探し人の紡ぎ歌
グリムノーツ
🩵 紡いだ糸はやがており重なり 🏛 ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 第4部〖失楽園:ロマルニア帝国の聖典より〗 Ⅰ. メギドによる福音書 〜彼の死後、修道女ホロンが書き記したもの〜 朝七時。ニネヴェがエクレシアの部屋の扉を開くと、そこは既にもぬけの殻だった。不思議に思って首を傾げていると、階下からガシャンとガラスの割れる音がした。 「エ、エクレシアさん!? 大丈夫ですか!?」 慌ててドタドタと階段を駆け下りると、割れたグラスの前に立ち尽くしている彼女と目が合った。バツの悪そうな表情は、まるで悪戯が見つかった子どものようだった。ニネヴェは肩を竦めて微笑むと、部屋の隅に立てかけてあった箒とちりとりを手に取り、慣れた手つきで破片を片付ける。 「す、すまない。今日は私が朝食の準備をしようと思ったんだが……」 「ふふ、お気持ちだけで十分嬉しいですよ。それより、お怪我はありませんか?」 「ああ、大丈夫だ」 エクレシアは小さく頷くと、綺麗になった床を見つめ僅かに苦笑の声を漏らした。 「私は不器用なもので、こういうことはめっきり駄目でね。家事はいつも全て姪にやってもらっていたんだよ」 「姪御さんと仲良しなんですね」 「うん。天真爛漫で優しいところが、ちょっと君に似ている。年齢も近いと思うよ」 故郷にいる懐かしい顔を思い出し、エクレシアの顔が自然と綻ぶ。その幸せそうな様子が伝染し、ニネヴェも思わず口角を上げた。 「いつかお会いしたいです。きっと、エクレシアさんによく似た綺麗な人なんでしょうね」 「どうかな。姪は美しいけれど、私は綺麗だなんて言われたことがないよ」 「綺麗ですよ、エクレシアさんも」 ニネヴェは立ち上がり、まっすぐエクレシアの瞳を見つめる。聖典を覗き込む時の、彼女の水晶のようなそれが、今も頭に張りついて離れない。じっと視線を向けられたエクレシアは、僅かに頬を染めて顔を逸らした。 「君は恥ずかしいことを平気で言うなぁ」 「えへへ、思ったことは全部、素直に言ってしまうんです」 ‧✧̣̥̇‧ 毎日恒例の朝食を終えた二人は、揃って地下室へと向かう。今日は貝のクリームスープが美味しかった、また食べたいと呟くエクレシアに、ニネヴェは腕がなりますと拳を握ってみせた。機械の扱いももう慣れたもので、エクレシアは談笑しながらも的確な操作で聖典を開いた。ホログラムが浮かび上がり、人の形を象る。ここまではいつもと同じだった。しかし── 「メギドじゃない……?」 「女性、ですね」 目の前に現れたのは、古代ロマルニア帝国の民族衣装に身を包んだ二十四・五歳程の女性だった。熟れた葡萄のような双眸が、少し寂しそうに伏せられる。 『未来の使徒の皆様……メギド様は、流行り病に罹り亡くなりました』 女性は服の布をぎゅっと握りしめ、唇を噛んで顔を上げた。その眼光は鋭く、硬く、前だけを見据えていた。 『けれど、悲観することはありません。彼の遺した天使の記録は、全てわたくしが受け継ぎました。ここからは、わたくしホロンが、責任をもって伝導の役目を担います』 その名前には、エクレシアもニネヴェも聞き覚えがあった。メギドの話にちらほらと上がっていた弟子の修道女が彼女なのだろう。ホロンは涙を堪えるような表情のまま、けれどしっかりとした声音でこう言った。 『わたくしは、神のお告げを聞いたことも、天使様をお目にかけたこともございません。けれど、メギド様と共に過ごした美しき毎日は、きっと我々の信仰の果てに在られる方がもたらしてくださったものなのでしょう。だからわたくしは、伝えなければならないのです。いただいた幸福の恩返しとしてこの物語を紡ぎ、繋いでいかなければなりません』 声から伺える芯の強さは、確かにメギドの面影を映し出していた。エクレシアは、なるほどよく似た師弟だと納得する。彼女の視線の先で、ホロンがこちらに手を差し伸べた。 『聞いてくれますか、未来の友よ』 ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── ⛪️物語 君を呼んだ 表紙の向こう側 ☸️古い歌 口ずさめば 扉は開くだろう ⛪️懐かしく 切ないのに 見知らぬ旋律は ☸️紡ぎ歌 口ずさめば 糸車が回る ⛪️ただ知りたいんだ ☸️まだ知らないから ⛪️はるかな ☸️海の彼方 ⛪️秘密の花 ☸️君を呼ぶ空 ⛪️☸️さあ歩き出そう 今 風と行こう 紡いだ糸はやがており重なり 新たな歌になるから ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── ⛪️エクレシア cv.唄見つきの https://nana-music.com/users/1235847 ☸️ホロン cv.中条 瑠乃 https://nana-music.com/users/1791392 ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 前章 第3部〖知恵の蛇と2番目の天使〗 前節 Ⅲ.楽園に空いた穴 (楽曲: 🪩🐍青のすみか/キタニタツヤ) https://nana-music.com/sounds/06ccb8f2 次節 Ⅱ.伝導 (楽曲: ☸️You were there/ICO より) https://nana-music.com/sounds/06cd6b0a #ロマルニア帝国の聖典より #探し人の紡ぎ歌 #グリムノーツ #七斗ですよ
