コンシェルジュ ハビエル
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コンシェルジュ ハビエル
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「ねぇ、この近くの次元で…そうねぇ、風景の綺麗な世界はどこかしら?」
「悪い!裁縫道具はどの部屋にしまってあったっけ?」
「素敵なホテルですね。お庭を見たいのですが、良い部屋は何処ですか?」
コンシェルジュは今日も大忙し。客どころかスタッフも彼の力に頼る始末だ。素晴らしい記憶力、そして貪欲なまでの好奇心。遊びにはもってこいの世界や、食べ物の美味しい世界。心地の良い空間や心惹かれる場所…彼に知らない事はない。それは無論、このホテルの中でもだ。何処に何があり、どんな部屋が如何な装飾をされていて…彼にかかればどんな希望も思いのままに案内出来る。ただしかし…
「ありがとうございます!そこまで行けるか心配なので案内してくれますか?」
「…いや、僕は…」
「あぁ、ご案内ですね?私めがお承ります。御荷物お持ちしましょう」
すかさずオーナーが客のお世話にかかる。ハビエル…受付に佇む妖精の胸に輝くバッチに書かれた名前…そのバッチごと胸に手を当てると、ほっと安堵の息を吐く。
淡々と業務をこなしていると、オーナーが帰ってきた。
「案内ありがとうございます。助かりました」
「いえいえ…事情は知ってますからね。それにこちらも助かっているのですよ。私とて、このホテルは己のように理解してるつもりだし、周りの世界線もだいぶ旅をした…のですが」
悲しそうに微笑んでハビエルを見詰める。
「君程の記憶力もなく、そして…旅もしていなかった…いや、旅と言うよりは…」
すいません!向こうから客の呼ぶ声。オーナーは優しい笑顔で客の元へと行ってしまった。少し寂しげに目を落とすハビエル。その横でまた彼に尋ねる声がする。
「ハビエル…オーナーから部屋の飾り付け頼まれたんだけど…今使ってるベルベットのクロスってどこにしまうんだっけ?…新しい飾りも見当たらない」
ロゼが面倒くさそうな気だるい顔でたっている。
「クロスは左の階段下の物置だよ?飾りは…うーん、簡単な場所に隠したのに、まだ見つからないのかい?ロゼ」
なっ!…とロゼから声が漏れた。通りでオーナーが言う場所を探してもないわけだ。またつまらないイタズラを…しかし素直に聞くのも癪だと、ロゼは踵を返した。
今日も無事に一日が終わる。この時間になると殆ど問い合わせもない。ハビエルは受付を掃除し出す。
「おや、お疲れ様です。ハビエルさん」
オーナーの声に顔を上げる。気づけばこの広いロビーに二人きりだ。
「今日は特に忙しかったですね。そうだ!ゆっくり休めるよう、お茶をいれましょうか!」
大好きなオーナーの声掛けに心踊ったが、その一言で少し顔が曇る。…オーナーのお茶の味はこのホテルのある意味で名物になっている。皆は上手く彼のお茶から逃げているが、どうもハビエルは強く断れず、大概餌食となるのだ。
「お、オーナー!隠れんぼしませんか?」
オーナーと話せるのが嬉しいのか、お茶から逃れる苦し紛れの策なのか、突然ヒョンな事を言い出すハビエル。
「昼に言ってたじゃないですか。このホテルは己のように理解してるって。僕も負けていませんよ。僕はコンシェルジュですからね。…僕がイチオシの場所でお待ちしてます。見つけられたら、そこでお茶を飲みましょう」
「素敵な提案!是非…。負けられませんね」
クスクス笑うと、オーナーはホテルの玄関前に立ち、両目を手で塞いだ。
ハビエルはこのホテルが大好きだ。どんな些細な変化も気づけるし、見落としそうな場所も熟知している。やっと見つけた自分の居場所。この温かな場所にたどり着くために、自分は気が滅入る程の時間を何処までさ迷っただろうか?自分がたどり着いた温かな場所は、必ずいつしか冷たく閉ざしてしまう。けれどここだけは…
「…僕の家なんだ…」
静かに座るとブレスレットのようにグルグルと巻き付けた赤いアンクレットを手袋から引きずり出し、軽くキスをする。…オーナーは僕を見つけてくれるだろうか。
バタン、バタン…あちらこちらで扉を開けたり、階段を昇り降りする音が聞こえる。ホテルには沢山の客とスタッフ。けれど今だけは二人だけの時間だ…ハビエルは幸せそうに微笑む。…しかし、なかなか見つけてくれないな…体も冷えてきた…
…
「…やっと見つけましたよ!」
いつの間にか寝てしまっていたのだろう。気づくと自分の肩にはブランケットがかかっている。
「温かな場所がお好きだから、室内ばかりを探しましたよ…。寒かったでしょうに」
オーナーは微笑んで目の前の池を見ている。水面の月がオーナーとハビエルを照らす。中庭の奥まった空間。何の変哲もない場所だが、満月の夜は最高の月見ポイントに変わる。ハビエルはブランケットをぎゅっと掴んだ。
「見つけてくれたんですね」
「…でも、時間がかかりすぎました。お茶がすっかり冷えてしまって…私の負けですね。部屋に戻りましょう」
オーナーは立ち上がると数歩前に進む。すると…
「!!!」
オーナー目掛けて大きな岩のオブジェが倒れてきた。…あぁ、まただ。自分が行き着く先には死が待っている。何故だか分からないけれど、温もりをくれた優しい人たちは自分と共にいると不可解な死を遂げる。幸せな居場所には自分以外…誰も居なくなる。また、こうやって…
「…ふう、肉体のある種族のお客様だったらどうなってたか…庭の点検を明日しなければなりませんね」
傷一つないオーナーが佇んでいる。…彼は既に肉体は無い。何故かこの次元に残ってしまった亡霊なのだ。オーナーはやれやれとオブジェが倒れた原因を探そうと体を翻した。その瞬間
「…!?」
「…あぁ、あぁ…シェイド…さん!シェイドさん!!」
いつもは大人びた笑顔をたたえているハビエルが子供のように泣きじゃくり、オーナーの胸に抱きついていた。
✎___
ようこそ、ハビエル
De:froNのスタッフとして歓迎致します…
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