🩵Angee Recital🏛

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🩵 言葉を重ねる 心が確かに在るだけ 🏛 ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 第6部〖白銀聖歌隊と4番目の天使〗 Ⅳ. 二つの音色 　リダが噴火の話を持ち帰った日から一年。修道院と村には平穏な日々が続いていた。話を聞いた当初は対策をしようと息巻いていた人々も、何も起こらない日常の繰り返しに、いつしか危機を忘れていった。しかし、修道院長ガリラヤと、ウリ・ナザレ・リダの三人を中心に発足された歌部隊『白銀聖歌隊』だけは、穏やかな毎日の中でもけして危険から目を逸らさなかった。 ‧✧̣̥̇‧ 　それが起こったのは、ウリが修道院にやってきた日と同じ、凍てつくように張りつめた空気が肌に刺さる冬の日だった。目が覚めた瞬間、ウリの全身を脈打つような熱っぽい感覚が襲った。遂に来た、と思う間もなく、足元から地響きのような音が聞こえた。ウリが息を飲むと同時に、いつもはノックされるはずの部屋の扉が勢いよく開き、額に汗を浮かべたナザレが現れる。 「ウリさん！ 今の音は！」 「ああ、急いで村人に知らせないと」 　手早く着替えを済ませ、ウリはナザレと共に外へ出た。既に何人かの修道女たちは村へ向かって走り出している。彼女たちを視界に入れたウリは、そこからぐるりと辺りを見渡し、そして言葉を失った。遠くに見える山の頂点から、漆黒に染まった煙が溢れ出し山肌を次々に飲み込んでいたのだ。 　それは美しいこの地には異色な光景だった。ウリは僅かに目線を揺らしたあと、すぐに拳を握りしめ踵を返した。これからすべきことが、頭の中を次々に過ぎっていく。 「リダ、ナザレ、村へ行って皆を誘導してくれ！ きみたちの歌なら、きっと皆事態に気がつくはずだ」 「分かったわ！ それならウリも一緒に……」 「いや、ぼくはここに残る。まだ眠っている者たちを叩き起こして避難させなければならないし、馬の数は限られている。きみたちが先に行くんだ」 　天使である自分は、例え煙や火砕流に飲み込まれたとて死ぬことは無い。無論その事実を二人は知らないが、信じてもらえるかどうかも分からない説明に時間を割いている余裕は皆無だ。そんなことは全て終わった後にでも伝えてやれば良い。 「ぼくは絶対に死なない。約束する。だから早く行け！」 「でも！」 「……リダ。行こう。ウリさん、あなたの言葉を信じます」 　引き留めようとするリダの腕を引いて、ナザレはウリの瞳に強い視線を送った。 「嘘、つかないでくださいね」 「今までぼくが偽りを述べたことがあったか？」 「……ふふ、それもそうですね」 　二人を馬に乗せてやりながら軽口を叩くと、青ざめていた彼女たちの表情が少しだけ和らいだ。 「約束よ、必ずまた会いましょう」 「あぁ」 　ウリが馬の背を押すと、あっという間に二人の姿は消えていった。これで彼女たちの安全は保証された。ウリは一瞬だけ満足気に微笑むと、足を止めることなく修道院へと走り出した。修道院の中には、まだガリラヤと幼い修道女たちが残っていた。老齢のガリラヤと年端もいかない少女たちを馬に乗せるのは危険だ。ウリも共に乗ってあげたかったが、今修道院に残っている馬は一頭しかいない。村から引き返してくる馬を待っていては、最後の一人を救い出すには間に合わないかもしれない。それならば、ウリはやはりこの場に留まり、一人でも多くの人間を優先するべきだ。 「修道院長。ぼくは誰から乗せていくべきか、判断することが出来ない。あなたの考えに従おう」 「分かりました。では、幼い者から乗せてください。私は、一番最後に参ります」 「……承知した」 　命を選ばなければならないこよりその対象がどちらも大切な人達であること。それがウリには身を裂かれるより辛かった。けれど、敬愛するガリラヤの頼みならば、ウリは迷わなかった。 「しっかり手綱を握っているんだぞ。大丈夫、怖くない」 「村から馬が引き返してきた！ あと三人乗れる。早く！」 「ぼくは平気だ。きみが助かることを、ぼくも修道院長も望んでいる」 　幼い修道女たちは、ウリとガリラヤを残していくことを泣いて嫌がった。けれど、ウリは一瞬足りとも動きを止めなかった。