シリウスの心臓
ヰ世界情緒
🎪 明かりになった あなたの🎭 ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 第21幕『幸福のサーカス』後編 不幸になる為に生まれてきたような人生だった。物心着いた時にはもう、薄暗い地下で汚れた布を纏って蹲っていた。私はとある貴族の下働きとして雇われた孤児のうちの一人で、六歳になれば地上に出て働く契約になっていた。けれど、地下に閉じ込められていた二十人の子どもたちの中で、六歳まで生き残ることが出来たのは、私を含めたったの三人だけだった。 「三人か。思ったより少ないな。だが、生き残ったお前たちは、その分体が丈夫なはずだ。これから二十人分たんまり働いてもらうとするか」 食事は一日に一度、穀物のお粥が与えられるのみだった。当然日々の労働に足る量ではない。その上で、日常的に屋敷の者から奮われる暴力・罵倒が私たちに降り注いだ。一年もたずに、一人が死んだ。二年を耐えた辺りで、もう一人が潰えた。苦しみを分けあった仲間は皆いなくなって、広い屋敷に、みすぼらしい私だけが取り残された。 その頃にはもう、旦那様は私にほとほと愛想を尽かしていた。私の仕事は、別の国から雇われた健康で快活な少年たちが担っていた。 どうしようも無い穀潰し。私の前でそう唾を吐いた旦那様は、私を追い出そうと乱暴に服を掴む。と、その時だった。私の顔を見つめた旦那様が、ふと力を緩めた。次いで、ぐいっと頬を掴まれ、強制的に顔を上げさせられる。 「……っ!?」 「なるほど、悪くない。喜べ奴隷、お前はまだ金になる」 にやりと笑ったその口から、恐ろしい行く末が告げられる。旦那様は、私を娼婦として売るつもりなのだ。売られた女の扱いがどのようなものであるか。屋敷で働くうちに、自然と脳内に刷り込まれていた。人としての尊厳など無く、身体は日に日に病に侵され、子を孕めば邪魔だと殺される。 まさに生き地獄。いつか誰かがそう言っていた。 「い、い、いやっ……!」 思わず旦那様の手を振り払う。しまったと思った時にはもう遅い。私の抵抗より何倍も強い力で瞬時に頬を叩かれた。 「お前を生かしてやっているのは誰だ? 誰に向かってそんな口を聞いている? この無礼者が!」 火がついた爆弾のように、旦那様は何度も何度も私を蹴りあげる。だが、顔だけはけっして傷つけることをしなかった。私が売られることは、確定事項なのだ。身体中に熱い痛みを感じながら、私は何かに助けを求めていた。誰でも良いから、私を助けて。私を救って。私をここから、連れ出して。 売られるまでの数ヶ月間。私は小さな部屋に閉じ込められ、身を清めるとき以外は外に出ることを許されなかった。私は、一日十数分だけ外に出られるその時を使って、必死で真っ黒な草を掻き集めた。それは毒草と呼ばれている草で、外傷の治療に使われる優れものである一方、口に含めばあっという間に死に至る恐ろしい植物でもある。幼い頃、貴族の子どもたちが草花について学んでいるのを偶然耳にして以来、ずっと覚えていた。 旦那様にバレないよう、すり潰した草を小さな麻袋に入れた私は麻袋がいっぱいになった翌日、それを屋敷の井戸の中に投げ入れた。真っ黒に濁った草の成分が、じわりじわりと水面に溶け込んでいく。私はそれを見届けると、そっと部屋に戻り、「その時」が来るのをじっと待った。やがて、遠くで貴族たちが食事を始める音が聞こえた。暫く耳を済ませていると、突如甲高い女性の悲鳴が聞こえた。屋敷の奥方のものだ。 「嘘──どうして──ああ神よ、私の愛しい息子を──何してるの!医者を──!」 声は断片的にしか聞き取れなかったが、それで十分だった。旦那様の息子が、毒に侵され倒れたのだ。復讐は成った。 私の部屋の番人をしていた男が騒ぎを聞いて駆けていく。その足音が遠ざかるのを確認してから、私は身一つで屋敷を飛び出した。 それからは無我夢中だった。走って走って走って、気がつけば街中に出ていた。ボロきれのような格好の私を、綺麗に着飾った街の人々はゴミでも見るような目で見つめていた。私を殴ろうとしたり、脅したりする男たちもいた。旦那様のように嫌らしい笑みを浮かべた男三人に囲まれ、私はグッと覚悟を決める。彼らに歯向かってでも、殺してでも、私は逃げきらなければならない。だって私はもう、自由なのだから。 「やめてください! 離して!」 「うるせえなあ。身なりだけじゃなくて、ピーピー鳴くところまでドブネズミそっくりだ」 男はチッと舌打ちをすると、土で汚れた足を私の方に向けた。蹴られる。私は咄嗟に体を屈める。しかし、予想していた衝撃は来なかった。 「なぁ、そこの人たち」 春風のように朗らかで、純朴な声が響いた。私が顔を上げると、まるで天使様のように美しい青年が、私のことを優しく見つめていた。 