聖者の行進
キタニタツヤ
🩵 弱い僕達さえも赦して 🏛 ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 第3部〖知恵の蛇と2番目の天使〗 Ⅰ.晴天の下 翌日、エクレシアはニネヴェに起こされる前に目を覚ました。七時丁度にかけておいた携帯のアラームが小気味良く振動している。数秒遅れて扉をノックする音が聞こえ、エクレシアが返事をすると、扉の向こうから目を丸くしたニネヴェが姿を現した。 「おはようございます、エクレシアさん。今日はちゃんと起きているんですね」 「まあね。郷に入っては郷に従えと、古い東洋の言葉でも言うし。それに……」 君の朝食を美味しく食べたいから、と付け加えると、ニネヴェは真夏の向日葵のように顔を綻ばせた。 桃色の唇を大きく開いて笑うニネヴェに連れられ朝食の席に座ると、そこには昨夜食べたフルーツケーキと、一口大の白く丸い焼き菓子、こっくり深く透き通った紅のホットティーが揃っていた。 「ふぅん、今日は甘い系だね」 「はい。エクレシアさんは朝から甘いの大丈夫ですか? 昨日のような卵とベーコンもご用意できますよ」 「いや、これを頂くよ。甘い物は大好物なんだ」 声に歓びを滲ませながら、エクレシアはケーキを切って口に入れる。しっとりとした生地の舌触りと、噛みしめるたびに鼻を抜けるドライフルーツの芳醇な香りが堪らない。 「昨日よりも味が染みていて、また一段と違った美味しさがあるね。こっちの焼き菓子も、食感と甘さが優しくて紅茶によく合う。今日の解読も頑張れそうだ」 「それは良かったです。エクレシアさんは褒め上手ですね」 「君の腕が良いだけだよ。君の手料理を食べた人は、誰だってこう言うだろう」 エクレシアはフッと短く笑い声をあげると、自分の皿の上にニネヴェの分の食器を置いた。 「ごちそうさま。後片付けは私がしよう」 ‧✧̣̥̇‧ 地下室に入り機械の電源を入れると、メギドの像は昨日と変わらぬ姿でそこに居た。 『未来の同胞よ、昨日ぶりだな。それでは、物語の続きを語るとしよう』 機械の精巧な動作により次の頁が捲られ、メギドが滑らかに話し出す。 『8番目の天使の話をした翌日も、ミカ様は変わらぬご様子で聖堂に舞い降りた。私は、忘れてくださいという彼の願いを守り、昨日のことには触れずに続きを聞くことにした。人間世界のはじまりについて教えてくださったミカ様は、次に、2番目の天使と天界の生物についての物語を語った』 ‧✧̣̥̇‧ 人間世界が生まれてから幾年かの時が過ぎたが、天界に変化が訪れることは無かった。穏やかで不変の幸福に包まれた暮らしは、大抵の天界の住人にとっては大層素晴らしいものだったが、それを退屈に思う者も現れた。2番目の天使・リエルはその筆頭と言っても良いだろう。 「毎日毎日同じことの繰り返し。心地良いけど、つまんないなぁ」 ぼうっと雲を眺めながら齧りついた赤い木の実は甘酸っぱくて、リエルは思わず顔をしかめる。否、顔の大半を大きな口が占めている彼には、しかめると言うより口をへの字に曲げているという方が似合いの表現なのかもしれないが。ともかく、酸っぱいものはリエルの味覚には合わないらしい。木の実をぽいっと草むらに投げ、リエルはまたもや空を見上げた。 「ボクが生まれる前のミカみたいに、ボクも世界中を旅して回ろうかなぁ」 旅。それは最適な案のように思えた。けれど、一人で行くのでは寂しいし心許ない。きょうだいたちを誘おうかと頭にうかべては見るものの、リエルのように破天荒で、旅の伴として刺激を与えてくれそうな者は居なかった。 「どうしようかな~。知らない子を誘うっていうのはどうかなぁ」 「さっきからブツブツと、独りきりで何を話してるんだ。アンタ」 「うわぁっ! キ、キミって確か……蛇……?」 不意に耳元を掠めた声に驚いて飛び上がると、草むらの影から黒く細長いうねる生き物が飛び出してきた。この生き物の名前は、以前神様から聞いたことがある。蛇というもので間違いないはずだ。蛇は先端が二つに割れた舌をチロチロと動かしながら、こくりと頭を垂れた。 「そうだよ。アタシは蛇。名前はルシファーって言うんだ。アンタら天使と比べちゃあ下等な生物さ。さっきアンタが投げた木の実、結構アタシ好みだったよ。ありがとうね」 「え? ああ、うん、気に入ったなら良かった。ボクの口には合わなくて」 「天使様は甘やかされて育ってるだろうから、刺激物はお好みじゃないんだろうねえ。ま、そのお礼と言っちゃあなんだが、アタシがアンタの旅に付き合ってやってもいいよ」 蛇……ルシファーはシュルリと舌を伸ばすと、ゆったりとした動作でそっとリエルの手に触れた。温く濡れる感触に生々しさを感じたリエルは、思わず手を引っ込める。 「アハハ、うぶだね。天使様」 「からかわないでよ! キミの誘いは嬉しいけど、キミの動作は遅いじゃないか。ボクは飛んだり跳ねたり走ったりするんだよ。キミじゃついて来れないよ」 「その点は、心配いらないよ」 ルシファーがそう答えた瞬間、蛇の体がぐにゃりと歪み、天使や人間とよく似た形の姿に変化した。豊かな黒髪と、左右で色の違う、濃紺と翡翠色の硝子玉のような瞳。その風貌の、輝かしいことといったら。リエルは言葉を忘れ息を飲み込むと、次の瞬間にはルシファーの手を取っていた。 「ボクと行こう! 一緒に行こう! キミは何だか面白そうだし、その姿ならボクについて来られるし、それにキミは、キミは朝日よりも美しい」 リエルは必死だった。何故こんなにも彼女を引き留めているのか、自分でも分からないほどに。リエルの態度の変わりように堪らなく可笑しくなったルシファーは、大声をあげて笑い出した。 「アハハ! 天使様のくせに皮一枚に絆されるのかい。面白いね。ますますアンタについて行きたくなった」 「ボクの名前はリエル! これからは名前で呼んでよ、ルシファー」 「ああ、よろしく頼むよ、リエル」 こうして、一体と一匹、天使と蛇の奇妙な旅が始まることとなった。 ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── パッと見綺麗な幸福の偽装 メッキが剥がれ落ちた 一枚の薄皮隔てた先で 「グロいものがなんか呻いていた」 人間の間に沈殿した どす黒いものが暴発する日 それにずっと怯える私達は 緩慢な死の最中にあるみたいだ 無力を呪う声と 救いを祈る声が 「混ざったような歌が聞こえる」 全て飲み込んでしまうように 進んでゆく聖者の行進 弱い僕達さえも赦して 「連れ去ってしまう」 破壊でもなく救済でもなく 全てを均す聖者の行進 打ちのめされてしまった僕達の 「憂いを払ってくれ、なぁ」 ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 🪩2番目の天使「リエル」cv.白水 https://nana-music.com/users/10113554 ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 前章 第2部〖神様と1番目の天使〗 前節 Ⅲ.はじまり (楽曲: ⛓️🪬カガリビト/millstones) https://nana-music.com/sounds/06cc1cdd 次節 Ⅱ.追放 (楽曲: 🐍魔女/すずきP) https://nana-music.com/sounds/06cc89fa #キタニタツヤ #聖者の行進 #ロマルニア帝国の聖典より
