📖Dear My Fairyland📖
第1話『没落マーチ家』
春の陽射しが、美しいステンドグラスの窓を通して部屋いっぱいに差し込んでいます。穏やかな時間が流れる談話室の中では、三人の少女がふくよかな老齢の女性を取り囲んでいました。
「ねぇねぇ、校長先生、お話して!」
「昔のお話がいいなぁ。校長先生が子どもの時のこととか!」
「校長先生もこの学校の生徒だったのよね?」
少女たちにせがまれて、女性はゆっくりと目を細めました。
「そうねえ、私にもあったわ、貴方たちくらいやんちゃな頃が」
皺の中に埋まった空色の瞳は、その瞬間、幼い少女のような煌めきを取り戻したのでした。
──────────
むかしむかしあるところに、マーチ家というお金持ちの家族が住んでいました。お屋敷には四人の姉妹がいて、上からマーガレット、ジョセフィーン、エリザベス、そしてエイミーと続きます。
長女のマーガレット──皆からはメグと呼ばれています──は、気立てがよくしっかり者。おまけにたくさんの男の人からパーティーに誘われたこともありました。皆の憧れの素敵なお姉さんです。姉妹の中で一番に婚約者が決まり、幸せのさ中にいます。
次女のジョーことジョセフィーンは、女の子と遊ぶより男の子に混じって遊ぶ方が好きなお転婆娘です。けれど、恋愛小説を好むロマンチックな一面もあるのですよ。最近、自分でも小説を書き始めたようです。
三女のエリザベスは、はにかみ屋さんのベスと呼ばれます。引っ込み思案で病気がちなので、いつもは家の中にいることが多いベス。ピアノと刺繍が大好きで創造性に溢れています。思いやりの心を忘れないベスは、まるで聖母様のようです。
四女エイミーは、ちょっとおませでわがままな末っ子。とても愛らしい仕草で、家の中を明るくしてくれます。まだ小さいので、失敗も多いのですが、叱られた時にはきちんと反省することができる、素直でチャーミングな女の子です。
四人の姉妹とマーチ夫妻は、古くとも立派なお屋敷の中で、何不自由なく笑顔の絶えない毎日を過ごしていました。けれど、そんな日々はあまりにも突然に崩れ落ちてしまったのでした。
「倒産したって……本当なの、お父様?」
それは、夏も終わりかけのある日でした。お父様が沈んだ顔をして帰ってきて、メグが切羽詰まった様子でこう尋ねました。お母様もジョーもベスも、何故だかとても不安そうな表情で、ただ一人何も知らないエイミーは、その様子を絵を描きながら眺めていました。
「お父様、倒産ってなあに?」
きょとんと首を傾げながら問いかけたエイミーに、ジョーが眉をひそめ小さな声で教えてくれました。
エイミーは、そこで初めて自分自身が不幸の谷に落ちかけていることを悟ったのです。
お父様の会社が潰れてしまったので、エイミーたち四姉妹は、今までのようにお嬢様ではいられなくなってしまったのでした。
エイミーは、来月からお姉様たちと同じ『ベルフィーユ女子学院』に通うことになっていました。けれど、入学するにはたくさんのお金が必要です。このままでは、きっと学校に通うことができません。
「お父様ったら、ひどい! どうしてあたしの楽しみを取りあげてしまうの? 学校に行きたかったのに!」
手足をバタバタとさせて泣き喚くエイミーに、お父様はとても申し訳なさそうでした。見ていられないとばかりに、お母様が強い口調でエイミーを咎めます。
「エイミー。わがままを言うものではありません。今までお父様が私たち家族を守ってきてくれた分、今度は私たちがお父様を支える番でしょう」
お母様は、人差し指を立ててきっぱりと言い放ちます。それは、お母様がエイミーを叱る時にする、「どんなにわがままを言っても、これ以上は通りません」の合図でした。この合図をした時のお母様は、とても頑固であると思い出したエイミーは、渋々泣くのを止めてソファに腰かけました。エイミーが静かになったのを見て、お母様は元の優しい笑顔に戻ります。
