§幻想舞踏会§ 第二十六話~白ノ影に隠された秘密~
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§幻想舞踏会§ 第二十六話~白ノ影に隠された秘密~
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第二十六話~白ノ影に隠された秘密~
真夜中の静かな広場では、夜風が草を撫でる音と噴水の水が流れ落ちる音が心地よい音色を奏でる。
そんな夜の静けさを纏うように、レイカは静かに腕を組み空を見上げている。
「…こんな時間に呼び出してごめんなさいね。」
静かに夜空を見上げていたレイカは口を開く。
ゆっくりと振り向くと、いつもと変わらない笑顔でたたずむ光姫がそこにいた。
「いえいえ、私はこう見えて夜行性ですので。
それで、皇妃様からの調査結果はいかがでしたか?」
いつもと変わらぬ調子で話す光姫とは違い、レイカの表情は硬い。
不思議な沈黙が両者の間に流れた。
~~~
尾行組であるまりー、ボブ、夜蝶は中央の噴水エリアに集まり、地面に手をつくボブを2人が静かに見守っていた。
「…いた。」
ボブは何かを感じ取りそのまま歌を奏でる。
手を置いた傍の土から芽が出たと思うと、みるみる大きく育っていき、大きな筒型の花を咲かせた。
「レイカさんと光姫様は広場の西の隅にいる。
近づくと光姫様に感知されてしまうから、これで内容を聞こう。」
「ボブ、これは?」
まりーが不思議そうにその花を覗くと、花の中から声が出てきた。
< …こんな時間に呼び出してごめんなさいね。 >
「おお!」
夜蝶が声を上げる。
レイカの声が花の中から響いてきていた。
「これは筒抜草。根で繋がっているもう一方の花が拾った音を全て伝えてくれる花だ。
感知されないようステスル機能も備わっている。」
「植物にもイロイロあるんだね。」
「これは秘策中の秘策だ。種も希少で滅多に使えない。
でも今は出し惜しみできないからな。」
「ありがとう…ボブ。」
まりー達は筒の奥から聞こえる、2人の声に耳を傾けた。
~~~
レイカは光姫を見つめると、覚悟を決めたように口を開いた。
「まず、過去の文献を調べても七色ノ宝石とその島々に類似するような情報は無かったわ。
私達黒ノ国が白ノ影の国…なんて呼ばれているのはご存知でしょうけれど。
だから白ノ国の情報もそれなりにあるの。
けれど、やはり隷属魔法に関する資料は全くないそうなの。
……不自然なくらいね。
ただあるのは【初代光姫によって禁術となった】それだけ。
それから、古い書物に所々
【 天より授かりし加護
その手中に収めし者
国の象徴とならん 】
という記述があったみたいね。
加護は目に見える形で存在していたかのようにも書かれていたそうよ。」
レイカは言葉を選ぶように説明する。
「ふむ…やはり例に漏れることなく、レイカさんの国にもその言い伝えはあったんですねぇ。」
光姫は笑顔でレイカの言葉に相槌を打つ。
その笑顔とは正反対にレイカの表情は険しくなる。
「…けれど、黒の記録書と呼ばれる歴史書からは、断片的にだけれど
『白ノ国の禁術がどうやら【自己干渉術の上位に位置する魔法】である』
という記述が見つかったそうよ。
皇妃様はこう予想されている。
その【禁術】が隷属魔法なのではないか…とね。」
光姫の身体がピクリと動いたのか、簪の装飾がキラリと揺れた。
「…これだけならば、
わざわざ姫様を呼び出さなくてもよかったのだけれどね。
皇妃様からのご報告にはこんなものもあってね。
大陸中央部の大きな山の下には古来より
「煉獄」があると言い伝えられていて、
神聖な山として崇められていること。
そして…
…その煉獄のある山の管理者として
【光姫】が関わっている。 」
「………。」
光姫の返事を待たずにレイカは続ける。
「誰だって思うはずよ。『煉獄』ですって?
『煉獄の魔石』だなんて一体誰が名付けたのだか知らないけれど、
偶然にしては過ぎるんではなくって?
そんなものが存在して、今回の件と関連付けないはずがないでしょう。
自ら関与しているものならば文献を調べるまでもないわよね?
