nana

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🎡 そういう奴らの掃き溜めだ 夜道に気を付けな 🎠 ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 第20幕『閉塞感』  ある秋晴れの午後。小さな島の檸檬畑に一人の男が立っている。あたたかな陽光が降り注ぐ朗らかな島の中で、全身黒ずくめのスーツに身を通したその男は、明らかに周囲から浮いていた。  男の名前はジェズアルド・スティヴァレッティ。家族や友人からはシェスタと呼ばれていた。歳は二十歳を少しばかり超えたところか。身なりの良さからも察せる通り、彼は南イタリアに名を馳せる商家の跡取り息子だ。──表向きは。  彼の生家であるスティヴァレッティ家は、第一次世界大戦以前から時の政治家たちと癒着関係にある、世界に名だたるマフィア一族だ。シェスタは今日、結婚相手を探す青年を偽りながら、敵対する一族に情報を流した不届き者を捕えにやってきた。彼の中では、もうユダの目星はついている。開けた檸檬畑から見えるひとつの民家を睨みつけ、シェスタは胸元の煙草に手をかけた。  スティヴァレッティ家の会合は、その日のうちに行われた。年代物のワインやら豪勢なオードブルやらが並ぶ華やかな場所。ただし女の影はひとつとして無い。そんなギラつき澱んだ空間の中、シェスタの父であるボスはひと口ワインを呷ると、一切の騒音を断つ低く通る声で呟いた。 「私を欺いた者がいるようだな?」  静かに、けれど確かに怒りを孕んだ声で。先程まで少年のようにバカ騒ぎをしていた連中は、そのたった一言で皆静まり返った。まるでかの有名な『最後の晩餐』のようだ、とシェスタは目を細める。最も、あの崇高な絵画とは比べ物にならないほど、この場にいる者は誰も彼もが腐りきっているが。  誰も名乗りを上げないと見たシェスタは、父がこちらに視線をよこした瞬間、近くにあったテーブルを蹴り声を荒らげた。 「出て来いっつってんだよ裏切り者がァ!」  テーブルは耳を劈くような音を立てて盛大に倒れた。その拍子に、近くに置いてあった椅子や長机もまた、ドミノ倒しのごとく周囲に散っていく。繊細に彩られた前菜の欠片が、テーブルのそばに居た男たちのスーツに派手に飛び散った。だが、衣服を台無しにされた彼らは、そんな事に気がつく様子もなく、ただ不安定に揺れる瞳でシェスタだけを見つめていた。 「名乗り出ねェつもりかァ? 証拠は出揃ってんのによォ?」  シェスタは、檻の中にいる猛獣を押さえつけているかのように、怒りを胸の内に押し込みながら、一歩ずつ、確実に、ユダの元へと歩いていく。飛び散った料理を踏みつける生々しい音が、高い天井に反響して耳のこびりつく。  やがて、ある一人の男の前に辿り着いたシェスタは、最早震えて一言も発せられなくなった男を、じっと蛇のように見定めた。 「あ、あ、お、俺は、俺……」  ガチガチと歯を鳴らしながら、必死に弁明らしきものを口にする男。彼は確か、数ヶ月前に入ったばかりの新人だった。マフィアの構成員にしては気が弱いが、それでも芯のある男だと思っていた。歳が近かったこともあり、シェスタは彼に対し友人のように振舞っていた。 「跡取りのこの俺が、親しくしてやったのによォ。恩を仇で返すンだなァお前は」 「ち、ちが……俺はただ、おど、脅され……」 「言い訳は通用しねェんだよ!」  棘のような怒号とともに、シェスタの革靴が男の腹にめり込む。そのまま、本能のままに男を蹴りあげる。蹂躙を遂行するシェスタの口元からは、自然と優越感に似た笑みが溢れていた。  男は、最初のうちこそ何かを訴えかけるように叫び声を上げ続けていたが、蹴られ血を吐く度にその音も弱々しくなり、ついには完全に消え失せた。男が動かなくなったのを確認すると、シェスタはグッと屈んで彼の口元に顔を近づけた。そして、吐息と共にしゃがれた声を漏らす。 「まだ、息があるなァ」  振り返ったシェスタの視界で、父を除く全ての人間が息を飲んだのが見えた。何十もの双眸が、シェスタの動向を息を飲んで追っていた。背にまとわりつくような視線を受けながら、それでもシェスタは歩みを止めない。部屋の隅に立てかけられていた、コレクションの野球バットを一つ手に取ると、彼は初々しい少年のように微笑んだ。 「フットサルには飽きちまったよ。今度はベースボールで遊びてェなァ?」  シェスタは、ぐったりと動かない男を跨ぐと、頭上から勢いよくバットを振り下ろした。先程とは比べ物にならない歪な音が周囲にこだまし、男の頭から血飛沫が飛び散った。黒にも近い、生温くどろりとした柘榴色の命は、さしずめホットチョコレートのようだった。この凄惨なワンシーンで、そんなことを考えられるのは自分くらいなものだろう。シェスタは舌なめずりをすると、もう一度男の頭に向かってバッドを振り下ろす。骨が砕け、脳が潰れる音がする。抜け落ちた髪が、柔らかい肉片の上にべチャリと絡みつく。彼の『遊び』は留まることを知らなかった。何度も何度も、とぐろを巻いた彼の怒りが、すっかり消失してしまうまで。 ──────────  先日の『見せしめ』の後、スティヴァレッティ家の情報が外部に漏洩することはめっきりと無くなった。しかし、まだ安心は出来ない。シェスタが殺したあの男は、恐らく捨て駒だったのだろう。あれ程までに分かりやすくしっぽを捕まえられたことこそが不可解なのだ。暴力に塗れているように見えて、実の所、最後にものをいうのは金と頭脳である。