🩵Angee Recital🏛

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🩵 Misery go ‘round and around 🏛 ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 第6部〖白銀聖歌隊と4番目の天使〗 Ⅰ. 流れついた者 「エクレシアさん、あたし、先に地下室の準備をしておきますね！」 　朝食を済ませた後、ニネヴェは晴れやかな顔でそう言うと忙しなく階段を降りていった。その後ろ姿からは、楽しみで仕方がないといった空気が溢れだしている。自分の専門分野にニネヴェが興味を示してくれることが単純に嬉しくて、エクレシアは顔を綻ばせた。けれど同時に、昨夜から蟠りのように澱んでいる聖典への疑問がふつふつと湧き上がってきた。 「多くの資料では、人類最初の兄弟殺しとしてカインとアベルの名が挙げられている。だから彼らの名前は知っていたのだけれど。……昨日の物語は、私の知る話とは全く異なっていた」 　エクレシアはじっと身体を静止させ、眉を寄せてテーブルクロスの網目を睨む。すると、階下からニネヴェのはしゃいだ声が響いてきた。エクレシアは一度思考を中断させると、無造作に髪をかきあげて立ち上がった。ニネヴェは素直に物語の続きを楽しみにしているようだから、傍にいる自分が険しい顔をして不安にさせたくはなかった。 　地下室へ赴くと、そこには既に開かれた聖典と、浮かび上がるホロンの像があった。そして、像の前に腰掛けたニネヴェが、うきうきと足を踊らせながら、次なる物語が始まるのを待っていたのだった。 ‧✧̣̥̇‧ 　4番目の天使ウリは、連日3番目の天使ファエルの元へと通っていた。傷心した様子で戻ってきた彼に代わりに人間世界へ行くことを命じられたので、人間世界の常識を一通り聞いておこうと思ったのだ。けれど、何度訪ねてもファエルはじっと蹲って動かないまま、時折鬱陶しそうにこちらを一瞥するだけだ。そんな反応が何日も続き、やがて耐えかねたウリは、我慢できないとばかりに鋭い口調でファエルを咎めた。 「兄さん、きみは人間風情に随分と入れ込んでいたようだけれどね。忘れたのか？ ぼくたち天使は、人間を導く存在だ。人間よりも上位の存在なんだ。たかだか一人二人にいつまでも情を持っているべきではない」 「……うるさいな。それに、兄さんって呼ばれるのも好きじゃない。わたしは彼らの前で、女として生きた」 「フン。ぼくたちに性別など無いと分かっているくせに。便宜上そう呼んでいるだけだよ。人間の記号にぼくたちは当て嵌らない」 　腕を組み、高圧的に見下ろしながらウリが言い放つと、ファエルは一瞬だけ何かを言いたげに眉を上げた後、すぐにふいっと目を逸らしてしまった。 「わたしは、全て終わってしまったあとでやっと分かったんだ。最初から、何にも要らなかったんだよ。ただ、もう一度あの丘の上で、三人で語らいあっているだけで良かったんだ」 　その言葉は、ウリに投げかけたというよりは、もう居なくなってしまった誰かに向けた独り言のようだった。これでは話にならない。ウリは肩を竦めると、何も言わずに踵を返した。 「ぼくは正しく人間たちを導いてみせる。兄さんのような腰抜けではないからね」 ‧✧̣̥̇‧ 　その日は、朝から水鳥たちがやけに騒がしかったのを覚えている。ロマルニア帝国北部に位置するルステラ修道院の窓から、けたたましく鳴く鳥たちを不思議そうに眺めていたナザレは、湖の端に何か大きなものが浮かんでいるのを見つけた。窓から身を乗り出し、銀縁の丸眼鏡を上げたところで、それが人の形をしていると気づいたナザレは、途端に走り出していた。 「だ、大丈夫ですか！」 「ん……服が濡れて重くなり、身体が持ち上がらないだけだ……けして溺れたわけじゃ……」 　ナザレが引き上げた腕の先には、空色の艶やかな髪が美しい人物──ウリの姿があった。ウリは、ナザレの手に掴まりやっとのことで草むらに身を投げ出すと、深く呼吸をしてからよろよろと立ち上がった。 「引き上げてくれたことには礼を言う。けれど、ぼくは溺れていたわけではないからね。それだけは勘違いしないように」 「あ、はい、すみません……？」 「よろしい。では、ぼくはこれで」 　ウリは涼し気な表情でひらりと手を挙げて、湖とは反対側の森へと向かっていく。