精霊の風と大地の羽 園芸店フィー
古川本舗
精霊の風と大地の羽 園芸店フィー
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春は嵐の季節でもある…なんとも風が強い。そんな中で老女と小さなフェアリーが木漏れ日の下を楽しそうに歩く。春風は暖かく、2人の髪やスカートを激しく躍らせる。リンリンリン…フィーにだけ聞こえる精霊の笑い声。シルフが季節を運びながら2人にイタズラを仕掛ける。きゃあ!と2人は笑いながら髪を抑える。少しやりすぎの風にフィーは怒った顔で空を仰ぐが、ワクワクした心は隠しきれない…羽は虹色に輝いて、太陽の光に細かく震えていた。
「うふふ…見て!お洋服が葉っぱまみれ!世界樹の葉に、欅の若葉…あら、ティターニアの羽の葉もあるわ。蝶のような花を咲かす…凄いわ…世界樹の森だからこんな珍しい植物も育つのね」
園長は乱れたロングスカートを整えながら、体に着いた葉っぱを払い除けた。その動作の中で目に映った葉の種類をどんどんと当てていく。フィーはそれを尊敬と楽しい気持ちで聞いている。代わりにフィーは聖地へ行く間に見つけた泉や魔族の出現場所、珍しい植物の群生地等をガイドする。園長もまた、フィーの森への知識と穴場を察知する洞察力に敬意と共にワクワク感で胸が膨らんでいた。同じ植物を愛する者同士、そして好きな世界に貪欲なまでに知識を深める気質を持つ者同士、話は絶えることが無い。考えてみれば、園長に植物園で働く事を提案されてから今に至るまで、どれだけ沢山お話ししただろう。最初はアップルパイに添えられた手紙からだったっけ。
「あと少しです。世界樹の幹の中だから、風は少しマシになるかも…ああ、シルフが悪ふざけしなければいいんだけれど…」
むぅ…と風を睨む。そんなフィーを他所に、風と戯れる園長。だいぶ目上で知識もあるフィーの恩人が、今はなんだか愛らしい少女のように見えた。風を愛してくれる事が、家族を認められたようにフィーは嬉しかった。
「……ぁぁ」
最早声にすらならない吐息を園長は漏らす。この時間は太陽の日があまり入らないのだろう、聖地に差し込む微量の光量を沢山の鉱石や発光植物が反射して、真っ暗になる窪地の聖地を星のように照らす。
「…ここです。私が1番見ていただきたかった場所。ここで、私達フェアリー族は生まれたんです。その祖先は風の精霊シルフだって、おばあさんが言ってました」
ちぇりと以前に来た時のような、宇宙に浮かぶ感覚。薄暗さにキラキラ光る星のような光の中で2人は世界樹の若木の根元に腰を据えた。そしてフィーは沢山、沢山話した。初めてこの地に来た時のこと、その地でシルフに見せてもらったビジョン。人として生きる事を選択した変わり者のシルフと、彼を愛して待ち続けた自分と同じ名前のユニコーン…話は尽きない。
話をしている間、園長の周辺を嬉しそうに飛び回るシルフの群れを見ていた。彼女らしいなと、クスリと笑う。私もきっと彼女の優しさに寄ってきた1人なのだ。
「亜人の方はその生い立ちがゲヘナに近いと聞いていたけど…そんな素敵な体験が出来て本当に羨ましいわ。私の話は面白くないけれど、私の話も聞いて欲しいわ…」
今度は園長の番。花祭の間の記憶はないのだろう。彼女の軌跡を実は追体験していたなんて園長は知るよしもないのだが、何も知らないフリをしてフィーはあの日に見た風景を思い出しながら、静かに話を聞いた。穏やかな語り口の中に、あの日には見えなかった彼女の細かい心情を聞いて、改めて彼女の痛みや苦しみ、そして夢と強さを知った。
「人間も亜人も…何も変わりません。一人一人1回の命を生きて、同じ種族でも体験できないその人だけの命の道を知るんです。私、園長と出会えてよかった。お互いの人生をここで話せて嬉しいです…なんでだろ…うまく説明出来ないけど」
園長はこの聖地の空気の様に、優しく深く、穏やかな笑顔でフィーの頭を撫でた。悲しいほど軽く、シワのよった手。フィーのその手よりも時間を辿り、命を燃やした手。私も彼女も同じ終わりを迎える。分かってても……フィーは園長の顔を見上げる。大好きな彼女の顔は、深い老いをたたえ、髪は白髪が多い灰色…。不意にユニコーンの夢を思い出した。彼女の気持ちが今は痛い程分かる。
『貴方は神格を捨て、記憶を捨て、風を捨て…肉体と命を得る事を選択したの?それはいつか廃れて土に還るのに…』
今にも泣き出しそうな心、嗚咽をあげそうな己の喉を必死に抑えた。ころりとガーネットのネックレスが揺れる。
「園長、私、ずっと…ずっと…」
「フィーちゃん。私は母と死別して、愛する人も失ったけど、最後に親友が出来て本当に幸せな人生だと思うの。貴女に出会えたのだもの!きっと私が居なくなっても、植物園や園芸店はフィーちゃんが…そして、貴女が見込んだ素敵な人によって生き続ける。そう確信できるの」
園長はフィーを抱きしめた。リンリン…彼女からシルフの声のような心音が聞こえた気がした。
「幸せな時間をありがとうね、大好きよ」
園長がこっそり持ってきた無歌の花には驚いた。いつか世界樹の自然の元に、このアッシャーで生きていけるようにと観察できるどこかに植える計画をしていたらしい。きっとこの聖地なら、この植物に自分だけの色を与えてくれるわ…と微笑んだ。不安はあったが、不思議とフィーも大丈夫だという確信が芽生えた。二人で丁寧に植えられた無歌は聖地の風に優しく揺れた。
「さあ、戻りましょ?私たちの街、私たちの時間に。長いか短いかは分からないけど、許されるまでずっと、ずっと…」
園長はフィーと手を繋いだ。
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