nana

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🎡 花盗人の甘い躊躇い 🎠 ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 第22幕『恋情盲目』  柄の悪い大男が、自分に向かって真っ直ぐ頭を下げているというのは、なかなかに気分が良いものだった。イリスはまだ怒っているわよと言いたげな素振りで頬に手を当てつつ、じっとりと彼の後頭部を見下ろす。 「どうせ生前の奥様のことでも思い出したんでしょう? 本当に悪いと思っているわけ?」 「本当だ。今後は気をつける。悪かった」 「反省の振りをしたって無駄よ。また同じことを繰り返すくせに」 「……それは」  ぎこちなく揺れる銀髪の下、彼の口は言葉を迷っていた。イリスは深くため息をつくと、僅かに眉を上げてくすりと笑う。 「別に良いわよ。そういう契約だし。あなたが素直に謝るのを見てすっきりしたわ。顔を上げて頂戴」 「い、いいのか? 俺を許してくれるンだな!?」  途端に彼──シェスタは顔を上げ、ロイヤルブルーの双眸を僅かに緩ませてイリスに抱きついた。 「俺の嫁さんは地獄街一優しいなァ!」 「ふふ、知ってるわ」  時に大型犬のような振る舞いを見せる彼が、かつてマフィアの頭だったなんて、とてもじゃないが想像出来ない。イリスは仮初の夫を宥めつつ彼の手を引いてやる。 「それで、あなたは生き残るために何をするつもりなの? 仕方がないから手伝ってあげるわ」  凛と響くその言葉に、シェスタの表情がより一層綻ぶ。猛獣を手懐ける過程は、イリスの自尊心を程よく満たしてくれた。これだから男を惑わせることは辞められない。  イリスはシェスタの手を引いて、黒く淀む地獄街を駆けていく。願わくば、この様子をあの人に見ていて欲しいと思った。  ほら、ご覧になって洛陽様。私これ程までに魅力的な女になったわ。去っていったあなたは本当に見る目がなかったのね。精々つまらない天国街の端で、後悔と哀しみに塗れていなさいな。 ───────────────  物心ついた頃から、艺涵(イーハン)は母と共に都の外れで暮らしていた。妃の専属の仕立て屋であった母は、いつもよく研がれた鋏と煌びやかな布を手にしており、それはそれは楽しそうに布を裁っていた。そんな母の仕事を見るのが艺涵の幸せだった。他の子供たちが街へ出て遊んでいる中、艺涵だけは朝から晩までを母の部屋で過ごした。美しい柄をまとった布が母の手さばきを経て立体的な衣装になる様は、まるで魔法のようで。艺涵は無邪気に盛んに母を褒めそやした。少しだけ頬を赤らめて「ありがとう」と微笑む母の表情が、艺涵は世界で一番大好きだった。  十三を過ぎると、艺涵は都の慣習通り仕立て屋見習いとして働くことになった。母の仕事を見て育ったおかげか、見る見るうちに裁縫の腕が上達していった艺涵は、あっという間に同期達の憧れの的となった。 「都の西に暮らすお貴族様が、新しい仕立て屋を一人探しに来るそうよ」 「あら、それなら艺涵を選ぶに決まっているわ。私たちの中で一番腕が良いんですもの」 「それにあの子、すっごく綺麗。良い着物を着れば、きっとお貴族様にも見劣りしないわ」  同期の少女たちがそんな風に賞賛する中、しかし当の艺涵本人は困ったように首を傾げるだけだった。 「私は、無理に出世したいとは思わないわ。ただ服を作ることが好きなだけだもの。雇用主がどんな方でも、精一杯頑張るだけよ」 「あら何よう、いい子のふりなんてしちゃって!」  同期の一人が、からかうように艺涵の肩に手を乗せた。軽いじゃれ合いに頬を緩ませながらも、艺涵はキッパリと首を振る。 「そんなんじゃないのよ。本当に服を作るのが好きなの。それこそ、殿方とお話するよりずっとね」 「まあ、あなたそれでも乙女なの?」 「悪かったわね、乙女らしくなくて」  口では罵りあいながらも、家路を歩む少女たちの足取りは軽い。道の端に並ぶ屋台から揚げ菓子の良い匂いが漂い始めると、彼女たちはすぐにお喋りを止め匂いの出処へと駆け出したのだった。  それから暫くして、同期の読み通り艺涵は洛陽という名の役人の元へ召し上げられることとなった。見習いの中では一番早い出世だ。仲間たちの声援を胸に屋敷まで辿り着いた艺涵は、緊張した面持ちで主の部屋へと急ぐ。  