それがサフィと私──エマの出会い。 ───────────── 泥だらけの惨めな人生に、サフィは希望をくれた。生きていて良かったと心から思える程、抱えきれない幸せをくれた。だから、これからは私がサフィを幸せにしたい。そう思っていた。 けれど、それはもう叶わない。 旦那様の息子は、よく笑いよく学ぶ素敵な人で、彼には何の罪もなかった。それなのに私は、旦那様に受けた仕打ちの腹いせとして、彼を殺してしまった。その罰を受ける時が来たのだ。 以前よりも皺の深くなった旦那様は、私を見つけた途端、目の奥に烈火の如く憎しみを携え、私を捕らえよと使いに命じた。私はとうとう逃げられなかったのだ。 「エマ!」 私を非難する声が飛び交う中で、サフィの泣き声だけが鮮明だ。彼は、半身を食われ熱を奪われた私の身体を、宝物のように抱きしめてくれた。 「い、今おれが治してやる。大丈夫。一瞬で怪我なんか、消してみせる。大丈夫、大丈夫だよ」 変なひと。私もう助からないのに、それでも私の為に、足掻いてくれるんだね。私は残った方の手で、彼の涙をそっと拭ってあげた。これじゃあどっちが怪我をしたか分からないじゃない? サフィはかっこよくて、賢くて、優しいけれど、本当はすごく寂しがり屋で、泣き虫なのも知っている。それから、サフィが本当は、人間じゃないってことも。全てを知った上で私は、私は、貴方と生きていきたいと思った。 「サフィ?」 「エマ、無理に喋らなくていい。大丈夫だ。平気だよ。おれが治して……」 「きょうだいじゃ嫌だな」 もう彼の顔もよく見ることが出来ないけれど。私は力を振り絞って、最期の言葉を口にする。 「また私と一緒に生きてくれるなら、今度は私、サフィのお嫁さんがいいな」 私は貴方が好きです。大好きです。誰にも必要とされなかった私を、罪の無い子を殺した私を、その事を隠し続けた私を。 それでも強く愛してくれた、あなたの隣で生きていきたいです。例えそこが、果ての無い暗闇でも。 ───────────── 彼女の白い腕がだらりと垂れ下がり、後には何も残らなかった。未だ冷めぬ哀れな下界の人間たちは、おれと彼女に罵声を浴びせ続けている。 「あ、あ、ああ……!!」 許さない。 彼女を追い込んだ貴族を、彼女を見捨てた街の人々を、彼女の命を嗤った民たちを。今度はおれが、絶望の底に叩き落としてやる。 サフィの心の奥底で、何かが爆ぜた。天国街の規律や誓いなど、もうどうでも良かった。 「人の命を弄び、無惨に散らせることをサーカスと言ったな? ならば、おまえ達もその一員にしてやる」 サフィは、ただ復讐を成すだけの機械と成り果てた。 「おい、女の顔を見せろ! 庇うんじゃ……って何だ!? 俺の腕が、い、石みたいに……!」 「私の足も!」 「ひっ、た、助けてくれぇ!」 コロッセウムにいた人間の身体が、次々に石化してゆく。手足が固まり動けなくなった彼らは、必死の形相で声の限り叫び続けた。しかし── 「死にたくない死にたくない死にたっ……」 喉元まで硬化してしまえば、その命乞いすら届かない。絶望の涙で滲む視界の中、彼等が最期に見たものは、真っ黒な羽根を羽ばたかせ、恐ろしい笑みを浮かべる脅威の姿だった。 コロッセウムに静けさが舞い降りた、次の瞬間。人であった筈の石像は音もなく崩れ去り、灰となって風に攫われた。後にはただ、天使の泣き声が響くのみ。 ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 〖LYRIC〗 歌を歌うのは哀しいから 目を閉じるのは泣きたいから 風を読むのはあなたに 少しでも早く会いたいから 明かりになったあなたへ 宇宙に届くまで待っていて 明かりになったあなたの 心臓は凍らずいるかしら ・・ ・ー・・ ーーー ・・・ー ・ ー・ーー ーーー ・・ー ・・ ・ー・・ ーーー ・・・ー ・ ー・ーー ーーー ・・ー ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 〖CAST〗 🎲閻魔様(cv:はいねこ) https://nana-music.com/users/7300293 〖MOVIE〗 日向ひなの https://nana-music.com/users/2284271 ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 〖BACK STAGE〗 ‣‣第20幕『幸福のサーカス』前編 https://nana-music.com/sounds/0692e176 〖NEXT STAGE〗 ‣‣第22幕『別離』 https://nana-music.com/sounds/0694e8ca #CIRCUS_IS #シリウスの心臓 #ヰ世界情緒 #すみしろ伴奏
