さて、どうしたものかと頭を回らせたところで、今度は別の衝撃がマエルを襲った。左の腕を小さくも鋭い力に引かれ、マエルはつんのめるようにして数歩足を動かした。 「そのまま走って! 振り返るな!」  キンと高らかな少女の声がして、マエルの足は言われるがままに足を加速させる。目の前には黄金色の髪の毛が視界いっぱいに光っていて、背後から聞こえる男たちの怒声など、その美しさに比べたら塵のようにつまらない刺激だった。  やがて、人通りの無い路地裏まで逃げ込んだマエルは、そこで初めて手を引いてくれた少女の顔を見た。少女は、とても人間とは思えぬ、ともすれば天界の生物たちよりも眩く麗しい顔立ちをしていた。醜いものばかり目にしてきたマエルの瞳は、あっという間に彼女に釘付けになった。 「助けてくれて、ありがとう」  やっとのことでそう口にすると、少女は鼻の頭にシワを寄せ、美しい容姿に似合わぬ粗暴な口調で刺々しい言葉を放った。 「言葉が一体何の役に立つの? 本当に感謝しているのなら、あたしにありったけの金を寄越しなさい」 「お金……ああ、分かった」  美しさの欠けらも無い言葉に戸惑いつつ、マエルは衣服の隙間に手を入れると、予め創っておいた金貨の袋を彼女に手渡した。少女は、まさかマエルが金貨の類を持っているとは思っていなかったのか、一瞬ぎょっとしたように顔を引き攣らせたが、すぐに仏頂面になり袋をひったくるようにして奪い取った。 「ふん。持ってんじゃないの。偽金貨だったら承知しないからね!」 「大丈夫、本物だよ」  マエルは少女を安心させるつもりで間髪入れずに答えた。しかし、自分で聞いたにも関わらず、少女はマエルの言葉には耳を貸さなかった。じっと集中して金貨を見つめた後、少女は初めてマエルと目を合わせてくれた。 「確かに本物ね。変態じじいのところで貰った金貨とまるきり同じだわ」 「へ、変た……?」 「ま、今回は災難だったわね。アイツらは結構有名な暴漢なの。あんたどこから来たのか知らないけど、この街で高級娼婦として生きてくなら、もっと身体を大事にしなきゃ」  金貨が本物だと分かった途端、少女は先程までとはうって変わって友好的な態度をとり始めた。その話しぶりから察するに、少女はこの街の高級娼婦──奴隷上がりの美しい少女──で、マエルのことも同業者だと思っているらしい。  娼婦がどんな立場なのかは知っている。とても醜くて、哀れなものだ。けれど、彼女たちを救うためには、彼女たちと同じ環境に身を置くことも大切なことなのかもしれない。マエルはそっと覚悟を決めた。ここを人として生きるための居場所としよう。 「そうなの。昨日、遠くからこの街に来たんだ。まだ何も知らない。だから、良かったらあなたが教えてくれない? この街の全てを」 「ふーん、同業の割にいやに素直な子ね。まだ召し上げられて間もないのかしら? まあいいわ。あんたの後ろには大層羽振りの良いご主人様がついてそうだし、あたしがあんたの面倒見てあげる」  少女は歯を見せてにやりと笑うと、マエルの前に石膏像のようにつやめいた手を差し出した。 「あたし、エルテヤ。ついでに言えばこの街一番の美人よ。あんたは?」 「わたしはマエル。よろしくね、エルテヤ」  エルテヤの手はじんわりとあたたかくて、肌の触れたところから、あでやかな華の香りがした。 ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 🌕アンタって本当に何も知らないのね?良いわ、アタシが全部教えたげる。 🐋ふふ、ありがとう。エルテヤは優しいんだね。 🌕女蛮族(アマゾン)のような腕力はないけれど 🐋芸のない唯の売女(ボルネ)とは違うわ 🌕嗚呼… 花代(ドラクマ)と 🐋真心を  🌕引き換えに 🐋美(うるわ)しの 🌕(↓🐋)夢を売る… 🌕敬愛する詩人(ソフィア)のような教養はないけれど 🐋学のない唯の街娼(デミエ)とは違うわ 🌕嗚呼…元々哀しき(🐋哀しき) 🌕奴隷の 🌕(↓🐋)身とはいえ 🐋(🌕Ah~)今は咲き誇る 🐋(↑🌕)薔薇 ↑🌕↓🐋【高級遊女(ヘタイラ)】 ↑🌕↓🐋花開き風薫る春を鬻ぐ 🌕以外 ↑🌕↓🐋身寄りなき娘には何もない 🐋けれど 🌕憐れみならば 🐋要らないわ… 🌕馬鹿にしないで… 🐋アナタ (↑🌕)の其れは愛じゃない! ↑🌕↓🐋 Lan lan la la lan Lan lan la la lan la... ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 🐋5番目の天使「マエル」cv.茶屋道るな https://nana-music.com/users/7521125 🌕エルテヤ cv.オムライス https://nana-music.com/users/1618481 ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 前章 第6部〖白銀聖歌隊と4番目の天使〗 前節 Ⅳ. 二つの音色 (楽曲: 🪺哀の隙間/MIMI) https://nana-music.com/sounds/06cee639 次節 Ⅱ. ずっと一緒よ (楽曲: 🐋心のそばに/Belle) https://nana-music.com/sounds/06cf533c #ロマルニア帝国の聖典より

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