ある生存者の証言
Eve
ある生存者の証言
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…沈黙。
外は雪がチラついていた。客のいない出張所に私とニフの二人。時計の音だけが二人を包んだ。
「…そんな過去が…。一応、理事会のデータバンクにその事件は記載があります。理事会の兵が派遣された事も…ジーグさんがその生存者とは存じませんでした」
ニフはさっき私が話した記憶に動揺したのか、ゆっくりと言葉を選んで話し出す。
「しかし、良いのですか?データを探してくる事は出来ますが…記憶が正しければ、瘴気を浴びた被検体は逃走したとあります。私が下手に動くと、ジーグさんの事が理事会にバレかねませんよ」
「それはお前もだろ?ニフ。この話を聞いて、報告しなければお前は処罰を受けるんじゃないか?」
ニフはすっと目を逸らす。答えを探しているのだろう。だが、私はもう…
「報告してくれ、逃げた事の謝罪もする。必要ならばまた被検体にもなろう。だから…あの日、私と魔王はどうなったかを教えて欲しい」
もう逃げ続けるのはやめる。現実から切り離されて白いテントの中で過ごすゴールも見えない日々からも、瘴気が暴れ人気のない森で何日も過ごした事も、人目を避けて街をさ迷った事も、やっとシミだけになった瘴気を抱えて、一人この地で暮らした事も。…この地で夢だった店を構え、愛を知り、約束を果たした。アイツを追う事をやめた今…
「私は、私の事を知りたいんだ」
「…分かりました。必ずご希望に添いましょう。…理事会からの接触もあるでしょうが、可能な限り…守ります!」
いつもドジばかりの情けない笑顔が浮かぶニフの目が、何よりも強い光を放っていた。
ニフの呼び出しを待つ日々だったが、それは向こうからやって来た。
「邪魔をするよ。…君が『邪眼の王』の生存者か」
セイレーンの老紳士がニフと兵隊を一人連れて門をくぐった。真っ白な髪は綺麗に纏められ、オールバックになっていた。同じく真っ白な髭が丁寧に揃えられて伸びている。声は低く荘厳な響き。胸には理事会の証である
三葉の世界樹の紋章が刺繍されている。
「…ふむ…確かに瘴気は薄れて、生活に支障はなさそうだな。民間人の君が尽力してくれたお陰で、生存者を多く救う事ができた事、まず感謝させて欲しい。…しかし」
深いシワの刻まれた顔が研ぎ澄まされた刃物のような鋭さを放った。
「魔王の瘴気を浴びた体で逃げ出す事がどれだけの脅威か…良く考えて欲しいものだな。君は呪われ、そしてその呪いはまだ我々ですらどう作用するか分からないのだ」
威圧感に折れてしまいそうだ。目の前で座っているだけで嫌な汗をかく。…だがあの理不尽は忘れてはいない。
「理事会の奴らが私を呼ぶ時は常に『被検体』と呼んでいた。…それが理事会の本音だろうな。お宅の言う事は最もだが、故郷を壊されてもお宅らの仕事を手伝った相手に、あまりにもな対応じゃないか?」
白の眉毛がくっと上に上がる。場の空気に耐えられずニフが口を挟んだ。
「ジーグさんが理事会の兵隊さんを覚えててくれたおかげで直ぐに探せました!ご挨拶したいと…ささ!」
老紳士の後ろで立っている兵に目を配った。兵はヘルムを外すと優しい笑顔をうかべた。
「…あぁ!」
「お久しぶりです。君がバロールを誘導してくれなかったら、私を含めた何人もの命が消えていただろう。あの日の恩は忘れた事はない。…私は衛生兵ではなかったから、匿われたと聞いて安心してしまった。…怖い思いをさせてしまってすまない…」
亜麻色の髪がヘルムから流れ落ちた。あの時は気づかなかったが、兵は人間の女性だった。しかし、あの顔は忘れもしない。確かに母を逃がした後に話した兵だ。
「…では、三部総長。ここからは私がお話致します」
「うむ。ではこの事案はニフ、お前を責任者に任命する。が、下手な動きをするのなら直ぐに連絡をするように」
老紳士はニフと兵を交互に見て指示をする。
「では、私はこの後予定があるので失礼させてもらう。出来れば互いに協力し合える仲になれるよう、私は祈っているよ。君が協力してくれるなら、理事会は全力で答えよう…よく考えてくれたまえ」
先程の鋭さは消えていたが、やはり背筋が伸びるような声の重さ。三部総長はニフを従え工房を去った。残ったのは兵と自分だけ。
「私も邪眼の王の生存者だ。そして誰より君を近くで見た者だ…君の知りたい事を話す…ニフの願いを叶えに来た」
兵は椅子に座るとジーグを真っ直ぐに見据えた。
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to be continued
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