凍てつく風が吹き抜ける冬の日だというのに、その身体にはボロボロになった布切れ一枚しか身につけられていなかった。更には獣がわんさかいる森へ丸腰で立ち入ろうとする彼を見て、ナザレは思わずその腕を引いてしまった。 「あの！」 「まだ何か用があるのか？ ああ、見返りか。そうだな、金貨なら幾らでも」 「ち、違います。お礼なんていりません。それより、あなたが心配なんです。旅の方でしたらご存知ないのかもしれませんが、この先の森には獣がたくさんいます。その様に薄着で、弓も持たずに行っては危険なんです」 　必死で説得をするナザレだったが、ウリはきょとんとした表情で首を傾げるばかり。このままでは自分の声は届かないだろうと察したナザレは、後方に聳える修道院を指さした。 「あの建物は、私がお世話になっている修道院です。空き部屋がありますから、せめてあたたかい季節になるまで泊まっていかれませんか？」 「成程。見返りとして、ぼくを修道院で働かせるというのか。まあ、悪くないだろう。引き受けた」 「だから、見返りじゃないんですよぅ……」 　一向に意図が伝わらない。ナザレはがっくりと肩を落としたが、ウリが颯爽と修道院へ向かっていくのを見て、少なくとも森へ入ることは阻止出来たことに安堵の息を吐いたのだった。 「ところで、きみの名前は？」 「ナザレです。この辺りでは良くある平凡な名ですよ」 「覚えやすくて良いな。ぼくはウリ。よろしく頼む」 「はい、よろしくお願いします、ウリさん」 　修道院へ戻ったナザレは、老齢の修道院長ガリラヤに事の経緯を説明した。ガリラヤは終始穏やかな笑みのままナザレの説明を聞いていたが、やがて皺の深い顔をもっとくしゃくしゃにして、歓迎の意を込めウリの手を取った。 「この寒い中、よくぞ生きてここまで来ましたね。神があなたをお導きになったのでしょう。どうぞ、我々を本当の家族と思って、ゆっくりとお過ごしください」 「神の導きか。まあそうだろうね。よろしく頼むよ」 　ウリがガリラヤの手を握り返した途端、それまでうずうずと黙って見守っていた修道女たちが、いっせいに彼の元へと駆け寄った。ルステラ修道院にはしばらく新しい仲間が来なかったものだから、突然増えた家族に皆興奮していたのだ。その中でも、薄桃の髪を太い三つ編みにしている少女は、ぱっちりとした目を輝かせウリに興味津々だった。 「あなたが新入りさんね。会えて嬉しいわ！ あたしはリダ。ナザレとは親友なのよ。歌を歌うことと、修道院長の作る山羊のチーズが大好きなの！」 「ぼくはウリ。好きな物は……特にないな」 「まあ、そうなの？ 好きな物がないって、きっと寂しいわ……。そうだ！ ナザレ、だったらあたしたちの歌を聞かせてあげましょうよ」 　リダはぴょんっとその場で跳ねると、両の手それぞれでナザレとウリの手を引くと、修道院の外へ飛び出した。湖の側まで二人を引っ張ってきたリダは、頭にはてなを浮かべているウリを草むらに座らせると、彼の前に立ち大きく息を吸った。 　次の瞬間、ウリの耳を心地よい音色が占領した。花弁が開く瞬間のような、朝日が顔を出す時のような、心がふっと軽くなる感覚。それをもたらすのがリダの歌だと気づいたウリは、思わず感嘆のため息を漏らした。そのことに気がついたナザレは、頬を紅潮させはしゃいだ様子で口を開く。 「リダの歌は素敵でしょう？ まるでお日様の光みたいに、あたたかく包み込んで、希望をくれる歌声だわ」 「ああ。きみのように豊かな表現は出来ないが、確かに美しいと思う」 「ありがとう！」 　二人の観客から賞賛を貰ったリダは、ニッと口の端を引き上げて喜んだ。彼女は踊るような足取りでナザレの傍へ行くと、彼女を立ち上がらせようと手を差し出す。 「さあ、次はナザレの番よ」 「え……私は遠慮するわ。リダの歌の後だと、気後れしちゃうから」 「そんなことないわよ！ あたしは自分の歌よりも、ナザレの歌の方が上手だと思うわ」 「……ありがとう。でも、今日はいいの」 　飾らない爽やかな微笑みで、ナザレはそっとリダの提案を断った。その顔に少しだけ陰が潜んでいることに、リダもウリも気がついてはいたのだが、めいめいが今触れるべきではないだろうと素知らぬ振りをした。 「そっか。気分じゃない時もあるものね。残念だけど、ナザレの歌はまた今度にしましょう」 「楽しみが増えるのは喜ばしいことだよ」 「ごめんなさい。またいつか、お聞かせ出来れば嬉しいです」 　ぺこりと小さく会釈するナザレに、ウリは気にするなと首を振る。