🩵Angee Recital🏛

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🩵 諦めと祈り 恐れと願い 🏛 ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 第５部〖カインとアベルと3番目の天使〗 Ⅱ. 農園に来たる春 　ファエルが兄弟に連れられて、彼らの暮らす東の村へやってきてから、あっという間に三年が過ぎた。ファエルは兄弟の成長速度に合わせ徐々に容姿を変え、村でも評判の美しい娘としてその名を馳せている。しかし、変わったのは見た目だけではない。ファエル自身の内面もこの三年で随分と変化した。兄弟を初めとする村の人々は皆心優しくあたたかで、素性も知れぬファエルのことを、本当の家族のように受け入れてくれたからだ。その思いやりに触れたファエルは、人間に抱いていた不信感を大きく払拭することが出来たのだった。 　その日も、ファエルはいつも通りよく働いた。午前中はアベルと共に野山で羊を追いかけ、午後はカインと共に畑仕事をし、日が傾いてくると兄弟より先に家へ戻り夕食の準備をする。これぞ不変の幸福だ。ファエルは、夕飯のスープを煮込みながら、満足そうに口の端をあげた。するとその時、不意に玄関の戸が軋んで、真剣な面持ちのカインが姿を現した。 「カイン。随分早いね。片付けはどうしたの？」 「今日はアベルに任せてきた。……ファエル、突然で悪いが、お前に大切な話がある」 「話……？」 　ファエルはきょとんと首を傾げ、予想外に驚くふりをした。彼の言わんとしていることは大体想像がついたが、だからこそ気づかない方が良いだろうと思った。スープの具材にはまだ火が通っていないだろうから、十数分は放置していても大丈夫だろう。冷静な頭でそう判断したファエルは、カインに言われるがまま家の裏手に移動した。 　向き合ったカインの顔は、やけに引きつっていたが、同時に僅かに赤らんでもいた。ずっと後ろに回していた手を出したかと思えば、そこには色とりどりの花束があった。この村の風習で、男が女に求婚をする時に手渡すものとよく似ている。 「これは……」 「お前のことは、ずっと妹のようなものだと思っていた。アベルを可愛がるのと同じように、お前のことも、きょうだいのように見てきた。……でも、日に日に美しくなるお前を見て、俺は自分の気持ちに嘘をつけなくなった」 「だから、この花束をわたしに？」 「お前が望むもの全て、俺が叶えてやる。この世の誰よりも幸せにしてみせると誓うさ。だから、その……あとは言わなくても分かるだろう！」 　ぐいっと押し付けるような形で花束が差し出される。つまりカインは、自分と夫婦になりたいのだ。寄せられた好意と彼の不器用さは、触れてみると思いの外こそばゆくて、気分の良いものだった。ファエルは花束を抱きしめて、二度三度深呼吸をした。 「きみらしい求婚の仕方だね。……ありがとう、わたしと縁を結んでくれて」 　ファエルは微笑むと、花束の中から一際赤く輝く花を手に取り、そっと髪につけてみた。 「わたし、この花が一番好き。似合うかな？」 「ロゼッタ(薔薇の花)か。確かにお前にぴったりだ」 　花を包み込むようにして、カインの手がそっとファエルの髪に触れる。触れられた場所が、じんわりと解けるような心地良さを伴っていた。 「わたしは子を成すことは出来ないけれど、それでもいいの？」 　二人の間を漂う熱が落ち着いてきた頃、ファエルはそう尋ねた。人間は世継ぎを残すために結ばれるのだと知っていたから、カインに好意を寄せられていると気づいた時からそれとなく仄めかしてはいたものの、実際に尋ねてやはりそれではと婚約を取り消されることを想像すると、ひどく胸が傷んだ。 　しかしカインは、微笑んでゆっくりと首を横に振った。もう一度ファエルの頭に手を当てて、愛おしそうに見つめた。 「俺は構わない。お前を愛しているからお前と結ばれたいと思っただけだ。それに、世継ぎならアベルの子に任せれば良い。あいつに見繕ってやった婚約者は、気立てが良くて健康な娘だからな」 　カインは自分の婚約よりも優先して、弟のアベルの結婚相手を探していたらしい。その溺愛ぶりに、ファエルも思わず笑顔になった。 　ただ、その裏で一抹の不安も過ぎった。カインが自分に好意を寄せていたように、アベルからも何度か同じような視線を感じたことがあったのだ。カインのそれと比べれば随分と分かりづらかったけれど、恐らくはアベルも、自分に恋慕の想いを抱いていたに違いない。 「カイン。アベルにこのことは……」 「あぁ。夕食の時にでも話そう。あいつ、俺の結婚相手のことを心配していたからな。きっと喜ぶぞ」 「……そうだね」 　幾ら自分が思い悩んだところで、選べるのはどちらか片方なのだから、きっとこれで良かったのだ。ファエルはそう思うことにして、不安を心の奥底にしまいこみ蓋をした。 　