雨のステップと小さな嘘
THE CASCADES
雨のステップと小さな嘘
- 22
- 1
- 2
「雨は好き?嫌い?ねえぇえぇぇ…」
てるてる坊主のようなそれはグワッと口を開いて、地を這うような低くゾッとする声を発し始めた。すると、ヤミィは軽やかにステップを踏んで、傘をクルクルと振りながら鼻歌を歌い出す。
「雨音のリズムを聞いて♪」
ブーツの様な茶色のスマートな長靴、雨避けの為に油を染み込ませた、薄い皮のコート。ぴちゃぴちゃと水溜まりを歌わせて陽気に踊る。すると、恐ろしい声をあげていたそれは、ケタケタと笑いだし、傘の舞と合わせて、自身もクルクルと回り出す。口しかない顔だが、楽しそうに笑う姿は不思議と愛らしい。
「あらぁ?ダンスパートナーが美しいからかしら?アナタなかなかやるじゃない」
ヤミィはいつしか傘を閉じ、傘で地面をつついてリズムを刻む。ザッザッ!ポチャン…ジャバジャバ。ふたつの笑い声が鬱蒼とした草の生える道に響く。
「雨は好き?好き?」
「んー、好きよ、雨は好き。素敵な出会いもあったしね。楽しいわ」
雨が金髪の長い髪を伝う。踊る度にキラキラと髪から滑り落ちる。ふふふ、ケタケタ…雨の中のダンスは続いた。
「…はぁ、はぁ、はぁ…待って待って!流石に疲れたわ!ってゆーか、好きか嫌いかは答えたのだし、そろそろ帰りたいんだけど?」
すると、てるてる坊主は目の前でクルリと円を書くと、ヤミィの前を飛んで行った。着いて来いって事?ヤミィは傘をさし直して後を追った。
ずんずんと進んで行くが、先にはどう見ても家など建物が見えない。深くまで進んでいくかのようだ。もしかしたら罠に嵌められている?ヤミィは少し不安に駆られながら、指輪を撫でた。
ポチャン…。雨水がてるてる坊主の頭に当たり、キラキラと落ちていく。チカッと光が目を刺すので、眩しさに目を閉じる。ぼやっと眼中に広がる風景…エルフが多く住む世界樹の麓より上の地域…根が作る崖の上の洋館…。
はっと我に返るヤミィ。てるてる坊主から、だいぶ離された。はぐれてはいけないと、駆け足で走りよっていく…すると雨粒の一つ一つがダイヤのようにチカチカと光だし、いつしか草の茂る暗い道がよく見えなくなっていた。
崖の上の洋館の風景…さらに走っていくと風景は光とともに歪み、いつしか洋館の中の子供部屋になっていた。ザーー…雨の音とボチャボチャとぬかるむ道を走る音。どう考えても自分のいる場所は外なのに、風景と共に漂う家の匂いと室内の温かさ…そして、香ばしいあの香り。エルフの里で食べられている、クラナッツのクッキー…不思議と味まで口の中に広がるようだ。懐かしい…素朴な味。美味しいねと相手に語りかける声…ヤミィの手にサラサラのしなやかな髪を撫でる感触が宿る。2人の子供がいる気配と共に、声が頭に響いた。
「雨の日はなんだか嬉しそうだね。僕は好きじゃないんだ…。さあ、今日も綺麗にしてあげる。僕の×××」
手の震えが酷く、耐えられずに傘を落とした。はぁ…はぁ…ヤミィの荒い息遣いだけが雨音にこだました。目の前にはヤミィの家、あのてるてる坊主も、雑多に草が生えた暗い道も…あの…風景も…そこにあったとは思えない、いつもの明るいキリエの街だった。
「何とか返して貰えたようね…けど、嘘をついた罰を食らったのかしら……」
足が震え、立ち上がれずに玄関前で項垂れるヤミィの顔に水が滴った。温かな水…これは雨だったのか、それとも涙だったのか…。
‧✧̣̥̇‧✦‧✧̣̥̇‧✦‧✧̣̥̇‧✦‧✧̣̥̇‧✦‧✧̣̥̇‧✦‧✧̣̥̇‧✦‧✧̣̥̇‧✦‧✧̣̥̇‧✦‧✧̣̥̇‧✦‧✧̣̥̇‧✦‧✧̣̥̇
家にたどり着くことが出来ました。
コメント
2件
- カミツキ街キリエの商店街
- やまと@せんべい王国🍘素敵なコラボありがとうございます。 お礼が遅れてすいません、伴奏アカウントは伴奏を投稿する時にしか基本開かないので、今ごろになってやっと気づきました。 キャプションはオリジナルなのでしょうか、不思議なお話ですね、とても素敵でした。