guest_3 三夜 緋ロザリオのコンシェルジュ
陰陽座 バジリスクop
guest_3 三夜 緋ロザリオのコンシェルジュ
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もう既に存在も知られ、何故か客として受け入れられた。今更こんな事をしなくても良いのだが…月明かりに照らされた中庭の池の大岩にちょこんと腰掛ける。スゥー…はぁ…呼吸を整え、いざ歌い出そうと口を開くゾーア。
「ひゃっ!!」
近くの木の枝が唐突に折れてゾーア目掛けて落ちてきた。間一髪ゾーアは当たらず回避出来たが、池に落ちてしまった。せっかく乾いた足は瞬く間に鱗が生えだし、元の人魚の姿へと戻っていた。
「…僕の不運が役立つ日が来るとは思いませんでしたよ」
真っ赤な髪が月明かりに怪しく煌めいた。緑の穏やかな瞳はいつもと違い、刺すような気迫を感じる。
「…ぷはっ!あ、貴方は確か最初の夜にここに来た…」
ゾーアはこの赤髪に見覚えがある。人魚から隠れ、この岩に座って歌の練習をしていた時に現れた2人の人影。一人は翠のメイド、もう1人は…
「僕はこのホテルのコンシェルジュ、ハビエル。オーナーに拾ってもらった妖精です」
白手袋をはめた手がそっと胸に刺さる金の名札に添えられる。美しい姿勢の礼が月夜にとても合っていた。まるで今宵命を奪いに来た死神の様な…
「…僕は元々魔女の烙印者がオーナーの傍に寄るのは反対なんです。スタッフ達はオーナーに認められただけあり災いを起こしませんが…魔女に魅入られた烙印者がこのホテルに何を起こすか分かりません」
穏やかで丁寧な声。それに反して目だけはギラギラとゾーアを睨んで離さない。
「わた、私は!!ただ歌う場所を探して海を泳いでたらここに行き着いて…皆様のお邪魔になるつもりは!」
ハビエルはゆっくりしゃがみ、池を覗き込むと優しく微笑んだ顔を浮かべた。ゾーアは一瞬ホッとしたが…
「…がっ!」
白い手袋が水で濡れる。首を圧迫する力で鱗がパキッと軽い音を立て出した。
「…オーナーに…ホテルに…僕の居場所に傷を付けるようなら…僕は容赦しない!!地の果てまでお前を追って、僕の不幸の中で苦しませてやる…!」
明確な殺意、ゾーアは髪を逆立て腕を振り上げた。その手は透明な水掻きと、人間よりも鋭く凶暴な爪が生えている。爪でこの男の首を掻っ切ろうと腕を振り下ろす瞬間、目眩がしそうな程の強い強い望郷の念が流れてきた。それはどれも場所が違っていたが、愛しく、温かく…悲しいものだ。
「…あっ…貴方…かっ…えり…たいの?…ゴホッ!」
振り上げた手をゆっくりと己の首を絞める手へと添わせた。帰りたいの?…その言葉に首を絞める手は一気に緩んだ。
「ぼ…僕に帰る場所なんて…僕が帰っていい場所なんて…ないんだ…」
しん…と静まりかえる中庭。月明かりに照らされた大岩に男女の影。
「僕の種族はトラスグ、家憑きの妖精です。僕が居た世界線は森や山に囲まれ…人間と妖精だけが住む穏やかな世界でした。この世界の人間は妖精を見る事は出来ませんでしたが、だからこそ互いにぶつかる事も無く、見えないながらも人間は妖精に感謝し、妖精は人間の為に働く…そんな暮らしです」
ハビエルは消えそうな声でポツリ独り言を言うように経緯を話し出す。
「僕らの種族は家に憑かせてもらう代わりに、小さな幸せを家主に運ぶのが仕事なのですが…僕は突然変異なのです。何故か僕が家に憑くと…」
バサッ!何処からか飛ばされてきた紙がゾーアの顔に覆いかぶさった。アワアワと暴れた後に、その紙ゴミをくしゃくしゃと丸めた。
「不幸が訪れるのです。そうなると人間も黙っていない。悪霊避けを施したり、結界を張られて家から追い出されました。それならまだいい…最悪なのは不幸に呑まれて家が潰れたり…」
家主が死んだりしたのだろう。魔女の目で見た彼の感情の波の中で、一際暗い潮の流れ…そこにはベットにしがみついて泣いているハビエルが見えた。ゾーアは口を噤む彼に言葉を促す事はしなかった。
「僕は逃げる様に世界線を飛び回って、回って…ここに着きました。オーナーは亡霊、死ぬ事はありません。不幸は相変わらず引き寄せてしまいますが、それでもオーナーは僕の仕事を褒めてくれるし、家を与えてくれる…」
自分とはまた違う悲しみ。彼の苦しみを理解する事は出来ないが、もし自分が同じ立場だったら…と想像すると…
『 ゾーア、アンタの歌は邪魔だわ。人間が堕ちないのよ!要らないの、入ってこないで』
『 もしワガママが許されるなら…私のヴァイオリンの旋律にいつも貴女の歌が沿っていて欲しいわ…人魚さん』
ハビエルの心情を思うゾーアの脳裏に、いつかの仲間とバイオリニストの言葉が蘇った。胸に刃物が刺さったような痛み…そうか…もし、もう一度たった一人の友人が乗る船を人魚が襲ったら、私は絶対にソイツを許さないだろう。ゾーアは自分の首を優しく撫でた。
「貴方は掛け替えのない人から沢山の別れを経験したんだね。私も生まれて初めてのたった一人の友人が傷つけられたらって思ったら、心が痛い」
ハビエルは何も答えず、悲しげな目線を向けた。
「ごめんなさい…私はただ、本当に流れ着いただけなの。絶対にこのホテルには危害を加えない。ただ、ただ…」
ゾーアは俯いた。
「歌の練習をさせて欲しいだけ。急に居なくなってしまった、友人がいつ帰ってきても恥ずかしくない歌が歌えるように…」
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三夜が終わりました。
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