有能なる知の新星 理事会員シノ
上白石萌音
有能なる知の新星 理事会員シノ
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寝れずに部屋を出て、月夜の下一人ため息をつく。
「流石だなぁ。仕事ぶりを見てましたもん、こうなるのは分かってました。…でも…遠いなぁ…」
少し冷たい春の風が、ボサボサの長髪を撫でる。手には新人の配属先を知らせる手紙。全理事会員に配布されるものだ。そこに、キリエの名前はない。持ち主はズレた眼鏡を動かす。月明かりが鋭く眼鏡のレンズに反射した。
朝、ニフはいつもの時間に出張所の鍵を開け、いつもの様に窓口を開く準備と、営業前の時間に飲むお茶を2人分用意する。この一年間、途切れず続いたルーティン。さて、そろそろだ。
「ニフ先輩、おはようございます!」
その言葉にニコリと笑顔を向けるニフと、少し頬を赤らめて興奮気味のシノ。
「先輩!聞いてください!大学から連絡があって!私の配属先が…!」
「凄いです!海のエリアの首都ですよね?世界樹エリアのアヴァロンと同レベルの大都市ですよ」
ニフはシノにお茶を差し出して、拍手を送った。知っていたのですか!?と驚くシノに、私は先輩理事会員ですよ?と胸を張るニフ。
「普通は大学に帰って卒業と共に発表されるんですが、成績を認められて首都に配属される人は特別に早く発表されるって噂で聞いてたんですけど…まさかホントなんて…それが私なんて!!そ、それに…」
シノはキュッと胸のネックレスを握りしめた。
「シノちゃんの先輩も確か、優秀者としてその首都に配属されてましたよね?今貿易が盛んになった関係で、海のエリアは人材を必要としてますからね。特に首都はより優秀な人を欲しがっています。…2年も連続で高成績の人材を引っ張れるなんて…理事会の中でも力があるというか…羨ましいなぁ」
トホホ…と肩を落とすニフ。世界樹エリアもゲヘナの繋がりや魔力の流れが強い重要エリアではあるものの、片田舎のキリエにはなかなかニフの後輩は配属されないようだ。今年もまた一人、この街の管理に勤しまねばならない。目にくまの浮いたニフが頼りなく笑った。
興奮しながらもお茶をすすったシノがポツリと疑問をこぼす。
「でもなんで私が優秀者として選ばれたんだろう…私はニフ先輩に助けられながら働いてただけなのに」
「いや、当たり前ですよ。なんせ、理事会員としての最大の働きをしてきたんですもの。イベントの手伝いや大掃除の参加という本来の仕事もこなしながら、この街の危機に本理事会員が居ない状態で軍と協力して対応したり、街周辺の異変を誰よりも先に察知したり…」
ニフはより声を大きくして語った。
「悪神になりかけていた春の主を街のみんなで鎮めたり、貿易先の視察で制作したレポートも…これはベテランの理事会員でもなかなか出来る仕事じゃありません。ここまでの広い範囲の実績を上げた生徒は恐らくいないと思いますよ」
シノはハッとした顔つきで目を見開いた。そして頭にこれまでの1年が走馬灯のように巡る。その時々は精一杯でやってきた事だが、振り返って見てみると、大学の授業では到底体験できない困難や問題を解決してきた。自分でも驚く程の成果がいつの間にか積み上がっていた。気づかなかったのだ、いつもの様に窓口を開いて相談を受ける日々の中で、いつもの日常の連鎖の中で…自分がどれだけ大きく成長していたのかを。
「1年間という期限でシノちゃんが向き合って上げてきた成果を見て、理事会はその先を見たいと思ったのでしょうね。だって、期限がついたこの研修の中で、遺憾無く自分自身を発揮してきたんだから」
ずっといつも通りを続けてきたニフにも限界が訪れた。ポロポロと満面の笑みを浮かべるその目から涙が零れ落ちる。
「ああ…ごめんなさい…絶対に泣かないって…悲しくならないように、いつも通り笑顔で過ごそうって…決めてたのに…」
ニフの泣き声にもうひとつの泣き声が重なる。椅子に座ったニフを小さなホビットの体が抱きしめる。
「私…私も…泣かないって…だ、だって…ニフ先輩が頑張って笑ってくれてたから…私…」
嬉しさと愛しさと悲しみと。様々な想いが入り交じった、優しい時間が二人の間で流れていた。
「忘れ物は無いですか?いや、あってもいいんですよ?取りに来てくれたら嬉しいです」
ほんの少し意地悪な顔で笑うニフ。一通り2人で泣いて、巣立ちを祝福し、2階のネズミにも別れを告げて、シノは出張所を後にしようとしている。
「いいえ、残念ながら。もうここには戻りません。戻る時には…」
シノは胸いっぱいに息を吸い込んで、勇ましい顔で振り返った。
「1人前になって、私の自慢の出張所へご招待する時です!楽しみに待っててください!」
お気に入りのステッキをぶら下げたカバン、同じ宝石をあしらった髪飾りを煌めかせて、振り返ったシノの顔はとても輝いて見えた。その時に見た顔が2人にとって最後となった。きっと次はお互い立派な理事会員同士として向き合うのだろう。
『これから皆さんは街の発展と素晴らしい未来の為に汗を流します。難しい仕事ですが、みんなの生活を支える大切な仕事です。どうか胸を張って進んでください』
恋心を抱く先輩の演説が胸に響いた。私は今、まだ泥まみれの自分の道を歩き出したばかりだ。
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END
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