僕の戦争
神聖かまってちゃん
🩵 This is my last war 🏛 ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 第5部〖カインとアベルと3番目の天使〗 Ⅲ. 羊を殺めたのは誰だ? 辺りには、焦げついた嫌な臭いが充満している。支柱に縛られた肉塊はもう悲鳴をあげることすらなく、ゆらゆらと揺れる橙の炎に全身を包まれている。 「さあ、処刑は終わりだ。火の番として残る者以外は家に戻れ」 カインの冷たく張り詰めた声に、村人たちは青ざめた顔のまま支柱から顔を背ける。カインが『容疑者』たちを残虐な火炙りに処すること五日。どれだけ見張りを強化しても、一瞬の隙をつかれ羊殺しは止まず、毎夜行われる犯人探しでは既に四人の罪なき村人が殺されていた。視界に入れるのも憚られるほどドロドロに朽ちた『容疑者』を苦しげに見つめながら、アベルは泣き出しそうな声で兄を説得しようとする。 「兄さん、もうやめよう! 残った羊たちは全て売ってしまって、そのお金を手仕事や畑の資本にすればいい。肉は隣の村にかけあって、作物と交換してもらおう。それなら、村が困窮することもないだろう?」 「確かにお前の言う通りかもしれない。だが、お前も羊の死骸を見ただろう? あれ程までに残酷なことを平気でやってのける犯人を野放しにしておけば、村はいずれまた危機に陥る。俺は、その可能性を根絶やしにしたいだけだ」 カインはそう言うと、鋭い眼光をアベルに浴びせた。普段からぶっきらぼうで口の悪い兄ではあったが、それはあくまで表面上の話。根は人情溢れる優しい人だったはずなのに。兄がこれ程までに非道な表情を浮かべるところを、アベルは未だかつて見たことがなかった。アベルが何も言えずに立ち尽くしていると、カインは「死体の処理を頼む」とだけ言い残し、その場から立ち去ってしまった。残されたアベルは、彼の背中を追いかけることも出来ず、地面に蹲り声にならない嗚咽を漏らした。 「兄さんは、村は、変わってしまった。きっともう、やり直すことは出来ない。……それならせめて、あの子だけでも」 アベルの脳裏に浮かんだのは、艷めく空色の髪を持った少女の姿。ファエルだけでも、この狂った世界から逃してあげたい。アベルは溢れかけた涙を拭うと、覚悟を決めた揺るぎない眼差しで空を見上げたのだった。 ‧✧̣̥̇‧ 「カインを捕らえろ! こいつが真の悪魔に違いない!」 「よくも、よくも私の息子を殺したわね! あの子は無実だったのに……!」 草木も眠る夜半、遂に恐れていたことが起こった。独裁の限りを尽くすカインに痺れを切らした村人たちが暴動を起こしたのだ。倒れ込むようにして扉を蹴破り、カインの家に押し入った幾人もの村人たちは、眠っていたカインをあっという間に捕えてしまった。隣で毛布にくるまっていたファエルは必死で彼の無実を叫んだが、怒りで燃え上がった村人たちには届かない。このままではカインが殺されてしまう。何とかして勢いを止めなければと立ち上がったファエルの手を、喧騒の中で誰かが引いた。 「なっ、誰だ……!」 「落ち着いて。僕だよ、ファエル」 家からほど近い雑木林まで走り抜けると、手の主は振り返りよく知った声でファエルを制した。月明かりの中、特徴的な銀色の瞳が揺れている。それはアベルだった。 「アベル! カインが、カインが村人に囚われてしまったんだ。早く助けないと、きっと朝が来る前に殺されてしまう!」 「……分かった。僕が兄さんを連れてくるよ。だから君は、先に村から逃げるんだ」 予想外の言葉に、ファエルは一瞬思考を停止した。その隙をついて、アベルの長く大きな指がファエルの脇腹を抱え、まるで幼子を抱きあげるかのようにぐいっと持ち上げた。次いで、暖かい毛並みと皮膚の感触が太腿に伝わる。咄嗟に、馬に乗せられたのだと理解した。 「この道をまっすぐ行くんだ。日が昇るまでには隣の村に着く。この金貨の袋を持っていれば、きっと受け入れてもらえるはずだ」 「待ってよ。わたし一人では行けない。逃げるのなら、カインとアベルと一緒がいい」 「僕なんだ」 「え……?」 「羊殺しの犯人は僕なんだよ、ファエル。君と兄さんの関係に嫉妬して、憎悪が抑えられなくなって、そして兄さんを陥れようとした」 ファエルは手綱を握ったまま、僅かに唇を震わせた。語られた真実に慄いたからではない。彼が罪の告白をしてしまったことが、堪らなく哀しかったからだ。 犯人が誰かなんて、とっくの昔に気がついていた。人の上位たる天使が、気がつかないわけがなかった。それでも敢えて知らないふりをしたのは、心のどこかでまだ彼の無実を信じていたかったからだ。確たる証拠の無いうちは、彼の無実を信じていられたからだ。 けれど今、その希望は完全に崩れさった。アベルの瞳は愛おしそうにファエルを見つめながらも、更にその向こうで手招きをしている『死』に目を凝らしていた。 「僕はもう戻れない。でも、兄さんだけは必ず助け出すから。それが僕に出来る最期の罪滅ぼしだ」 アベルの手がするりとファエルの頬に触れ、そのまま力無く滑り落ちた。 「愛しているよ、ファエル。さぁ、行って!」 片手に持った蔓を力強く振り上げ、アベルは馬の背を叩いた。馬はけたたましい鳴き声をあげると、草むらをかき分けあっという間に暗がりへ飛び出していく。 「あっ! 嫌だ、アベル、話をしようよ! わたしたちはまだ、何も……!」 ファエルの伸ばす手は虚しくも宙を切った。アベルの顔は一瞬で遠ざかり、辺りには静寂が訪れた。 馬は荒々しく駆けていく。乗馬の経験などないファエルは、非力な人間の身体が振り落とされないように手綱を握るので精一杯だった。 「止まれ、止まれ! 止まってったら! ああ、もう、聞き分けの悪い子だな!」 無理やり引いた手綱から手が滑り、ファエルは勢い余って馬の頭をひっぱたいてしまった。