Happier

Ed Sheeran

初めて訪れた大分県某所にて、タクシーの運転手にいい店はないかと尋ねて紹介された店にユキはいた。 中国系フィリピン人で、どことなくミシェルヨーを彷彿とさせる切長の目が印象的な美人だ。痩せてるのに出てるとこ出てて、なんというか、ナイスバディというチープでありきたりな言葉くらいしか思い浮かばないけど、まぁ本当の事だから仕方ない。 確かこの日は「プラモデルの大会で優勝した事のある人」という設定を2時間やり抜くという苦行を己に課していた時だった。 当然それに関する知識は微塵もない。どれだけ別人になり切れるか、それがミッションなのだ。 「やっぱりね、一番大事なのはジョイントだよね。どれだけリアルに見せるかにかかってるんだよ。今取り組んでるのはジオラマなんだけどさ…いや〜苔をどれで再現するか頭痛いよね」 という自分でも混乱しそうな話をユキは目を輝かせながら聞いていた。 ユキが「ネ、ワタシニ、コンドプラモデルオシエテ」と言ったので、次の休日、玩具屋へ一緒に出かけて機動戦士ガンダムGP01 を買ってあげた。 そんなある時、ユキからメールが来た。内容は急に国へ帰らなくてはならなくなったという。 こんばんわ😊お元気ですか？あなた　の　時間　ちょっと　ちょだい　お願いします🥺会えに行く　は　本当に　幸せよ、もうすぐ　フィリピン　に　帰る　から　あと　2週間いい思いで　と　いしよう　ほしい😊また　よろしくお願いします😘😊本当に　会いたいよ 辿々しい日本語で綴られたその言葉に、胸がギュッと締め付けられた。 慌ててタクシーを飛ばして彼女の部屋へ向かう。ドアをノックすると、ユキは笑顔と悲しみが入り混じった顔のまま俺に抱きついてきた。 「カエリタク、ナイ」 泣きじゃくるユキをなだめながら部屋に入ると、作りかけのGP01が転がっていた。 ーーーーー 「ジョウズニ、ツクルノネ」 ユキは俺の傍でプラモを組み立てる手元をじっと見つめている。 「…ユキ…GP01…コードネームのゼフィランサスていうのは花なんだよ。ゼフィランサスの花言葉、知ってる？」 「？」 「汚れのない愛、だよ…ユキ…俺ね、プラモの大会で優勝したとか、嘘なんだよ。なにが汚れのない愛だよ…笑っちゃうよな。ごめんな。嘘ついたまま、さよならしたくなかったんだ…」 頭部メインアンテナのパーツは細かく、震える手ではなかなか組む事が難しかった。 そんな震える俺の手の上に、ユキは暖かい手をそっと被せ「シッテイタヨ」と言った。 「デモ、イマコノトキ、アナタノアイカラ、ケガレ、キエタネ…」 重なる唇と唇…アンテナのみを残し組み上がったゼフィランサスがコトンと倒れ、俺はユキと組み上がった。 ーーー 目が覚めるとユキは消えていた。テーブルの上に置かれたガンダムGP01の頭部にはアンテナ取り付けてあった。　 今でもこの曲を聴くと君を思い出すよ…ユキ…君は今、幸せかい…？ 手を伸ばしても君にはもう、届かない。遠いところへ行ってしまった…いや、そもそもユキなんていないし、この話自体が嘘だから。 ﾊﾞｧｧｧｧｧｧｧｧｧｶ