芯のこもった言葉を彼女たちに投げかけ励ましながら、一人残らず村へと送り届けた。そして、黒い煙が一番近い森の上まで到達した頃、修道院に残るのはウリとガリラヤの二人だけになった。ガリラヤは、じっと森の方角を見つめ、目に涙を浮かべてウリの手を取った。 「もう、間に合いませんね。ごめんなさいね、ウリ。私は、貴方のことも助けたかったのです」 「それはぼくも同じだ。修道院長。力が及ばずすまなかった。でも……」 　ガリラヤを助ける方法はある。ウリが天使の姿に戻り彼女を抱えて飛んでいけば、確実に救える。しかし、人間の前でこの力を使っても良いのだろうか。それは、運命を変えてしまうことにはなり得ないだろうか。 　ファエルは最期の最期で耐えきれなくなったと言っていた。しかも、結局愛した者たちを救うことは叶わなかった。その話を聞いた時、何と無様なのだろうと思った。だが、今のウリになら、ファエルの葛藤が手に取るように分かる。例え許されざることと分かっていても、自分の身を削ってでも救いたいと思える人間に出会ってしまったのだから。 　もう時間は無い。ウリは決断しなければならない。迫り来る黒煙に圧倒され、唇を震わせる。その時だった。 　陽の光と月の光を混ぜ合わせたような、心地良い歌声がウリの耳を揺るがした。 「この歌声は……！」 　声は村へと続く道から響いていた。ウリとガリラヤは顔を見合わせると、足早に声のする方へと向かっていく。するとそこには、足を深く負傷して力無く木の幹に寄りかかっているリダと、片手で出血した腕を抑えながら、もう片方の手で懸命に彼女を支えているナザレの姿があった。 「リダ、ナザレ！ どうしてここに……！」 「ウリさん！ 修道院長！」 　ナザレは顔を上げて目を見開いた後、目と口を歪めて泣き笑いのような表情を作った。 「あの後、やっぱり皆のことが心配になって、二人で修道院へ引き返そうと思ったんです。けれど道中で落石にぶつかって、リダは足に、私は腕に怪我を負いました。馬は驚いて走っていってしまったし、村に助けを呼ぼうにも間に合うかどうか。……ここを、私たちの最後の場所にしようと、そう話し合っていたんです」 　ナザレは、息も絶え絶えになったリダと顔を合わせると、涙が伝う頬を寄せ合い、それでも笑顔を浮かべていた。 「ウリさん。私、さっきリダに想いを伝えました。そうしたら、リダは幸せだって言ってくれました。互いに同じ想いを持っていると分かって、幸せだって」 　ウリが顔を向けた時には、リダの瞳は既に閉じていた。けれどその顔は安らかな微笑みを象っていて、彼女が心の底から幸福を感じていたことが手に取るように伝わった。 「ナザレ……。ぼくは、きみをここから助けてやれる。きみは、それを望むか？」 「いいえ。リダを置いていきたくはありません。例え助かる道があるのだとしても、私はここに留まります」 　細くも逞しい、蜘蛛の糸のように光る眼差しで、ナザレは躊躇することも無く言い切った。すると、後ろで黙っていた修道院長も穏やかに口を開いた。 「ならば私も共に在りましょう。最期のその時まで、貴方たちと共に」 「……それがきみたちの答えか」 　ウリは、喉元から込み上げてくる何かを必死で溢れさせまいと唇を噛みしめた。そして、量の腕を伸ばしてナザレと修道院長、リダの亡骸を抱きしめる。 「ぼくもここにいよう。共に『白銀聖歌隊』の最期を見届けよう」 「ありがとうございます。ねえリダ、これならちっとも怖くないわね」 　頬を撫でる空気が、徐々に熱気を孕んでいく。もう数分と経たぬうちに漆黒に飲み込まれてしまう。状況は絶望的で光など見えないはずなのに、ナザレも修道院長も、その表情に乱れは一切無かった。 「皆さん、歌いましょう。私たちはこれから天界へ向かうのです。一足先に昇って行ったリダがすぐ気づけるように、歌いながらゆきましょう」 　ナザレは静かにそう言うと、深く息を吸ってゆっくりと旋律を奏で始めた。そこに修道院長のしわがれたあたたかい声が重なり、ウリの洗練された透き通る歌声が続いた。 　迫り来る火砕流に飲み込まれるその瞬間まで、三人の声は空高く響き渡った。やがて、山も森も修道院も全てが灰色に染まってしまった後、ただ一人崩れることなく残ってしまったウリは、声を途切らせ空を仰いだ。 　