太陽と太陰の心火 サロン長ヤミィ
jevetta steele / Holly cole
太陽と太陰の心火 サロン長ヤミィ
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「君は本当に美しいね。…僕らは、純粋なエルフじゃないんだって。僕は…僕は…なんで、君なんだろう…こんな美しいのに。僕は」
記憶に残る小さな子供の手。その手には化粧筆が握られている。…これはきっと子供の頃の自分。窓から差し込む月明かりに、ヤミィと同じ金色の長髪が揺れる…「美」を具現化したかのような少女が静かに微笑んで自分を見つめている。自分の手は彼女に化粧を施す。その間も彼女は瞬きもせず、声も上げない…人形なのか?それとも…
ぁぁあぁあぁぁぁあぁぁぁあぁあ!!!
暗闇の森の中。メンズサロン開店前の休み時間、ジーグと約束した場所へ向かう途中のヤミィは両手で顔を覆って叫んでいた。何で?何故こんなにも手が震えるんだろう?…月を見るのは凄く好きだ。でも、一人で見るとたまに浮かぶ映像。絶対に思い出さなければならない焦りと、決して思い出してはいけない恐怖にヤミィの心はいとも簡単に押し潰される…。ヤミィはすぐにコンパクトを取り出して、化粧を整えた。いつもこんな風に記憶に荒らされた心を落ち着かせた。塗り固める…丁寧に、綻びの出ないように。ほろろと涙がヤミィの頬を伝った。
孤独と不安に月を仰いで口を開いた。しかし、口を動かせど、何を言っていいか分からないといった具合にパクつかせて、俯いた。
「私は孤独じゃないの。よく分かってるわ…。たくさんの仲間、友人、大好きな事や物もいっぱい。私って恵まれてる。分かってるの…なのに、孤独を感じて呼ぶ名前が無いなんて嘆くのは贅沢なのよ。皆がこんな私を愛してくれてるじゃない。こんな…化粧だらけの私を…それでも大好きって思ってくれてるなんて、尊い事よ」
月光の下、地面からスラリと長く生え出たような細いシルエットが、弱々しく揺れる。
幼い頃の記憶は意識的に封じているが、何となくあの頃はあまり良い印象がない。楽しかった事や、ドキドキワクワクするような高揚感のある今の生活と違い、変化のない味気ない印象。綺麗だが古い洋館の中しか思い出せない。あんなつまらないところから独立して、生きるきっかけを与えてくれた赤の夫人には今も感謝している。メイクという己の個性と表現を認められ、求められる今の生活は幸せと輝きに満ちている。あの時より幾分もマシ。もう戻りたくもない…
「けど…」
痛い程の孤独感や不安感はなかった。今の方が圧倒的に友人も多く、沢山の愛で満たされているのに…独立してから孤独に押し潰される。今まで自分の心の1部だった「何か」がないのだ。それを補う為に…
「ダメ!ダメ!ダメ!ダメ!!」
月に叫ぶ。考えるな、思い出すな。心の痛みは時間が経てば落ち着く。いつもの様に耐えればいい。無駄な事はするな。お願いだ、やめてくれ…私…。
バドン島から帰ってきてから、毎日この時間に一人で過ごす。いつ来るか分からない答えを待ちに。…もしかしたら永遠に来ないかも。武器を手に入れたら、憧れの友人の影が彼の中で濃くなって、こんな弱っちくて醜い私なんて見捨ててしまうかも…。絶対に有り得ないと分かっていても浮かんでしまう考え。弱くなったなぁと毎日自分の心を笑う。でも、何となく…何となくだけど、きっと今日…彼は来る気がする。確信はない、でも、きっと…。
『残念だわぁ…期待してあの時、貴方を×××…』
また勝手に記憶の蓋がめくれ上がった。赤いドレスがニタリと笑っている。発作にヤミィはまた叫びながら顔を覆った。もう嫌だ、こんな遠い世界樹の街に逃げても追ってくる…逃げられないのだ、記憶は自分の中にある。どこへ行っても、行っても、行っても…助けて
「ジー…」
ヤミィは自分の声にハッと目を見開いた。…ジーグ…あの器用なくせに不器用な蜥蜴。私を嫌いな癖に、悪態つきながらずっとそばに居てくれた…。楽しい奴…それくらいの気持ちだった。大好きだから素直に想いを告げた。それだけ。
「どこまでもバカね、私って。…そっか、だからバドン島でレオと話してるのが気に食わなかったのか。私、こんな気持ちは知らなかったの。こんな心の深淵に居ても、貴方を想える。寂しい時に初めて名前を呼べた…呼べたんだ、私。こんなにも私は彼を…」
会いたい…消えそうな声で呟いた。そしてまた改めて月を見上げた。ヤミィを襲い掛かる魔獣のように記憶の渦が頭を回り出す。
ザッザッザッ!足音が聞こえる。走っているのか、ガチャガチャと金属音も聞こえる。きっと彼だ。いつも明るく強く、美しい自分を見せてきた。でも彼だけは…きっと向き合ってくれる。たとえ振られたとしても、私は…。
「この節目を終えて、新しい自分になるの、きっと、ぜったい…」
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END
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