Prev➫https://nana-music.com/sounds/060b60d9
思ったよりも広い屋敷は、渡り廊下で別棟に続いていた。
コンサート会場なんかにありそうな重厚な扉を開くと、その先にはさっきまでとはまた違う独特の雰囲気があった。
厚い絨毯が敷かれた少し広めの廊下を歩くと、左右にこれも重そうな扉がついた部屋が左右合わせて4つほど見える。
その扉には覗き窓などは付いておらず、その代わりに何かを引っ掛けるようなフックが付いていた。
そして部屋の扉の上には【Recording】と書かれた電光板があり、4つのうちの一つが点っていた。
「Non-REMさんは録音中……あ、REMさんは今大丈夫そうかな?」
案内人が向かった扉には、ぬいぐるみやフェイクの宝石、リボンやレースで飾られた一般的なノートくらいの大きさの、可愛らしいネームプレートがかけられている。
そのネームプレートの中心を見れば、可愛らしいフォントで【REM】と書かれていた。
「れーむさーん……」
案内人が重い扉をゆっくりと押し開けると、その隙間から中の様子が少し見える。
絨毯の上にさらに大きなハート型のピンク色のラグが敷かれていて、その上に車座になって女の子が4人座っているのが歌撫の視界に入った。
その刹那。
「きゃーかっわいーーーー!!」
「サイコー!私たち天才!」
その輪から甲高い声が上がる。
その声量に案内人も一瞬肩を揺らしてすくめた。
「あはは。相変わらずREMさんは元気ですねぇ」
案内人が苦笑いしながら歌撫を部屋の中に招き入れると、車座の中の1人がこちらに気付いて振り返る。
「およ?案内人ちゃん?」
それに続いて他のメンバーも入り口の人影に気付き、身につけていたヘッドホンを外して一斉に振り返った。
「案内人さん、どうしたの〜?」
「案内人、その子誰ー?」
「急にすみません。見学者さんです」
「え!え!見学者!?もしかして新加入!?久しぶりのBAKU所属者!?」
案内人の言葉に、オレンジ色の髪の少女が大きな瞳を輝かせながら歌撫の元に駆け寄ってその手をとる。
「えっあの……」
「わぁ!声カワイイ!案内人!この子BAKUでの研修が終わったらREMに入れて!」
「かえでさん、残念ながらREMさんは満員です」
「うぇ……そうだった」
しょんぼりと頭を垂れるかえでに、うさ耳の少女が近づくと「よしよし」と頭を撫でて彼女を慰める。
「それにまだ、本当に見学してもらうために来てもらっただけですから」
案内人が意味ありげな視線を歌撫に向けると、彼女は戸惑いながら視線を泳がせる。
「お邪魔にならなければこちらで見学させてもらっていいですか?」
「私はいいよー」
「私も大丈夫です」
少女は皆、顔を見合わせながらうんうんと頷いた。
「じゃあ、失礼して」
案内人は部屋の隅にあった折り畳みのパイプ椅子を二つ広げると、歌撫を片方に座らせて自分も腰掛けた。
「じゃあ、ハモリの続き入れよっかー誰いく?」
「はいはい!大河雅(たいがみやび)行きます!」
「おっけー!」
少女たちは各々ヘッドホンをかけると、録音機材の前やマイクの前などそれぞれのポジションにつく。
その表情は皆楽しそうで、それを見た歌撫の胸に複雑な感情が芽生えた。
少女たちは全身でリズムを刻みながら、ヘッドホンに流れる音の世界に繰り出す。
その伴奏は案内人や歌撫の耳には届かなかったが、彼女たちの様子を見ればその曲がいかに楽しいものか容易に想像できた。
「どう?どう?」
歌い終えた雅が満面の笑みで問いかけると、ヘッドホンに手を当てたうさ耳の少女がコテンと首を捻る。