シェスタが身を置いているのは、そういう世界だった。 「俺ァボスの息子だから、まぁ楽しくやれちゃあいるが、それにしたって狭ェ世界だよなァ」  マフィアは通常、表社会にはけっして姿を現さない。いや、現さないのではなく、紛れているのだ。ある者は勇猛果敢な警官に、またある者は善良で勤勉な教師に。恐怖が目に見えて分かりやすい街は治安が良い。本当に怖いのは、恐怖がすっかり包み隠され、日常に溶け込んでしまうことだ。  かく言うシェスタも、日頃はこうしてオフィスワーカーを演じている。多少目付きが悪いのが玉に瑕だが、身なりを整えさえすれば、見た目は好青年そのものだった。  この日シェスタは、商談相手の家へ行くという建前の元、敵対勢力の動きがあったとされる島の東端の町へと繰り出していた。抗争の起きた現場に向かう途中、檸檬売りの大きな荷車が、シェスタの行く手を阻んだ。口裏で小さく舌打ちをしながら、シェスタは荷車と道の狭い空間をくぐり抜けようとする。しかし、それなりにガタイの良いシェスタの身体は隙間を抜けることが出来ず、荷車を押し倒してしまった。しまったと思った時にはもう遅かった。艶々とした鮮やかな色の檸檬が、石畳の道を転げ落ちていく。 「やっちまった……急いでんのに。なァ嬢ちゃん、これで勘弁してくれや」  シェスタは、呆気に取られている檸檬売りの娘に彼女がひと月かけても稼ぐことが出来ないであろう額の札束を握らせると、早々にその場を立ち去ろうとした。  しかし、一歩歩いたその瞬間、不意に後ろに引き戻されてしまった。驚いて振り返ると、そこには札束を地面に投げつけ、反対の手でシェスタの背広をきつくきつく握りしめている娘の姿があった。檸檬によく似た瞳が、確かな鋭さをもってシェスタに咎めるような視線を向けていた。 「あんたねぇ! こんな物を渡す前にまず謝罪だろう? あたしの育てたこの子たちを、埃と土塊まみれにしようってのかい!?」  威勢のいい娘の声に、シェスタは思わず面食らった。女からこんな風に怒鳴られたことは、生まれてこの方一度も無かった。 「いや、だからその金で……」 「こんな物は要らないって言ってるんだよ! それとも何だい? あたしを侮辱する気かい!?」 「お、落ち着けよ嬢ちゃん。俺はただ急いでてな……」 「言い訳はいい! さっさと拾う!」  闘牛のようにどつかれ、シェスタはその場に尻もちをついた。ぽかんと口を開けて娘を見ている間にも、彼女の罵倒は止む気配がなかった。やがて、騒ぎを聞き付けた周りの住民たちが広場に集まる頃には、シェスタはすっかり娘の奴隷と化してしまっていた。 「嬢ちゃん、何も店番までさせるこたねェだろォ?」 「うるさいね。檸檬を台無しにしたんだから当然の報いだよ。ほら、笑顔で売った売った!」 「勘弁してくれよォ……」 「あははっ、兄ちゃん、すっかりルチアの言いなりだな」 「良いとこの旦那が嬢ちゃんの尻に敷かれてやがる。こりゃ見ものだ」  住民たちが囃し立てる中で、シェスタはこの娘がルチアという名なのだと知った。光を意味する、美しい名前だ。名と同じように性格もどうにかならなかったものか。そう呟くと、耳ざとい娘は頬を膨らませてシェスタの足を蹴る。シェスタは参ったとばかりに顔を顰めて見せる。  とんだ田舎娘に捕まっちまったもんだ。そう嘆いたものの、シェスタの心は存外さっぱりとしていた。先程まであった、自己を取り巻く裏社会の閉塞感はすっかり薄れ、代わりに呼び込まれたのは、清々しい疲労感だった。  後に、ルチアを妻と呼ぶ日が来ることを、この時のシェスタはまだ知らない。 ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── ディスオーダー 好き勝手やって蒔いた報いの種を踏んで 祈りの歌も届かないこの街じゃ暴力がお似合いだろうね 交通法に従っていても目的地にはもう着かないぜ 名誉も金も未来も欲しいから絆の力で奪い取れ ロクデナシばっか 除け者にされてた ゴミ カス 捨てられ 親に合わす顔も無い それでも生きてたい アイツを殴りたい そういう奴らの掃き溜めだ 夜道に気を付けな 売買で倍々ゲームなら大体は散々やった 警察の権力も賢明で経営に加担していた 適当な仕事をした奴から海に投げて消す次第だ 仲間になったら世界を半分やるからこっちに付いて来な 弱き者に仇を 悪しき者に鉛を 許されない事でも 俺が許してやるよ 全て手に入れるのは 全て捨てた奴だけ 結局弾丸一発で 分からせてやるしかないだけ ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 〖CAST〗 ✂️シェスタ(cv:桐生りな) https://nana-music.com/users/6037062 〖ILLUSTRATOR〗 中条 瑠乃 https://nana-music.com/users/1791392 ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 〖BACK STAGE〗 ‣‣第19幕『博打』 https://nana-music.com/sounds/06b40429 〖NEXT STAGE〗 ‣‣第21幕『呑まれてしまえ!』 https://nana-music.com/sounds/06b5fe56 #AMUSEMENT_AM #マフィア #wotaku

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