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ゆずひこ
🎪サイコロ転がすの 🎭 ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 第20幕『幸福のサーカス』前編 エマと暮らし始めて、あっという間に三年が過ぎた。やってきた当初は骨と皮ばかりの痩せ細った少女だったが、今では何処に嫁に出しても恥ずかしくないほど、容姿も内面も洗練された美しい娘になっていた。あともう二年も経てば何処かの地主に嫁がせてやらなければならない。そうサフィが漏らすと、彼女は怒ったように頬を膨らませて彼の腕を引いた。 「私、お嫁になんか行かないよ。ずっとここにいたいの」 「そうは言っても、一生独り身と言うわけにはいかないだろう?」 「だって……サフィは一人じゃ料理もまともに出来ないじゃない!」 図星をつかれ、サフィはうっと言葉を詰まらせる。自分一人なら天使の力でどうにでもなるが、彼女に正体を明かす訳にはいかない。神に与えられた力無しでは、サフィに生活能力は皆無だった。軽く頬を染めながら、サフィは小さく咳払いをして誤魔化す。 「あー、いざと言う時は人を雇うから大丈夫。おまえが来る前はそうやって生活していたんだ。おれの心配はしなくてもいいよ」 「うー、でも……」 それでも尚エマは引き下がらない。不安そうな顔でサフィの服の袖を握り続けている。その姿が愛らしくて、サフィは思わず顔を綻ばせた。 「分かったよ。おまえが居たいだけ居ればいい」 軽くエマの頭を撫でると、彼女はようやく安堵したように息を吐く。袖からゆっくりと離れていく彼女の手を、今度は掌で受け止めた。 「ほら、庭へ出よう。今日は何をして過ごす?」 「サフィの歌が聞きたいなぁ。この前歌ってくれた、弾むような楽しい歌!」 「お易い御用だよ」 歌や踊りはサフィの特技だった。天国街にいた頃、仕事に勤しむ兄弟たちの横で気を紛らわせるのにはちょうど良かったのだ。だが、ただの暇潰しでしか無かったそれを、エマは大いに喜んでくれた。その事がこの上なく嬉しくて、サフィはいつの間にか歌うことそのものが好きになっていた。 草花に囲まれた小さな庭で、ささやかなコンサートを続けているうちに、いつしか彼女も歌に加わるようになった。二人の声は風に乗って、青く光る地平線まで響いていた。 そんな仄かな幸せを繋いでいたある日のこと。街へお使いへ行ったエマは、新たな政策とやらを小耳に挟んできた。つい半年ほど前に跡を継いだばかりの新皇帝が打ち出したというその政策は、市民たちにとって夢のようなものだったそうだ。 「パンとサーカス。つまり、食料と娯楽を、全ての市民に満遍なく分け与えますよ~ってことなんだって! 皇帝様って凄い人だね」 「ふうん、それはまた思い切ったことを。だが、実現すれば随分と暮らしやすくなるだろうな」 支配層の人間にしては、随分と聖人めいたことをする。そこに何らかの思惑があるのは明白だったが、帝国が表向きにでも市民に寄り添った政策を掲げたのはこれが初めてだった。サフィは考え込むのをやめ、エマに向かってニッと笑いかけた。 「それじゃあおれ達も行ってみるか」 「え?何処へ?」 「決まってるだろう。サーカスだよ。今度の休みに、帝国中で一番大きな街へ行こう」 サフィの言葉に、エマは丸い双眸を宝石のように煌めかせたのだった。 ざわめく人々の声は、そのどれもが陽気な響きを持っていた。宮廷のお膝元と呼ばれる街は、普段二人が出向く街の何倍も大きく、豪奢な建物で構成されていた。 「うわぁ、凄い! ひろーい!」 「こらこら、あまりはしゃぐと迷子になるよ」 「大丈夫よ。もう子どもじゃないから」 そうは言いつつも、エマは立ち並ぶ露店に目移りしている様子で、傍から見ても危なっかしいことこの上無かった。サフィは軽く呆れたように笑い声を漏らすと、彼女がじっと見つめている商品を後ろから覗き込んだ。 それは、赤く派手な花をあしらった髪飾りで、この辺りの富豪の娘たちが好んでつけている物のようだ。エマにはもっと可憐な装飾が似合うと思ったが、吸い込まれるように飾りを見つめている彼女の姿は、サフィの財布の紐を緩ませるには十分だった。 「旦那。それをひとつ、この子に」 「……! いいのっ?」 「あぁ。それで綺麗にするといいよ」 「ありがとう、ありがとうサフィ! 大事にするね!」 赤い飾りを胸元で握りしめ、エマは幸せそうに破顔する。サフィもつられて頬を緩ませた。店主の男は、そんな二人を微笑ましそうに見つめた後、威勢の良い声をかける。 