「んービミョーーーに入りが早い所があるかも」
「わっ兎月ちゃんチェック入った!兎月ちゃん耳良いもんなぁ……ねむちゃんはどう思う?」
「ん〜私もサビ前の入りが気になった」
「ふぇーそっかぁ……音程は上手くいったと思ったのになぁ」
雅が頭を抱えて天井を見上げれば、隣のねむが背中を優しくぽんぽんと叩いた。
「どんまい、音程バッチリ。可愛さもフルマックス。もうイケる!」
「そうそう!逆にちょっと入り早かっただけだからイケる!」
かえでも両手でサムズアップを作って雅に見せると、雅は大きく頷いて「リテイク入ります!」と宣言してマイクに向き直った。
そして再び歌声を音に乗せると、歌い終えたと同時にくるりと振り返ってメンバーの表情を確認する。
しばしの沈黙の後、REMのメンバーは口角をニッと上げると、両手を天井の方へ投げ出して叫んだ。
「てんさーい!!私たちサイコー!!」
キャッキャと曲の完成を喜ぶ少女たちに、歌撫はただ呆気にとられてその様子を眺めている。
「こんな時代、おばちゃんにもあったんだけど遠い記憶ですわー」
案内人がしみじみとそう口にすれば、歌撫は眉を下げて自分の足元に視線を落とした。
「何事も楽しく、そして万能感で喜びを感じられるのは若い頃の特権ですよ」
「……私には、わかりません」
「この輪に入りたいとは思いませんか?」
「…………」
歌撫は黙り込んで下を向いたまま動けなかった。
「…………。
皆さん!お疲れ様でした!あとで配信用のコメント、グループLINEに送っておいてください」
「りょ!その子も見学おしまい?」
兎月がぴょこぴょこと2人に近づくと、表情を硬くしている歌撫の顔を覗き込む。
「そうですね。もう日が沈んでくる時間です。早めに帰らないと森の小道が危ないですからね」
「ふーん。せっかくだから一緒に歌いたかったなー」
兎月の言葉に、歌撫はゆっくりと顔を上げる。
「え……」
「そうだね〜あたしたち、コミュニケーションの一歩目は一緒に歌うって決めてるもんね〜」
ねむは録音の疲れからか下がりかけた瞼を何度かパチパチと瞬きさせながら、ふにゃりと笑う。
「あ……でも、私、歌下手だから……」
「えーそんなの楽しく歌えたら関係ないよー」
かえでが何気なくそう呟いた瞬間、歌撫は瞳がこぼれ落ちそうなくらい大きく目を開いて喉を鳴らして息を吸い込んだ。
「……そんなの?関係ない?」
「うん、楽しく歌ってたらみんな幸せになるから関係なくない?」
「だって、音外しちゃうし、皆さんの足引っ張っちゃう……」
歌撫が震える声でそう言えば、REMのメンバーはキョトンとした表情を一瞬見せた後にみんな一斉に笑い出す。
「だからそんなの気にしなくて良いんだって!私たちは楽しく歌えたらそれでいいの!楽しく歌いたいの!」
あっけらかんと言い放たれるセリフに、歌撫は目を見開いたまま眉を下げて今にも泣き出しそうに唇を噛んだ。
「……ね?REMさんたちの考え方、素敵だと思いませんか?」
案内人の穏やかな声に、歌撫の肩が小刻みに震え出し、その瞳からは大粒の涙がこぼれ落ちる。
「あ!案内人が女の子泣かした!!」
「えっ!?私!?」
「あ〜いけないんだ〜」
「違っ!!」
雅とねむに指を差されて案内人があたふたと慌てていると、その服の裾がぎゅっと握られ弱々しく引かれた。
案内人がその方向を見れば、歌撫が涙を零しながらもはっきりとした口調でこう口にする。
「案内人さん、私、歌いたいです」
Next➫https://nana-music.com/sounds/0615b67d
コメント
まだコメントがありません