ある生存者の記憶
Eve
ある生存者の記憶
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朝起きて、いつも通りストレッチと白湯を飲む。そして使い古しの革カバンをかっさらって走り出す…
「母さん、行ってくる」
「最近帰りが遅いじゃない?女の子なんだから日が暮れる前に帰りなさいよ」
へん!と鼻で笑いつつ扉を抜け出した。ザンバラの赤い髪、皮の上着にズボン…傍から見れば私は男っぽかったかもしれない。実際、私の頭は昔は魔法を使いこなせることしかなかったし、そして今は…
「おい!言われたパーツ、作り直したぞ!感謝しろ」
「…そろそろ来ると思ってたよ」
スナック菓子をニコニコしながら頬張っているいつもの顔。私を見るやいなや設計図とパーツの片割れを取り出す。このパーツは一体どんな魔具になるんだ!?…そんな事ばかりしかなかった。同性の友人とオシャレを楽しむよりも、新たな技術、素材、設計図…そっちの方が楽しくてならなかった。こんな私にここまで付き合ってくれたアイツ、呆れながらも見守ってくれた両親、虐められることもあったけど楽しかった児童院、穏やかに晴れる日が多い草原エリアの片田舎の優しい空気…。
こんな私でも幸せだと思っていたよ。変わらぬ朝のルーティン、アイツの顔、勉強の合間に制作する時間…。いつから崩れたのだろう。
「母さん、行ってくる」
「お友達に言っておいて。私も感謝してるのよ。可愛い娘の未来を導いてくれた事。しっかり見送りなさいね」
へん…と鼻を鳴らすが…母は優しく見送った。今日、アイツはブレイザブリクへと旅立つ。私はアイツの助力もあり、腕の良い武器作家に弟子入りさせてもらっている。あと一年もすれば、この田舎に店を構えようと思う。店の土地も、アイツは一緒に過ごした工房を使えるようにしてくれた。アイツは今日、ここから居なくなる。
「来ないと思ったよ。…来るならそろそろとも思った」
アイツはいつもの笑顔で笑っていた。
「栄転…おめでと。夢が叶ったんだろ」
ああ…アイツはそれだけしか答えなかった。本当はもっと祝福したかった。話したかった。そして…
「私とずっと…ものづくりをするんじゃなかったのかよ」
恨み言を言いたかった。
「母さん、行ってくる」
「…え?ちょっと…あの子はもう」
アイツが出ていった日も変わらずいつもの場所へ駆け出す。何日も、何日も…居ないと分かっているのに、このルーティンすら無くなってしまったらと思うと、今までが全て消える様な気がして。
「…よお。また来た…」
答えのない部屋。埃がキラキラ舞う…。
そんな毎日が数ヶ月たった頃。私の独り立ちも間近になり、師匠から大事な工程をお前に任せたいから早く来るよう言われた。ずっと続いたルーティン…私はいつまでしがみついてるんだ。アイツは夢を掴んで幸せにやってるんだ。私も新たな道へ…初めて長いルーティンを止めた。とても穏やかな朝だった。世界が日光に照らされて、キラキラしていた…酷く皮肉な程に。
工房へ近づく程に違和感を感じた…人が多い、しかも重装備の兵隊ばかり。よく見ると各地の首都の兵や理事会所属の兵だ。こんな片田舎に何故…?その答えは直ぐに分かった。緊急事態を知らせる鐘の音、同時に田舎の門の外の大地が黒く染る。
「情報班の予測と少しズレてしまった!伝達班!直ぐに応援を呼べ!」
あちらこちらで指示が飛ぶと数名の兵が浮遊魔法や使い魔を飛ばして散ってゆく。黒ずみはやがて不気味に蠢き湧き上がる。それは腕となり、穴から這い上がるように盛り上がってゆっくりと形を成してゆく…
「バロールだ!皆目を伏せて直ぐに退避!退避ー!」
大きな目玉を頭にした歪な体の巨人…魔王だ!大災害に匹敵する厄介、それに立ち向かうにはあまりに人が少ない。魔王の近くにいた私は直ぐに工房に避難した。外では光魔法で応戦する兵と、邪眼に殺られ石化した死体が見えた。…光!私は咄嗟にアイツの置いていった閃光砲を手に取り工房を抜け出した。後ろで建物が破壊される音がする。走って、走って…チラリと後ろを振り返る。工房があった場所は踏み荒らされ、跡形もなかった…。
「母さん!まだ家に居たのか!直ぐ逃げて!」
「でも…あぁ、これも持っていかないと…」
思い出の詰まった家でオタオタとする母を何とか避難する人の群れに追いやると、避難誘導する兵に声をかけた。
「この町に派遣された兵は衛生兵以外ほぼ壊滅だ。この町は助からない!私は生存者を全員避難させてから撤退する。君も早く…!」
理事会所属の兵だった。あれだけ屈強な兵団がこの短時間で壊滅…!この田舎には古くからの友人や恩人が居る。私は黙っていられなかった。
「…君も手伝うって…?…本来なら断じて受け入れられないが、人員が居ない今、願ってもない申し入れだ」
私と数名の兵は何とか生存している者を可能な限り見つけては避難をさせた。兵達は既に合流した応援に生存者を引渡し、私は最後のエリアを見終え、皆に合流するところだった。…目の前の地面が唐突に黒ずみ、大きな腕が私の行く手を阻んだ。私は咄嗟に目を伏せて物陰に逃げ込んだが、魔王は私など目もくれずある方向を見据えていた。その先は避難キャンプだ!まずい!と思った時には体が動いていた。
「目玉野郎!こっちだ!!」
そう叫ぶと閃光を魔王に当て、全力で逃げた。魔王は私に気づくとズブズブと大地に潜る。走る後ろを追うように黒い闇が追いかけ、時折腕が私を叩き潰そうと暴れる。…私はきっと死ぬだろうが、キャンプからだいぶ離れた。もう、私はこれでいいのかもしれない…そう思った瞬間足元が黒く染った。死の戦慄…しかし、腕は生えてこず、黒い瘴気が私を包んだ。
『…ナンデ私ハあいつニ固執スルノダロウ』
『私ガモット綺麗デ可愛ケレバ近クニ居レタ?』
『私ガ同ジ男ダッタラ、職人トシテ一緒ニ居レタ?』
『愛シイ?恋シイ?友情?嫉妬?妬ミ?』
『私ハ…』
「私は…『何』?」
やめ…声が漏れる。その後、気を失ってしまった。気づくとキャンプで寝かされていたが…
「今は隔離させて貰っています。暫く衛生兵以外との接触は禁止致します…」
白衣の女性が無表情で鏡を差し出した。私は全裸で寝かされており、体には様々な呪符や治療の跡…
「か、体が…」
性別を失っていた。男とも女とも分からない体に、黒々と瘴気の跡がタトゥーのように染み付いていた。
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to be continued…
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