🎡 僕も君もわからなくなって 🎠
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第4幕『黒煙都市』後編
夢にまで見た外の世界での日々は、ファビアンが想像していたものよりもずっと過酷な運命にあった。屋敷の中では罵詈雑言と暴力を浴びせられながら奴隷のように働かされ、外に出れば法の目をかいくぐった貿易の商売に加担させられる。少しでも失敗をすれば十分な食事や睡眠さえ与えられなかった。ファビアンは、その日その日を生き抜くので精一杯で、やがて何が正しく何が間違っているのかも、よく分からなくなってしまった。
ある日、夫妻はファビアンに小さな拳銃を差し出して言った。「邪魔者を掃除してこい」と。最初は、何を言われているのか理解出来なかった。けれど徐々に、彼らの欲している『仕事』の内容を察してしまった。それは、まだ十にも満たない子どもには、いや、或いは立派な大人でさえ耐えられないほどの、恐怖と罪に塗れた役割だった。
それでもファビアンはやるしかなかった。指示に従えなければ、次に弾丸を撃ち込まれるのは自分かもしれない。明日も命を繋いでいくため、ファビアンは進むしかなかった。
初めて人を殺した日、ファビアンは自分の心も殺すことに決めた。無垢な幼き少年の心は、全て『ファニイちゃん』に託して。彼は引き出しの奥にそっと人形を仕舞うと、慣れた手つきで拳銃に弾を込め、そっと部屋をあとにした。
あっという間に数年が過ぎ、ファビアンが十二を迎える頃には、彼はその道で広く名が知られるようになっていた。ファビアンが成果をあげているからか、近頃では夫妻の機嫌も良く、表向きの暮らしは平穏そのものだった。けれど、腕を買われるようになったファビアン自身は、段々と過酷な現場へ送り込まれることが増えていった。時には十数人の大人を一人で相手にしろと要求されることもあった。その度に、ファビアンは人形のように錆びついた笑顔で機械的に頷くのだ。それはまるで、あの日彼が引き出しに置き去った人形のように。
その頃にはもう、何故自分が生きていたかったのかも、何故夫妻に従わなければならなかったのかも、何も分からなくなっていた。
笑顔を崩すことが出来なくなった。そう気づいた時にはもう遅かった。とある昼下がり、閑静な屋敷にフォルトナ夫妻の悲鳴が響き渡る。彼らはその金切り声を最後に、物言わぬ肉塊となった。
『やったわ!これで自由になれたね!』
ファビアンの右手には拳銃が、左手にはあの三つ編みの人形が握られている。人形をふらふらと動かして、ファビアンは歪んだ笑みを深めた。
「そうだね。僕たちは自由だ!」
彼は──否、彼と彼女は、調律の外れた笑い声を響かせながら、屋敷の外へと飛び出した。
夕刻、孤児院のベルが鳴った。
「どなたかしら?」
紺色の長いスカートを引き摺って、眼鏡をかけ直しながら、先生は何の疑いもなくその戸を開く。次の瞬間、乾いた発砲音と共に、彼女の体は崩れ落ちた。
朦朧とする彼女の視界には、凡そ人とは思えぬ恐ろしき笑みの狂人が立っていた。狂人にはどことなく、人形を持たせ送り出したあの子の面影があった。
「ファビ……なのね……」
先生は悟った。脅されていたとはいえ、子どもたちの行く末を知りながら彼らを見捨てた自分に、罰を受ける日がやって来たのだと。
──ああ、けれど、大半の子どもたちが一年と持たず死んでしまう中、彼はよくここまで生き延びてくれた。
可笑しな少年の育ての親もまた、思考を壊された可笑しな女だった。先生は、最期に狂人を抱きしめるような仕草で大きく手を伸ばすと、愛おしい者を見つめる表情のまま、地面に倒れ伏して息絶えた。
狂人は、ファビアンは、その最期を満足そうに眺めたあと、『ファニイちゃん』に向かって目を細めた。
「あっけなかったね」
『つまんないわね』
『ファニイちゃん』も何処となく不機嫌そうな様子であった。復讐を遂げ自由を勝ち得たはずなのに、まだ足りない。何も満たされていない。二人は連れ立って孤児院の外に出ると、自らが撃ち殺した馬主の死体を蹴り落として颯爽と馬車に乗り込んだ。黒煙の立ちこめるあの場所まで戻れば、自由の果てに幸せが待っているはずだと信じて。
「楽しい場所はどんなとこ?」
『そりゃあ騒がしくて、がやがやしているところよ』
「あの街でいちばん騒がしいのはどこだろう」
『そりゃあ工場かしらね。黒煙都市って言うくらいだから』
「あの煙の真下に行けば、楽しくて幸せな暮らしが詰まってるのかな?」
『そりゃあそうよ。あんなに人がいて、毎日毎日、ダンスを踊るように駆け回っているんだから』
「そっか! じゃあ、そこの人達に混ぜてもらおうよ。それで、皆で楽しく踊るんだ!」
ファビアンは溌剌とした声でそう言うと、煙の真下、歯車の蠢く工場の中へ馬車ごと突っ込んでいった。
数日後、街は事故の話題で騒然としていた。街で一番大きな工場に馬車が衝突し、運転手と何十人もの労働者が亡くなったのだという。
「運転していたのは、酔っぱらいかい?」
