envy.
古川本舗
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#エスタシオン事務所
「ねえ始さん。きっと貴方は残酷だって言うかもしれません。だけど俺、姉さんの代わりに貴方を『幸せにします』から」
■八代城 咲良:びゃく
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勝手に劣等感を抱いていたのは俺だ。何もかもが負けていた、そう小さい頃から思い続けていた。そう思い続けていたのも俺だけで、それを認識することも腹立たしくて嫌いだった。
姉さんは本当に何でもできる人だったし、何ならそれを驕ることもない。性格も申し分ないくらいに良かったし、両親は多分俺と姉さんの間に優劣をつけようとしているつもりはなかったんだろうけれど、必然的に周りから賞賛されやすい姉さんのことを褒めることが多かった。俺はどんなに頑張ったとしても姉さんには遠く及ばない。それをまざまざと理解させられて、ただただ惨めな感情に苛まれる人生だった。
そんな姉さんに結婚を考えるほどの相手が出来たと聞いた。それも相手は今をときめく俳優の春咲始だと言う。俺がこっそり彼の出演舞台を見ていると姉さんは知っていたのだろうか、当てつけか。そんな邪推すらしたけれど、それが間違いだ、ただの被害妄想だということもきちんと理解していた。おそらくただの偶然だって。だからこそ、偶然すらも俺のことを追い詰めるのが好きなんだと思うしか出来なかった。俺のことを惨めにしきってしまうのがそんなに好きか。俺が死ねば早いのか。けれど、自分で命を絶つなんて僥倖は出来ないまま、何も気づかない姉さんは俺に優しく接してくる。それがまた自分の心の醜悪さを際立出せる要因だった。
──だから、だろうか。俺が、謂れのない醜い羨望を姉さんに抱き続けていたから。世界は憎くも俺を殺せばいいのに、姉さんを殺してしまったのだ。とある土砂降りの日に、ブレーキが効かなくなった車に撥ねられて帰らぬ人になってしまった姉さん。俺が憎んで憎んで憎み続けたから、姉さんは死んでしまったのだろうか。
姉さんの葬儀の日、焼香に訪れたあの人は見るに堪えない程の顔をしていた。まるで生気を全てこそげ落したような表情。それを見た時、俺は思ったのだ。あの人から、姉さんを奪ったのは俺なのだろうか。俺が姉さんへ汚くも嫉妬を向け続けたから、運命はあの人から姉さんを奪ってしまったんだろうか。そう思ったのと、今にも死んでしまいそうなあの人に駆け寄ったのは多分、同時だったと思う。
「──始さん」
「…お前、確か、」
「はい。貴方の恋人だった…姉さんの弟の、八代城咲良です。…始さん。俺を、姉さんの代わりにしてください」
それは、罪滅ぼしじゃない。俺が傍にいることで、始さんを救いたかったわけじゃない。ただ、俺は俺の抱いた感情で始さんの愛する人を失わせてしまった罰を、毎分毎秒自分に刻み続けねばならないと、そう思ったんだ。だから、俺は始さんの傍にいることを、決めたんだ。
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