自分の心情にばかり気を取られていたファエルは、その時、カインとの会話を影から聞いている者がいることに気づけなかった。その人物が、絶望に満ちた銀色の視線を送っていたことにも。 ‧✧̣̥̇‧ 　カインとファエルの祝言は、村の中心の広場で盛大に行われた。村の住人たちは、ファエルは兄弟のうちどちらかと結ばれると思っていたと喜び、口々に祝福の言葉を残していった。心配していたアベルも、二人よりも有頂天な様子で終始にこにこと微笑んでいたので、ファエルは杞憂だったと思い直し、彼に対しての注意を解いた。 　ファエルの生活は変わらず幸福に満ちていた。変わったことといえば、カインの自分に対する態度があからさまに甘くなったことくらいだ。村の人々は二人を見かけると、きまって微笑ましそうにからかいの言葉を口にするのだった。 ‧✧̣̥̇‧ 　そんな日々が数ヶ月続いたある日。突如として幸せは崩壊した。アベルの飼っている羊が五頭、夜の間に居なくなってしまったのだ。そしてその羊たちは、村の裏手にある山の中で悲惨な死骸となって発見された。頭部は割れ、腸が引きずり出されている骸を前に、村人たちは言葉を失った。明確な悪意をもって成された所業であることは、一目瞭然だった。 「一体誰がこんなことを……」 　平穏だった村に亀裂が走る。事件解決のための指揮取りは、農園の主であったカインに一任された。カインはしばらくの間、山と羊小屋を行ったり来たりして考え込んでいたが、やがて苦しげな表情でファエルとアベルを呼び出した。蝋燭の灯る小さな部屋の中、カインは最愛の二人にだけ、残虐な犯人探しを提案した。 「盗賊の可能性も考えたが、鍵は丁寧に外されていたし、夜半羊たちが暴れた形跡もない。村人の誰かが犯人だと見て間違いないだろう。このままこんな事が続けば、いずれ村が崩壊してしまう。だから俺は、農園の主として、残酷だと言われようとも手段を選ばないことにした」 　カインの手に汗が伝う。彼から発せられるぴりぴりと張り詰めた空気が、辺り全体を包み込んだ。 「誰かが名乗りあげるまで、毎夜、村人たちの中から一人『犯人』を指名してもらう。俺はその者を、火炙りの刑に処する」 　ファエルが目を見開くと同時に、隣からひゅっと息を飲む音が聞こえた。視線を向けると、アベルが失望したような表情で震えていた。 「そんな……。兄さんらしくない。考え直してよ。もし犯人で無い人を殺してしまったら？ そんなの、けっして許されることじゃないだろう？ 僕らは神に見放されてしまうよ」 「どうとでも言ってくれ。俺はお前たち二人と、この村を守りたいだけだ。そのために、多少の犠牲を生むことになったとしてもな」 「兄さん……！」 　必死になってカインを説得するアベルと、それでも頑として意見を曲げないカインを、ファエルは青ざめた表情で見つめていた。 『人間は光と闇が混在している非常に脆い存在です。己が身を呈して仲間を守ることもあれば、負の感情に狂わされ同族を殺めてしまうこともある。どちらも人間で、どちらも真実です。その定義を歪めることだけは、天使のあなたでさえも出来ません。良いですね？』 　背中越しに聞いた神様の声が、今はっきりと蘇る。自分の成すべきことが、これから辿るべき道が、初めて分からなくなった。 「ファエル、僕達はこれからどうすればいい？ 正義を盾に、殺人を肯定するのか？ 僕はもう、兄さんのことが分からないよ……」 　アベルの腕を振り切ってカインが部屋を出ていくまで、ファエルは何も言えないままその場に立ち尽くしていた。 ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 百年先 紡いだ世界で 光に消されて 僕が見えなくても 暗闇の中で輝いた 希望は絶え間なく 胸を動かすから 諦めと祈り 恐れと願い 触れては失い もう一度会いたくて 絶え間ない 風の中で 息を止めて 目を凝らして 涙もその笑顔も 胸に種を蒔くだろう 果てしない 雨に打たれ やがて時が 動きだして 開いた雲間にいま 高く高く飛び立つよ ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 🤍アベル cv.くらげ∞ https://nana-music.com/users/1819852 ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 前節 Ⅰ. 人間の世界 (楽曲: 🥂朱隠し/志方あきこ) https://nana-music.com/sounds/06cd9a21 次節 Ⅲ. 羊を殺めたのは誰だ？ (楽曲: 🥂🖤🤍僕の戦争/神聖かまってちゃん) https://nana-music.com/sounds/06ce0c54 #ロマルニア帝国の聖典より #白色蜉蝣 #Aimer #ToshiR伴奏