一人の男が気の毒そうに尋ねると、一部始終を見ていたもう一人の男は、眉をひそめて首を振る。
「いや、子どもだった。まだ十二かそこらの男の子だったよ。狂ったように街中を暴走していて、誰にも止められなかったんだ。最後も、自ら笑いながら衝突していった」
悪魔が人の姿をしていたら、きっとあんな感じなのかもしれないな。そんな言葉と共に口は紡がれ、聞いていた男は思わず絶句した。一体何が少年を狂わせたのだろう。何も知らない男には、その背景を想像することさえ出来なかった。
友人のなんとも言えぬ表情を目にしたもう一人の男は、気をとりなすように慌てて話題を変える。
「そういえば聞いたか? 郊外の孤児院の話」
「職員が強盗に襲われて亡くなったそうだな。それも痛ましい話だ」
「ああ、だが、子どもたちは全員無事らしい。しかも、古くから孤児院に寄付をしていた資産家が、全員を引き取ってくれるのだそうだ」
「へえ、それは良かったな。やっぱりニュースは幸せなものじゃないと。それにしても、全員を引き取るだなんて凄い話だな。その立派な資産家はなんていう人なんだ?」
尋ねられ、男はしばし首を捻ったあと、その名を思い出しパッと笑顔になった。
「フォルトナという一族らしい。ほら、街の至るところに、似たような黒いお屋敷があるだろう? あれは全部、フォルトナ家の所有地なんだとさ。何をしているのかは分からないが、相当な金持ちなんだろうな」
二人の男は、顔も知らぬ子どもたちの将来を喜びながら、雑踏の中へと消えていった。光の中を歩く彼らが、この街を取り巻く恐ろしい事実を知ることは、未来永劫ないだろう。
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「僕以外にも、孤児は皆死んでるよ。皆、働きすぎて狂って死んだんだ」
足をぶらぶらさせながら、ファニイは頬を膨らませて怒りを顕にした。けれどその姿は、おもちゃを取られた子どものような仕草で、とても過酷な人生を歩んで散ったようには思えなかった。
「大変だったんだな、お前も」
「うん。だから働くのはもう嫌! って、思ってたんだけど」
ファニイは途端に甘いお菓子を食べたかのようなうっとりとした表情になると、ゆらゆらと体を揺らし出した。
「やっぱり僕も輝きたいなぁ〜……サーカス、すっごく楽しそうでね」
「またその話か」
「だってすごかったんだもん! 特にあの子、紫色の髪の……あ、ちょうどあそこにいるような子!……って、あれ?」
ファニイが指を差した先で、ひとつの影がくるりとこちらを向いた。角のようなアレンジを施した、ふんわりとした紫色の髪に、眼球結膜の片方が黒く塗りつぶされている特徴的な目、連なるダイヤ型のフェイスペイント。その顔は、ユナにも見覚えがあった。
「お前は……」
「あ、ここにいらしたんですね」
二人に気がついた少年は、軽快な足取りでこちらまで駆けてきた。ファニイが嬉しさと驚きであわあわと慌てふためいている中、彼はにっこりと笑って手を差し出す。
「初めまして。ではないみたいですが。僕にとっては初めましてですね。 サーカス団ISより監査に参りました、スーと申します。以後、どうぞお見知りおきを」
光。ファニイにとっては正しく光そのものが、今目の前に存在していた。
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〖LYRIC〗
天国へ行こう 天国へ行こう
僕も君も空の上で とろとろに混ざり合って
行こう 天国へ行こう
雲になって空になって星になって夢になって
行こう 天国へ行こう
僕と君とふたりだけの楽しい結婚式を
あげよ 天国であげよ
僕も君もわからなくなって ぐるぐる踊り疲れて
幸せ 天国で幸せ
もうどこにも見えないけど どこでも一緒にいられるよ
幸せ 天国で幸せ
もう誰にも邪魔されない二人がいる空で
幸せ 天国で幸せ
もうどこにも見えないけど どこでも一緒にいられるね
幸せ 天国で幸せ
もうずっとずっと二人きりで 楽しく踊り明かそう
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〖CAST〗
🎢ファニイ(cv:中条瑠乃)
https://nana-music.com/users/1791392
〖MOVIE〗
日向ひなの
https://nana-music.com/users/2284271
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〖BACK STAGE〗
‣‣第3幕『黒煙都市』前編
https://nana-music.com/sounds/06a85a28
〖NEXT STAGE〗
‣‣第5幕『其の女、鋭利につき』前編
https://nana-music.com/sounds/06a9ced7
#AMUSEMENT_AM #きくお #天国へ行こう
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