深海のリトルクライ
sasakure.UK feat.土岐麻子
深海のリトルクライ
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空にはぼんやりと光を放つ月が浮かんでいる。
「いやぁ、すっかり遅くなってしまいましたね」
館の出入り口に立った案内人と歌撫は、木々に囲まれた星空を二人で見上げた。
結局あの後、REMのメンバーに囲まれた歌撫は色々な事を根掘り葉掘り聞かれ、自分のことを洗いざらい喋っているうちに、歌を歌うことは叶わずに時間切れになってしまったらしい。
しかし、案内人の目に映る歌撫は残念そうどころか、どこかスッキリしたような横顔をしていた。
その表情を見た案内人は少し息を吐いて、手に持っていたLEDの懐中電灯を点して足を踏み出す。
その時だった。
「あれ?案内人さん、こんな時間にお出かけですか?」
小さな鈴を鳴らしたような繊細な声に振り返れば、線の細い女性が3人、同じように懐中電灯を持って玄関前の廊下に佇んでいた。
「ああ、Non-REMの皆さん、録音お疲れ様です。
皆さんは?今からどちらへ?」
「ねこちゃんが月光浴に行きたいって言うから、私たちも少し外の風にあたろうと思って」
そう言った絹のような長い髪を携えた女性は、カチューシャのような髪飾りから薄いベールのようなもので顔を覆っていて、表情が見えない。
ただその穏やかな声からは、微笑んでいるような表情が読み取れた。
「そうだったんですね。まゐさん、陽はすっかり沈んでいますからフェイスベールはとっても大丈夫ですよ」
「ああ、そうですね」
まゐと呼ばれた女性がゆっくりと装飾を外すと、その奥からは薄い琥珀色の美しい瞳が現れる。
歌撫がその幻想的な光景に目を奪われていると、その視線に気づいたまゐがにっこり微笑みかけて彼女に声をかけた。
「こんばんは、あなたがREMちゃんたちが言っていた可愛いお客様ね」
「学生さん?珍しい制服……」
「私知ってる。その制服、音楽科のある高校だよね」
まゐの後ろから話しかけてきた二人も、彼女と同じように特徴的な容姿をしていた。
髪も肌も真っ白で、ボーンチャイナでできた人形と見間違うような美しい容姿だ。
ただただぼんやりと3人を見つめる歌撫に、案内人は意地悪な笑顔を見せて彼女の耳元に囁く。
「歌撫さん、彼女たちがあなたの探している伝説の妖精ですよ」
「ひぇっ!!???!?ほほほほほ本当に!?!?」
歌撫が驚いて目を白黒させると、妖精と呼ばれた女性たちは顔を見合わせた後、それぞれくすくすと空気をくすぐる様に小さく笑った。
「案内人さん、無垢な少女を揶揄うなんて趣味が悪いですよ」
ねこがそう言って立てた人差し指を振ると、案内人は唇の隙間から舌先をチラリと見せて笑う。
「えっじょ、冗談ですか?」
「えへ、ごめんなさい」
「そっそうなんですか……なんか、とっても綺麗な方ばかりだから信じちゃいそうになりました」
歌撫の言葉に3人はまた顔を見合わせる。
「……そんな風に言ってくれるなんて、嬉しいな」
「そうね。私たちは好奇の目で見られることが多いから……」
明らかに他の人より色素が薄い3人は、少し寂しげに微笑んで歌撫を見つめる。
「Non-REMの皆さんは少し特別な体を持っていらっしゃるんですよね。
お日様と相性が悪くて……だからこうして日陰の多い森で暮らしていらっしゃる上に、活動は夜から多いんですよ」
「そうなの。だからね、今からお散歩」
白昼夢はそう言って懐中電灯を掲げると、玄関から足を一歩踏み出した。
「お客様は今から帰られるのかしら?よかったら私たちもお供しますよ」
歌撫を引き連れた一行のLEDライトは確かに明るく森の小道を照らす。
しかし、その光の届く範囲は限られていて、そこから一歩先は鬱蒼とした森の暗闇が広がっていた。
歌撫はその光景に少し身震いしながら、自分を守るように周りを歩いている女性たちを見回す。
「み、皆さんは怖くないんですか?夜の森……」
「うーん……怖くないって言えば嘘になるかな」
まゐの返答に他の2人もうなづくと、言葉を繋げる。
「闇に引き摺り込まれそうと思う時もある」
「でもね、そんな時は歌うの」
ねこはそう言うと、すっと息を吸い込んで夜空に音を放つ。
刹那、その優しい音色を森が聴き入るかのように、葉音を立てていた風が止んだ。
一つ二つと奏でられる音に、白昼夢とまゐも続いて声を重ねる。
いつの間にか足音はその歌声に合わせてリズムを刻み、その場全体をコンサートホールへと変えていった。
朧げな月明かりは彼女たちを照らす照明になり、星たちの瞬きはミラーボールのように夜空をキラキラと飾る。
楽器も、楽譜も、マイクもないこの空間に、それでも確かに舞台が存在していた。
軽やかな足取りで歌う彼女たちの幻想的な姿を見て、歌撫は息を呑みながらこう思った。
(ああ、きっと、案内人さんは嘘をついていない)
歌撫がゆっくりと後ろを振り返れば、自分たちを後ろから見守るように歩いてくる案内人と目が合う。
彼女は歌撫の視線に気づくと、ゆっくりと目を細めて笑った。
(どうして気づかなかったんだろう。案内人さんも……他の皆さんも……きっと)
幻想的な歌声に酔わされた歌撫の耳に、案内人の声が響く。
「さあ、歌撫さんも一緒に歌いましょう?」
「ねえ、知ってる?この森って、歌の妖精が住んでるらしいよ」
「妖精?なにその都市伝説みたいなの」
「その伝説があるんだって!
なんかね、その妖精って見た目は人間そっくりなのに、肌が雪のように白いらしいよ」
「えーそれ幽霊じゃないの?」
「幽霊じゃないの!妖精!」
「いや、高校生にもなってまだそんなの信じてるの?やばくない?
小学生じゃないんだから……ねえ、歌撫、やばいと思わない?」
「……そう?私は信じてるよ。この森にはとってもにぎやかで優しい、歌う妖精たちが住んでるって」
╌ Fine ╌
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