「はいよ毎度あり。嬢ちゃん良かったな。良い兄さんがいて」 「えっ、兄さん……?」 「兄妹でサーカスでも見に来たんだろう? 楽しんでいってくれよ」 店主はもう一度にっこりと笑って手を振ると、ふいと視線を逸らして後ろに並んでいた客に声をかけ始めた。だがエマは、しばらく店主の方を見つめたまま動こうとしない。怪訝に思ったサフィが覗き込むと、不満げに頬を膨らませた彼女と目が合った。 「兄妹に見られてたってこと? 私が妹?」 「あぁ。そうじゃないかな。だっておれ達ほら、見た目はちょうど三つくらい離れているし」 「でも……」 エマは暫く納得がいかない様子で俯いていたが、サフィが何も言及してこないのを見ると、耐えかねたように足を速めた。 「ちょっと、エマ、速いって。迷子にな……うわ!」 足早に歩いていくエマを追いかけようとした矢先、数人の男女が楽しげな様子で二人の間に割り込んできた。エマの姿はあっという間に人混みの中に消えてゆき、サフィの耳には、名も知らぬ人々のざわめきだけが虚しく響いた。 「嘘だろ……エマ、エマ!」 サフィは暫く青ざめた顔でエマの名を呼んだ。街中を走り回った彼は、そこではたと気がついた。サーカスの会場へ行けば、きっとエマに会える。見物料は渡してあるし、元々二人の目的の場所はそこだったのだ。会場となるコロッセウムは待ち合わせにはぴったりの大きな施設だ。きっと今頃、エマもそちらに向かっているだろう。 「全く、おれはこういう時本当に機転が利かないな」 自身の単純さに半ば呆れながらも、落ち着いてきたサフィはゆっくりとした足取りでコロッセウムへと向かう。会場の前で見物料を渡し、赤い髪飾りを脳内に思い浮かべながら、エマの姿を探す。きっと彼女のことだから、よく見える手前の席を選ぶだろう。そう思い階段を降りた、その時だった。 客席の丁度真正面。開けたステージのど真ん中に、よく知った顔が震えながら立ち尽くしていた。 「エマ?」 それは紛れもなくエマだった。だが、何処かおかしい。買ってやった髪飾りはどこにも見当たらないし、服も髪もボロボロで、まるで初めて彼女に合った時のような悲惨な姿だった。 「何故……!」 『ご来場の皆様!』 困惑と恐怖で上擦ったサフィの声を、野太い男の豪語が塗り替える。 『これよりお目にかけますは、罪人と猛獣との決闘です! ここにおります大罪人、果たして無事逃げ切ることが出来るのでしょうか!?』 嫌らしい笑みを浮かべた男の叫びに、会場一体が興奮したように沸き上がる。その中で、彼女とサフィの周りだけが薄氷のように冷たく、張り詰めていた。 「罪人、そんなはずが……」 喉が渇く。この先は一滴の声も出せなかった。こんなことが許されて堪るものか。こんなものが娯楽なわけ無いだろう。助けなければ。彼女を、助けなければ。だっておれは、まだ彼女に何も── 脳天から陽の光に照らされたステージは、目が焼けそうなほど眩しかった。駆け出そうと踏み出した足は人の波にもつれ、サフィの身体はスローモーションのように倒れていく。やめてくれ。その子を離して。開いた口から出た言葉は、決闘の開始を表す指笛に掻き消された。 ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 〖LYRIC〗 1回目の人生は退屈で 2回目の人生はやりたい放題 3回目の人生は毒男 4回目の人生は盲目のピアニスト 5回目の人生はフェミニスト 6回目の人生は汚職にまみれ 7回目の人生は喪女 8回目の人生は大富豪です 気まぐれな神様のゲーム 人の一生なんて 敷かれたレールをぐりぐり進んでく 人生ゲームは僕らを縛る 見えない糸で操られる 神様はそれを眺めながら サイコロ転がすの ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 〖CAST〗 🎲閻魔様(cv:はいねこ) https://nana-music.com/users/7300293 〖ILLUSTRATOR〗 Arisa https://nana-music.com/users/2155787 ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 〖BACK STAGE〗 ‣‣第19幕『役割』後編 nana-music.com/sounds/0691d4ff 〖NEXT STAGE〗 ‣‣第21幕『幸福のサーカス』後編 https://nana-music.com/sounds/0693dee9 #CIRCUS_IS #人生ゲーム #ゆずひこ
