エデンの揺り籃
未来古代楽団
🩵 大切に忘れぬように 🏛 ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 第1部〖創世:ロマルニア帝国の聖典より〗 Ⅰ.キュレーネ女子修道院 国境に跨るトンネルを抜けた途端、金色の麦畑が姿を現した。電車の窓一面に広がり、果てのないように思える美しきそれは、車窓を眺める白髪の女の好奇心をより昂らせた。 「国境を越えたのか。隣国なのに随分とくたびれた。……けれど、もう時期あの場所に赴くことを思えば、これくらいの気苦労は大した問題ではないな」 座席に取り付けられたドリンクホルダーから珈琲の入ったカップを手に取り、学者エクレシア・ライヘンバッハは満足そうに息を吐く。2300年、秋の暮れのことである。 ‧✧̣̥̇‧ エクレシアは、地中海へと大きく伸びる半島にある二つの国のうち、大陸側にあるグレゴル王国出身の考古学者だ。無造作に跳ねた長い白髪と目が合うもの全てを釘付けにしてしまうかのようなターコイズの瞳が特徴的な彼女は、見積って十七ほどにしか見えない幼い風貌だが、実年齢はその倍。今年で三十五を数えるれっきとした成人女性だ。見目から研究の精度を軽んじられることもしばしばあるが、芯から専門分野に陶酔している彼女には、周囲からの視線など関係の無いことだった。 「お、見えた見えた。あれがキュレーネ女子修道院か。大層立派だな」 車窓の風景は、麦畑から小さなレンガ造りの家々が立ち並ぶ町の景色へと変わっていた。その外れの丘にある、古城のような形をした建物を見て、エクレシアは満足気に目を細めた。 キュレーネ女子修道院。かつてこの地に栄えた古代ロマルニア帝国の宗教学を研究するエクレシアが、往訪を待ち望んでいた場所。ここの地下室に、新たに発見された『聖典』が眠っているのだとか。 電車の速度がじわじわと下降し、エクレシアは座席を立って大きく伸びをする。白い頬が僅かに薄桃を帯びる。ゆっくりと深呼吸をして、エクレシアは扉をくぐった。 ‧✧̣̥̇‧ 「お待ちしておりました! ライヘンバッハ女史ですね?」 「ああ。これから数ヶ月世話になる。君は……」 「あたしは修道女のニネヴェです。元孤児ですので名字は分かりません。ぜひ、親しい隣人のようにニネヴェとお呼びください!」 キュレーネ女子修道院の門を開いて現れたのは、蜂蜜に少量のミルクを加えて作るクリームのように柔らかな金髪の少女だった。年は二十歳ほどだろうか、まだうら若く、純朴そうに見える。その姿がどことなく姪に似ているような気がして、エクレシアは思わず顔を綻ばせた。 「ニネヴェか。よろしく頼む。私のことも気安くエクレシアと呼びなさい。生家の名はあまり好きになれなくてね」 ぽつりと零すように言うと、ニネヴェはビー玉のような瞳を更に丸くしてきょとんと首を傾げた。 「どうしてですか? ライヘンバッハ家と言えば、有名な学者さんや技術者さんが沢山いらっしゃる、奇跡の一族と呼ばれている家系じゃないですか。辺境の孤児のあたしでも知っているくらいなんですから、世間の評価はすごいでしょう!」 悪意など全く感じられない煌めいた視線を向けられ、エクレシアは僅かに苦笑の表情を浮かべた。彼女の言っていることは間違いではないが、些か夢を見過ぎている。 「確かにそういう一面もある。だが、特定の分野に容易く命を賭ける性格故に、他人のことをこれっぽっちも考えられない者も少なくはない。過去にはとんでもない汚名を着せてきた先祖もいたよ」 血がそうさせるのだと言ったのは、父だったか母だったか。だからこそ、一族の血によって得た原動力は、自己の利益ではなく世のため人のために使いなさいと教わってきた。 「まあつまりは、君が思うほど世間の評判は良いものじゃないってことだよ」 「そう、なんですか? でも、少なくともエクレシアさんは素晴らしい方だと思いますよ。あたしと同い歳くらいなのに、大昔のことをたくさん知っている学者さんだなんて、尊敬します!」 エクレシアの上着とキャリーケースをさりげなく受け取りながら、ニネヴェはにこやかに振り返る。彼女のもうひとつの勘違いが可笑しくて、エクレシアはまたも唇を引き上げた。 「そういう君は、幾つになるの?」 「今年でちょうど二十歳です。ほら、あのテロがあった年に生まれたので……」 「ああ。あの時に生まれた子達はもうそんな歳になるのか」 二十年前に起きた史上最悪のテロ事件。あれだけ世間を騒がせていたのに、当事者で無いエクレシアの認識は、今となってはそんなこともあったなと薄ら思い返す程度のことであった。彼女にとっては、それよりもずっと昔の、不確かな情報の方が大事なのだ。 エクレシアは、わくわくと答えを待っているニネヴェの瞳をからかうように覗き込む。 「ニネヴェ、私はね、こう見えて君より1ダース以上お姉さんだよ」 「え? ……えーっ!?」 がらんとした石造りの空間に、ニネヴェの驚嘆の声が響き渡る。たった数分話をしただけだが、エクレシアはこの素直な娘のことを、既に気に入り始めていた。 ‧✧̣̥̇‧ 寝泊まりするための部屋に荷物を置いたあと、エクレシアは早速地下室へ向かうことにした。今日はもう休まれては如何ですかと駆け寄るニネヴェの言葉を無視して、彼女は所々赤く錆びた鉄の扉を押し開ける。そして、短く息を飲んだ。 「……!」 地下室の中には、小さな机と椅子が二脚あるのみだった。そして、焦げ茶色の木目が美しい机の上には、辞書ほどの大きさの真っ白な箱がある。 「……開けてみても?」 「勿論です。その箱は、事前に送っていただいたエクレシアさんの指紋を登録しているので、あなたしか開けないように作られています」 ニネヴェの言葉に、エクレシアは小さく頷くと、白く細い指でそっと箱に手をかけた。刹那、ピッと微かな電子音が鳴り、いとも容易く箱が開く。その中身は、色褪せ朽ちかけた、けれど確かに本の形を保ったままの『聖典』だった。恐らく、数十年前に起きた第三次世界大戦以前は厳重に保管されていたのだろう。廃墟から発見されたにしては腐敗が進んでいなかった。エクレシアは緊張で乾いた喉を上下させ、唾を飲み込む。 「先の大戦によって、実に多くの歴史書が行方知れずとなってしまった。人間の軌跡は、一度闇に葬り去られたんだ。……長かったよ。ようやく出逢えた。私は何と幸せ者だろう」 歓びにうち震えるエクレシアの肩に、ニネヴェの手がそっと置かれる。ニネヴェには、この『聖典』の価値は分からない。けれども、エクレシアを揺るがした感動だけは、彼女の心にも確かに伝わっていたのだった。 ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── ⛪️銀の星屑 🪽瑠璃の器に ⛪️🪽重ねれば夜となり ⛓黄金[きん]の細糸 🪬黒の宵闇 ⛓🪬織り上げて暁となす ☸️幼な子眠る🌬楽園の夢 🌬☸️繰り返す誰かの子守歌 《🔔⛓️💥🧊さあ眠れ眠れ》 《🔔⛓️💥🧊巡る子守歌》 🪩傷つけ壊し🐍奪い合い 🪩🐍僕たちは歩くだろう 🤍このお話に🖤争いに 🥂🖤🤍終わりなどないから 🪼🪻🪺それでも歌おう 優しくて曖昧な 🐋🌕懐かしいおとぎ話 🏛大切に忘れぬように ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── ⛪️エクレシア cv.唄見つきの https://nana-music.com/users/1235847 🪽ニネヴェ cv.灯 https://nana-music.com/users/10533672 ⛓神様 cv.海咲 https://nana-music.com/users/579307 🪬1番目の天使「ミカ」cv.Neumann https://nana-music.com/users/10462832 🪩2番目の天使「リエル」cv.白水 https://nana-music.com/users/10113554 🥂3番目の天使「ファエル」cv.日向ひなの https://nana-music.com/users/2284271 🪼4番目の天使「ウリ」cv.はいねこ https://nana-music.com/users/7300293 🐋5番目の天使「マエル」cv.茶屋道るな https://nana-music.com/users/7521125 🔔6番目の天使「オリ」cv.柊木アカネ* https://nana-music.com/users/7275860 ⛓️💥7番目の天使「カーリ」cv.北斗七星 https://nana-music.com/users/5151832 🧊███████████ cv.オムライス https://nana-music.com/users/1618481 🌬メギド cv.ラムネ https://nana-music.com/users/7020177 ☸️ホロン cv.中条 瑠乃 https://nana-music.com/users/1791392 🐍ルシファー cv. RAKKO https://nana-music.com/users/5226056 🖤カイン cv.サラダ https://nana-music.com/users/1012660 🤍アベル cv.くらげ∞ https://nana-music.com/users/1819852 🪻リダ cv.なる https://nana-music.com/users/10288599 🪺ナザレ cv.海咲 (URL省略) 🌕エルテヤ cv.オムライス (URL省略) ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 次節 Ⅱ.メギドによる福音書 (楽曲: ⛪️🪽🌬️忘れじの言の葉/未来古代楽団) https://nana-music.com/sounds/06cb340a 音源は未来古代楽団公式よりお借りいたしました。 #エデンの揺り籃 #未来古代楽団 #ロマルニア帝国の聖典より