けれど、姫様の口からはそんなこと一切聞いていないわ。
……光姫様、
貴女は一体【ナニ】を隠しておいでなのかしら?」
レイカは光姫に問いかける。
光姫の口元は笑顔のままだが、月明かりによる陰で上半分の顔は伺えない。
レイカがこの話し合いを夜に指定したのには理由があった。
もしも何かあったとき、
自身が一番力を発揮できる状態にしておけば、相手が光姫といえど勝機はなくとも逃げる事はできると踏んだためである。
どれくらいの沈黙が流れたであろうか。
光姫は小さく息をひとつ吐いた。
「………あらあら…。」
「…私からの報告は以上よ。質問に答えて下さる?姫様。」
「………。
【白】と対の国であるとはいえ、
黒ノ国がまさかそこまで私の国の情報を持っているだなんて…。
…これは一本取られちゃいましたねぇ。
黒ノ皇妃様に…。」
光姫はクスクスと笑いながら独り言のようにつぶやく。
レイカの眉間にしわが寄る。
「その反応…七色ノ宝石やこの島々、ひいては煉獄の魔石について、
貴女がなにか知っていた上で隠していた、
という認識をしても良さそうね。」
小さな笑いが収まると、光姫は顔をあげる。
そしていつもと変わらない表情で、答えた。
「…レイカさん。
その情報は合っておりますよ。
私だけが持つ魔法
【自己干渉術】
…これの上位にあたる魔法。
…それは
【絶対隷属魔法】
[代償]と引き換えに全ての魔法を従える術です。
…そして、それは
初代光姫によって禁術となり、
この世から消えた魔法なんて言われてますけど…
それは違う。
代々母から子へ。
[冠名]と共に口伝でのみ受け継がれる
一子相伝の【禁断ノ魔法】です。」
レイカは言葉を失う。
(絶対隷属魔法…それは全ての魔法の頂点に位置すると言っても過言ではない。
全てを支配する魔法…。
そんな魔法が本当にまだこの世にあったなんて…。)
「…私の冠名、ご存知ですよね?」
光姫がにっこりとほほ笑みかける。
「貴女の冠名なんて誰もが知っているでしょう。
…貴女は【光姫(ミツヒメ)】。
そしてその魔法は、代々光姫に受け継がれているという認識で合っている?
そして、全ての魔法を従えるということは………
他人の放った魔法を、自分の魔法として吸収できる、そんなこともできるのかしら?」
(そう、七色の宝石と同じように…。)
レイカの頬には冷や汗がにじみ出ていた。
光姫は、レイカの質問も意に介さず言葉を紡ぐ。
まるで自分に言い聞かせるように…
「そう、私の冠名は光姫…。
そして歴史から消された魔法を、この世でただ1人継承した者。
そしてその魔法は、
それ相応の代償と引き換えに、全ての魔法を従える術です。
…私達、五つの国の中心にそびえ立つ山の下に「煉獄」があるという言い伝え。
それについて、他に何か調べはついているんですか…?」
レイカは脳内で考察をしながら、言葉を探す。
今目の前に立っているその人物が、
【敵】か【味方】か区別するために…
(…こちらの質問にはわざと答えなかった…。つまり、沈黙は是。)
「いいえ。こちらの調べでわかっているのは、私が先に伝えたことで全部よ。」
光姫は島の端までゆっくりと歩いて行き、足元に広がる大陸を見下ろす。
レイカはそれに続くことなく、光姫から目を離さずじっとしていた。
「そうですか…。
あの山は神聖なモノと言われ、全ての国で立ち入りが制限されてますものね…。
それくらいしか、わかりませんよね…。」
光姫が見下ろす先には、大陸ではいつも見上げていた巨山が暗闇の中でも静かにその存在を示していた。
そんな山を見下ろす光姫の視線には、明らかに負の感情が宿っている。
「…黒ノ皇妃様が示した[煉獄の管理者]…。
それも間違っておりませんよ。
あの山の地下深く…
光の届かない闇の底に存在すると言われている
[煉獄]には、
…大いなる【悪ノ王】が眠っていると伝えられています。
そして…」
光姫は胸に手をあて、空を見上げる。
空には、半分にかけた月が島々へと光を注いでいた。
「…そして……
【悪ノ王】の眠りを妨げぬよう、
私達[光の力]を有する民が
夜に最も力を発揮できると言われている
満月の日に
かの山へ秘密裏に建てられている祭壇にて
安らかに眠って頂けるよう、
【悪ノ王】へと子守唄を捧げる。
それが私…いえ、私達
【満月姫(ミツヒメ)】の宿命です。」
そう、光姫という冠名は飾名。
本当の冠名は別にあったのだった。
「満月姫…。」
レイカの表情がみるみるとこわばって行く。
「…ちょっと、待って頂戴。
煉獄に眠る【悪ノ王】に【煉獄ノ魔石】、
そしてその魔石が意志をもった【魔石の意志】…。
まさかその王の眠りが覚めようとしている…
なんてことはないわよね?」
光姫はゆっくりと振り向き、頭を傾けながらレイカを見つめる。
その顔に、もはや笑顔はなかった。
「さぁ…?