屋敷の中は静かだった。案内人の後を恐る恐る歩きながら、艺涵は主になる役人の顔を想像する。偏屈で融通の聞かない男性だという噂は耳に届いていたから、自然と仏頂面の怖そうな男を思い浮かべてしまった。 「こちらに御座すお方が、洛陽様であらせられる」 「其方が仕立て屋の娘か。顔を上げてみよ」  部屋に入ってすぐ平伏すと、案内人の声に次いで鷹のように凛とした深みのある一声が艺涵の耳に届いた。今まで聞いたこともない程心地よい声に、思わず目を丸くしたまま顔を上げると、そこには彫刻と見紛うほど姿形の整った美男子が座っていた。 「娘、何をしておる」  無意識のうちに洛陽様に見とれていた艺涵は、案内人の言葉にハッと我に返る。慌てて頭を下げ「艺涵と申します」と名乗ると、洛陽様はふっと口元を緩めて微笑んだ。 「そう固くなるな。もう一度顔を上げておくれ」  優しい響きを持った言葉に、艺涵の方が僅かに揺らいだ。今度はゆっくりと目線を上げると、柔らかな双眸と目が合った。 「美しい娘がいると、この寂しい屋敷も花が咲いたようになる。私は新たな家族を迎え入れられて嬉しいのだよ、艺涵」  そう言ってもう一度破顔した洛陽様は、噂に聞いていた人物とはほぼ別人だった。平民に横柄な態度を取らない貴族など初めてで、その優しさに一瞬だけ言葉が詰まる。 「勿体ないお言葉でございます」  やっとのことでそれだけ呟くと、艺涵は案内人に連れられて部屋を後にした。目が合った瞬間に高なった胸の鼓動は、まだ収まりそうになかった。 『まあ、あなたそれでも乙女なの?』  何時しかの夕に尋ねてきた同期の言葉を思い出す。自分には縁のない話だとばかり思っていたけれど、ようやく分かったわ、と口裏で小さく零す。  あのたった一瞬で、艺涵の心は洛陽様一色に染めあげられてしまった。洛陽様に、恋をしてしまったのだ。  屋敷に来てからというもの、艺涵の針子の才覚は更に磨かれていった。それもそのはず、恋心に突き動かされた衝動は留まるところを知らないのだ。洛陽様の為ならば、艺涵は寝食をも忘れて布を断つ。それ程までに洛陽様に酔いしれていた。  召し上げられてから数年後、艺涵の献身的な努力は実を結び、平民の身でありながら貴族の会合への同行を許されるようになった。洛陽様の一番側でお仕えできる歓び。彼女は舞い上がり、次第に盲目になっていった。  彼の為ならば何でもできる。お世話をすることも、着物を縫うことも、彼に敵意を持つ者を、遠ざけることだって。 ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── まだ云わないで 呪文めいたその言葉 “愛"なんて 羽のように軽い 囁いて パパより優しいテノールで 奪う覚悟があるのならば 百万の薔薇の寝台(ベッド)に 埋もれ見る夢よりも馨しく私は生きてるの どうすれば 醜いものが蔓延ったこの世界 汚れずに 羽搏いて行けるのか ひとり繭の中 学びつづけても 水晶の星空は 遠すぎるの まだ触れないで その慄える指先は 花盗人の甘い躊躇い 触れてもいい この深い胸の奥にまで 届く自信があるのならば 白馬の王子様なんて 信じてるわけじゃない ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 〖CAST〗 🕸イリス(cv:RAKKO) https://nana-music.com/users/5226056 〖ILLUSTRATOR〗 えりざ https://nana-music.com/users/2137656 ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 〖BACK STAGE〗 ‣‣第21幕『呑まれてしまえ!』 https://nana-music.com/sounds/06b5fe56 〖NEXT STAGE〗 ‣‣第23幕『女の毒は後で効く』 https://nana-music.com/sounds/06b9c3af #AMUSEMENT_AM #アリプロ #ALIPROJECT #聖少女領域 #ローゼンメイデン

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