その途端、馬は抑揚の着いた唸り声を上げ、徐々に減速しだした。とぼとぼと歩く馬からひらりと飛び降り、ファエルは馬のたてがみをそっと撫でる。 「ごめん。乱暴をはたらいてしまったね」 そうしていると馬は少しずつ落ち着いていき、やがてぴたりと静止すると、低く喉を震わせて鼻面をファエルの首元に擦りつけた。 「わたしは村へ戻るけれど、きみはこのまま真っ直ぐ行って、食べ物をもらうんだよ。金貨の袋に、きみのことを頼みますと書いておくからね」 木の実の汁で、金貨の入った麻袋に馬を保護してほしいという旨の文言を書いたファエルは、それを馬の首に吊るした。馬は、ファエルを心配するかのように二度三度振り返ったが、ファエルが頑として動かないのを見ると、やがて少しずつ加速して闇に消えていった。馬が完全に見えなくなったのを確認してから、ファエルは大きく息を吐く。星で埋め尽くされた空に手を翳すと、彼女の姿は少しずつ変形していった。 「たくさんの人が通り過ぎた往来で、わたしの手を取ってくれたのは、カインとアベルの二人きりだった。この世界で初めて光をくれた彼らを、今度はわたしが導く番だ」 大きな翼を震わせて、天使に戻ったファエルは空を舞う。愛する者たちが待つ大地で、もう一度彼らの手を取るために。 ‧✧̣̥̇‧ 「くそっ、アベル! ここから出せ!」 しんと静まり返った地下室の中には、カインの荒々しい呻き声だけが響いていた。 数時間前、地下に幽閉されていたカインの元にアベルがやって来た。アベルの髪は染料で真っ赤に染まっており、暗がりで一目見ただけではカインとの見分けはつかなかった。 その一瞬で、アベルが何をしようとしているのか察したカインは、彼を引き留めようと唸った。だが、アベルによって両手を縛られ、布で口元を覆われてしまったカインに為す術はなく、やがてアベルは村人たちに連れられて外へと出ていってしまった。 やっとのことで口元の布を噛みちぎったカインだったが、縛られた手はなかなか外れない。こうしている間にも、カインに扮したアベルは死刑場に向かって歩みを進めている。 「俺が極刑を受け入れたのは、お前に償うためだったのに。お前を変えてしまったのは、他でもない俺だ。初めから全部、俺が悪かったんだ……!」 怒りと後悔に心を焼かれ、じたばたと身体をうねらせるカイン。その時、ふと目の前に大きな影が映った。 「それなら助けに行こう」 「その声……ファエルか?」 「如何にも。ただ、今のわたしはきみの妻としてのファエルではないよ」 視界を覆い尽くすほどの翼を生やしたそれは、毎朝毎夜見つめていた顔でしなやかに微笑んだ。 「わたしは、神に創られし3番目の天使ファエル。カイン、わたしと共に行こう。アベルの元へ」 ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 🥂🖤🤍La-la-la-la-la Ri-ras-ra-ra-ti-ti-ti-tas Ri-ri-ras, ri-ras-ra-ra-ti-ti-ti-ta Ra-ri-ras-ra-ra-ti-ti-ti-tas-ti-ri Rastis! Rastis! Ra-ti-ti-la! 🖤Let's start a new life from the darkness Until the light reveals the end Sinister faces, growing curses This is my last war 🥂La-la-la-la 🥂🖤la-Ri-ras-ra-ra-ti-ti-ti-tas (🤍Angels playing disguised) 🥂🖤Ri-ri-ras, ri-ras-ra-ra-ti-ti-ti-ta (🤍With devil's faces) 🥂🖤Ra-ri-ras-ra-ra-ti-ti-ti-tas (🤍Children cling to their coins) 🥂🖤Ti-ri-Rastis! Rastis! Ra-ti-ti-la! (🤍Squeezing out their wisdom) 🖤🤍La-ri-ras-ra-ra-ti-ti-ti-tas (🥂Angels planning disguised) 🖤🤍Ri-ri-ras, ri-ras-ra-ra Rastis! Rastis! (🥂With devil's faces) 🖤🤍Ra-ri-ras-ra-ra-ti-ti-ti-tas (🥂Children cling on to their) 🖤🤍Ti-ri-Rastis! Rastis! Ra-ti-ti-la! (🥂Very last coins) 🤍Destruction and regеneration You are the rеal enemy (🥂Rastis! Rastis! Ra-ti-ti-la!) ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 🥂3番目の天使「ファエル」cv.日向ひなの https://nana-music.com/users/2284271 🖤カイン cv.サラダ https://nana-music.com/users/1012660 🤍アベル cv.くらげ∞ https://nana-music.com/users/1819852 ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 前節 Ⅱ. 農園に来たる春 (楽曲: 🤍白色蜉蝣/Aimer) https://nana-music.com/sounds/06cdca65 次節 Ⅳ. 愛してる (楽曲: 🖤悪魔の子/ヒグチアイ) https://nana-music.com/sounds/06ce4c2d #ロマルニア帝国の聖典より