それはどうでしょう?
私達は何百年という歴史の中、ずっと
偉大なる王へと歌を捧げているだけなので、わかりません。
そして…
貴女も今はこれ以上知る必要はない…。」
レイカが後ずさりしようとし、そこで初めて気が付いた。
(身体が動かせない…。)
「…ねえ、レイカさん。
私は貴女のように【真名】を名乗れることがうらやましい。」
ゆっくりとレイカの元へと近づいていく。
その間も光姫は吐き出すように、言葉を続ける。
「…この冠名は呪われているのです。
この名を、お母様から受け継いだあの日から…
私の身体は成長を止めています。
これもまた、過去に積み上げられてきた[代償]の名残なのかもしれません。
しかし、これを…
お母様から託されたこの魔法を今失う訳にはいかないのです…
そして…私もまだ…
……今はまだ…
死ぬわけにはいかない…!」
光姫が胸で握りしめる手は白くにじむ。
レイカは光姫の目をじっと見つめ、言葉を探していた。
光姫の目からは、全ての運命を受け入れた揺るぎ無い覚悟だけが見えている。
「…貴女が、それを既に知られているにも関わらず
まだ別に隠しておきたい事があるのは理解したわ。
それでも聞かせて頂戴。
私達は試合以外で危険に晒された。
それはもちろん貴女も同じ。
このまま黙っていられないことくらい、貴女にもわかるでしょう。
[魔石の意志]…アレは一体何だったの?
あと…不躾だったらごめんなさい。
貴女、お母様は御存命?」
臆する事なく訪ねていく。
光姫の瞳に、一瞬だが悲しみの色が見えた気がした。
「…アレは私にもわかりません。
[魔石の意志]と言われたアレは、王の実体の欠片ですらないのですから…。
レイカさん、私が五隊長会合室にて言った事を覚えていますか?
選択を迫られる…と。
その時がもう、すぐそこまで来ているのです。
それまでに私は…私達はこの島の謎を解かなければならない。
この島の謎が解けるとき、全ての真実が明らかになるでしょう。
…もうお気づきかと思いますが、貴女は既に私の術中です。
この事を、この島にいる者以外に話すことを禁止します。」
光姫の指先がレイカの喉をなぞる。
抗おうにもレイカは指一本動かせなかった。
(それは…「この島の隊士になら話しても良い」ってこと…?
隠す必要が無くなったから…?)
「最後にこれだけ教えて…。
姫様、貴女は私達の…いえ、
白ノ国以外の【敵】なの?【味方】なの?
そしてこれも言わせて。
貴女の目的は知らないけど…
私の国、そして私の隊士に何かあったら
貴女であろうとも、ただじゃおかないわ。」
光姫の潤んだ瞳は静かに揺れていた。
「…私には何代と受け継がれてきた想いがこの名にあります。
その使命を果たすまでは、誰にも邪魔はさせません。
邪魔をするなら…誰であろうと容赦はしない…
それがたとえ…
…私の隊士であろうとも…」
レイカの身体は、光の膜にゆっくりと包まれると静かに浮き上がる。
「今日はもう遅い…。
拠点に帰り、ゆっくりお休みください。
…ただ、1つだけ信じてほしいことは
隠していたのではなく、
話せなかったのです。
私のお母様…いえ、先代光姫は口伝にて私へ全てを受け継いだ後、
そのまま病に伏せ、天照様の元へと行かれました。
秘匿されなければならない隷属魔法と本当の冠名。
これは光姫が他者へ口外すると、
その名にかけられた呪いが発動し、違反した者の命を蝕み始めるのです…。
…闇と隣り合わせの魔法を扱う貴女の目になら、
もう映っているでしょう?