耳を澄ますと、遥か遠い雲の先で二つの音色が折り重なった音が聞こえた。きっと昇った先の世界で、二人はまた出逢えたのだろう。 「きみたちの勇姿は、ぼくが伝え広めると約束しよう。たとえ束の間の繋がりだったとしても、きみたちと出会えたことに意味が無かったとは思わない。ぼくは、この一瞬の思い出を、けして忘れることはないだろう」 　ウリは立ち上がると、街の方角に身体を向けて背筋を伸ばした。ウリにはまだやらなければならないことがある。彼女たちの生きた証を、この世界に刻みつけなければならない。勇敢な二人の少女と慈悲深い一人の女性の存在を、風化させてなどやるものか。 「ありがとう。誇り高きぼくの友人たち」 　溶けた地面に足を踏み込む。とても歩けるような状態ではなかったけれど、それでもウリは進むことを諦めなかった。 ‧✧̣̥̇‧ 『こうして、ルステラ修道院の物語は北部の街に伝えられ、今に至るまで記録が語り継がれているのです』 　ホロンが4番目の天使の話をそう締めくくると、ニネヴェは潤んだ瞳で彼女を見つめながら、大きく拍手をしてみせた。 「危険を顧みず仲間を助けようと足掻く姿も、最期まで仲間と共に散ろうとする姿も、どちらも素敵な人間の鑑ですね。同じ修道院の者として、あたしも見習わなくちゃ！」 「君はこんな状況になった時真っ先にパニックになって泣き出しそうだけどね」 「なっ！ 酷いですよぅ、あたしだってもう大人だし、きっと冷静に……。うーんと……やっぱり怖くて無理かもしれないです……」 　最初はムッと頬を膨らませ反論していたニネヴェだったが、エクレシアの全てを見通す水晶玉のような瞳で見つめられたせいか、次第に自信無い声色に変わっていった。その様子がどうにも可笑しくて、エクレシアは口元に手をやりクスクスと笑う。 「そう罰の悪い顔をしなくてもいいよ。ほとんどの人間は、きっと自分を守ろうと動くだろう。もちろん私もね。それが人間の本質なのだから、悲観する必要も罪悪感を抱く必要も無い」 　エクレシアはニネヴェを励ますように軽く肩を叩くと、聖典を閉じて部屋の扉に手をかけた。 「ずっとホログラムを見ていて目が疲れたろう。そろそろお茶の時間といこうか」 「……！ はい、もちろんです！ 今日のおやつは、極東から届いたお茶の粉を使ったチョコレートタルトですよ～！」 「極東のお茶……ああ、あの深緑色の美しい」 「ちょうどエクレシアさんの瞳の色みたいですよねえ」 「そう？ 私のはもう少し青みがかっている気がするけれど」 　二人は背を並べ、息の合う会話を続けながら部屋をあとにする。その声が遠くなった頃、無人の部屋の中で、閉じられていたはずの聖典がひとりでに捲れ始めた。やがてある頁で止まると、聖典はそのまま動かなくなり、そしてまた静かに閉じられてしまった。 『……やはりここにあったのか』 　不意に少年のような声が響いた。しかし、部屋の中には誰の存在もない。ただ声の余韻だけが、静かに空気に溶け込んでいった。 ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── だって答えが無いからさ 瞳を閉じて時を見つめてた 問いかける いつかの声 形無く漂った隠した 寂しさが 今日も降らした 涙と巡る輝きに 儚いこの日を 名付けたくはなかったんだ 手探りで探してる 遠くを流れて征く明日へ 言葉を重ねる 心が確かに在るだけ ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 🪺ナザレ cv.海咲 https://nana-music.com/users/579307 ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 前節 Ⅲ. 厄災 (楽曲: 🪼🪻🪺You are a ghost, I am a ghost 〜劇場のゴースト〜/スタァライト九九組) https://nana-music.com/sounds/06ceb83d 第7部〖蠱惑の売女と5番目の天使〗 次節 Ⅰ. 春を鬻ぐ街 (楽曲: 🐋🌕死と嘆きと風の都/Sound Horizon) https://nana-music.com/sounds/06cf25c7 #ロマルニア帝国の聖典より #MIMI #哀の隙間