ナザレはそんなウリを見て一瞬口を開きかけたが、その瞬間、修道院の方角から幼い修道女たちの声が聞こえてきた。 「皆～！ そろそろお昼ご飯の時間だよ～」 「早く来ないとスープが冷めてしまうわよ！」 　声を張り上げて手を振る彼女たちに、真っ先に反応したのはリダだった。 「いけない！ 修道院長はいつも優しいけど、ご飯の時間に遅れることと、消灯時間を守らないことに関してはこっぴどく叱るの。急ぎましょう！」 　来た時と同じくリダの左右の手に引かれ、ウリとナザレはそのまま言葉を交わすことなく湖をあとにしたのだった。 　その夜、空き部屋のベッドに布団とシーツを運んできたナザレを掴まえて、ウリは昼間の話の続きをしようと口にした。彼女の動向がどうしても気になって、頭から離れなかったのだ。 　ナザレは少しの間迷いながら視線を泳がせていたが、やがて観念したように口を開いた。 「昼間のことは、ごめんなさい。私、すごく感じが悪かったですよね。でも、歌わないことに深い理由はないんです。ただ、自分に自信がないだけで」 　ナザレは膝に置いた自身の手のひらに視線を落とすと、自嘲気味に唇を引く。 「リダの歌声は本当に素晴らしい。私なんかが釣り合うはずないんです」 「……きみは、リダに好意を抱いているんだな」 「当然です。私にとって唯一の……大切な人ですから。でも、リダにとっての私はきっと、たくさんいる親友のうちの1人でしかない」 　ナザレは影の落ちた声で静かにそう呟くと、すくっと立ち上がり部屋の扉に手をかけた。後ろ姿が僅かに揺れ、独り言にも似た言葉が滑り落ちる。 「それに、私の好きは、異端なんです」 「え？」 「いえ、何でもありません。ウリさん、おやすみなさい」 　振り返ったナザレは、穏やかで人の良い笑みを浮かべていた。ウリはそれ以上何も言及することが出来ず、ただ眉をひそめたまま、真新しいシーツの上に身を沈めたのだった。 ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── Step through the gate into Utopia Sink into a world of Melodia (天界への門をくぐりぬけて 音色の世界へ深く沈みゆけ) Black lace Euphoberia hurries away Tiny legs Leaves behind a track of cardioid Twisted creation Phosphorescent apparition Heart disorientation Bemusement (黒い刺繍 ムカデは急いで立ち去った 小さな足 心臓形の軌跡を残す ねじれた創作物 淡く光る幻 心臓の意識障害 そして困惑) Merry go ‘round and around Misery go ‘round and around Quandary go ‘round and around Merry go ‘round and around (回れ回れメリーゴーランド 悲劇よぐるぐると回れ ぐるぐると回って混乱して 回り続けてメリーゴーランド) Tick-tock Time doesn’t stop Prepare your doubts Eat them up Quaff down The pus of thoughts Red sand flows out Sweet mouth (チクタク されど時間は止まらない 疑っているのなら それら全てを喰らってやる 飲み干してやる 思考の膿 赤い砂が流れ出す 愛らしい口元へ) ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 🪼4番目の天使「ウリ」cv.はいねこ https://nana-music.com/users/7300293 ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 前章 第5部〖カインとアベルと3番目の天使〗 前節 Ⅳ. 愛してる (楽曲: 🖤悪魔の子/ヒグチアイ) https://nana-music.com/sounds/06ce4c2d 次節 Ⅱ.宵の歌 (楽曲: 🪻歌よ/Belle) https://nana-music.com/sounds/06ce99cb #ロマルニア帝国の聖典より