この【呪い】が…。」
「姫様…貴女…!」
レイカは初めて焦りの表情をみせ、光姫へと手を伸ばそうとするが身体は動か無い。
レイカの目に映っている光姫を包みだしたその鎖の様なオーラは、まさしく【呪い】が発動したことを示していた。
「私を敵と見るか、味方とみるか…。
それもまた[ひとつの選択]なのです。
これは私からの誠意であり、
また…私は世界の平和を願っているとだけ言わせてください。
なんせ私、ぶっちゃけ天下統一なんて興味ないですからねw」
いつもの表情であっけからんと笑う。
レイカは声を荒げる。
「私の記憶を消しなさい!私へ話したことをなかったことにすれば…」
「もう遅いですよ。」
レイカの身体はどんどんと空へとあがって行く。
「これはもう時間の問題だったのです。
大丈夫、まだ猶予はあります。
あ、明日からはまたいつも通り仲良くしてください♪
隊士達に変な心配はかけられません。
私達は[隊長]なのだから…」
レイカは悔しそうに唇を噛み締めると、そのまま黒ノ拠点島へと飛ばされて行った。
光姫は静かになったその場で、一つ息をつくとゆっくりと空を見上げる。
張りつめた空気が解かれたその場所から見上げる夜空には、星々がその生を謳歌するように輝いていた。
「…これが、呪いなのですね…お母様…。」
光姫は自身を包もうと漂う鎖に触れようとするが、鎖はその手をすり抜けていく。
まるで、なす術もないと言うかのように…
「きっと私は、お母様の元へは行けないでしょう…。
けど、ミツヒメとしてのお役目は必ず果たします。
白ノ国の…いえ、歴代の光姫達の願いが込められた、真名にかけて…
全ての国を…この手で……」
~~~
「………。」
ボブの魔法植物により、全てを聞いていた3人は誰も言葉を発せずにいた。
聞こえてきたその内容はあまりにも突然で、そしてあまりにも衝撃的な内容だった。
「……姫様…。」
まりーがポツリとつぶやく。
2人が振り向くと、まりーの頬には一筋の涙が流れていた。
< …あらあら…盗み聞きとは、感心しませんね…。 >
花の中から声が響く。
夜蝶とボブはギョっとした。
「まさか俺の植物が気づかれた?」
「ボブの植物がポンコツだった?」
「お前は俺と喧嘩したいみたいだな。」
< 誰かは想像つきますが…まあ明日にはレイカさんの口からこの島の隊士へは広まるでしょうから…構いません。 >
< だけど、この呪いの事だけは他言無用ですからね。
レイカさんにも呪いに関しては誰にも話せないよう術を施しています。
話せばどうなるか… >
「…わかりますね?」
花の中から聞こえてたはずの声が、目の前で響く。
光姫がいつの間にか目の前に現れた。
「ひ…姫さま…。」
ボブと夜蝶は顔面蒼白となる。
まりーは黙ってじっと立っていた。
「まったく趣味の悪い植物が咲いていると思いたどってみたらやはり貴方達ですか…。
女性の密会を盗み聞きするだなん…」
光姫がいつもの調子で話していると、まりーが突然光姫へと抱き着いてきた。
「…ぉ……い…。」
「ちょ、ちょっとまりーさん?」
光姫は困惑しながらまりーへと話しかけると、大粒の涙が頭上から降ってきた。
「…お願い…死なないで姫様…!
置いてかないで……
姫様が世界の敵だろうが構いません…
私は姫様の味方です!
私をこれまで散々振り回したんです!
今更置いてけぼりなんてしないで!
絶対に…絶対に…
姫様を1人で逝かせたりしない…」
まりーは光姫を抱く腕に力をこめ、離そうとしない。
光姫はやれやれと言わんばかりに、まりーの背中をさする。
「…まだ時間はあります。この島を洗いざらい調べましょう。」
光姫が静かに提案する。
「<調べられる所>は全て調べるのです。何かの手掛かりが見つかり、
最後の選択の時、選択肢が広がるかもしれません。
ただし、絶対に呪いに関しては口外してはいけません。
いいですね?ボブさん、夜蝶さん。
…私は
自分の目的の為には…手段は選びませんよ…。」
2人は殺気を感じ取り必死に首を縦に動かした。
光姫が指を軽く振ると、ボブと夜蝶の身体は光の膜につつまれ、浮き上がる。
「…今日はもうお帰りなさい。では、また明日。」
いつもの笑顔で拠点へと飛んでいく2人を見送る。
まりーはいまだ光姫を離さず泣いていた。
「まりーさん。お聞きなさい。」
「……。」
「主の命令ですよ。」
返事をしないまりーに、優しくもはっきりとした口調で語りかける。
「…はい、我が主。」
「残された時間は多くありません。
私がこの世界にとっての【善】か【悪】か。
または【敵】か【味方】か。
…何を信じろとは言いません。
貴女は賢い女性です。
私の背中を見て判断しなさい。
…その結果、私に刃を向けようが、私は一向に構いません。
だからそれまでは、沢山の情報が欲しい。
手伝ってください。」
「…仰せのままに。」
光姫はいつものように優しく微笑むと、七色ノ宝石を見上げた。
目を細め、意識を集中させる。
(この島へ来た当初に感じていた6人の魔力。
もう互換量で計算すれば既に消費され、
新しく吸収された私達の魔力しか蓄積されないはず…
……なのに、1人分。
確かにまだ感じる事ができる。)
「…貴女は、誰なのでしょうか?」
光姫の七色ノ宝石へ放たれた質問は、夜闇に溶けて行った。
…つづく。
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