「それに、学校のことは心配しなくても良いのですよ。メグ、ジョー、ベスの三人は、今までとても優秀だったので、特待生として学院側が全ての面倒を見てくださることになりました。そしてエイミー、あなたもね」
「あたしも?」
鼻の頭に人差し指を置いたエイミーに、お母様は深く頷きます。
「ええ。お父様が今まで学院にたくさんの寄付をしていたこと、あなたのお姉様たちが優秀だったことが考慮されて、あなたも特待生として学院に通えることになったのよ」
「本当!?」
エイミーは途端にパッと顔を輝かせ、お父様に飛びつきました。
「お父様は、今まであたしたちのためにたくさん頑張ってくれたのね! 嬉しいわ!」
急に態度を変えたエイミーの様子はなんだか滑稽で、メグとベスは顔を見合わせてくすくすと笑いました。ジョーだけは、呆れたような表情で腕を組んでいましたが、それでも視線はあたたかくエイミーに降りそそいでいました。
「本当に仕方のない子ね。いくら学院が面倒を見てくれるとはいっても、贅沢三昧ではいけないわ。学校は勉強をするところだもの」
「分かってます! ジョーのおせっかい!」
「何ですって!?」
ジョーの短気な声が合図となり、二人の追いかけっこが始まります。これまでと変わらない家族の様子に、お母様とお父様は胸を撫で下ろしたのでした。
「私たちの娘たちは、文句無しに良い子ばかりですわね」
「ああ。元のような暮らしをさせてあげるために、私たちも頑張らなくては」
──────────
そしてあっという間に時は過ぎ、エイミーが学園に入学してから一ヶ月が経ちました。白塗りの素敵な校舎、ブルーのリボンと波打つオフホワイトのスカートが可愛らしい制服、厳しくも優しい先生たち。学園の様子はエイミーにとって申し分ないものでした。けれど、ここのところエイミーは何だかとても不機嫌そうです。その理由は、この学院の制度にありました。
ベルフィーユ女子学院は、元々はお嬢様たちが淑女らしさを身につけるために通う学校でした。けれど、女性の社会進出が進む近年、学院は大きな制度改革を起こしたのです。その改革により、今まで学院の名前すら知らなかったような普通の家の女の子から、果てはみなしごの女の子まで、優秀な子であれば特待生として学院に入学できるようになりました。
これは、お金が無いために学校へ行くことが出来なかった女の子たちにとっては夢のような話でしたが、元から学園にいたお嬢様たちからは不満の声もあがりました。みなしごと一緒に生活なんて、地球がひっくりかえってもできっこない。そんな風に声高々に主張したお嬢様たちは、いつの日か自らをノーブルと呼ぶようになりました。そして気づけば学院には、二つの派閥が出来上がってしまっていたのでした。
ここでお話をエイミーに戻しますと、エイミーは元々ノーブルとして学院に入学するはずでした。けれど、倒産事件によりマーチ家がおちぶれてしまったので、今はいわゆる「庶民」と同じ扱いを受けています。廊下を歩けばノーブルに鼻で笑われ、素敵なお茶会に参加しようと思っても、ノーブル以外お断りと門前払いをされるのです。まだお嬢様としての矜恃を捨てられないエイミーには、この仕打ちは堪えました。
「何よ。ノーブルって言ったって、どうせあの子たち自身は何の努力もしてないんだわ。あたしとあの子たちは逆だったかもしれないのに、よくこのあたしに冷たくできるわね」
ぷんぷんと頬をふくらませるエイミーでしたが、実はノーブル以外の子どもたち──特待生と仲良くすることも出来ませんでした。ノーブルに文句を言いつつも、エイミー自身も心の中では特待生を見下してしまっていたからです。いつの間にかエイミーは、ノーブルの輪にも、特待生の輪にも入れないまま、ひとりぼっちで過ごすようになりました。
エイミーの様子を先生から聞いたお姉様たちは、心配して教室まで来てくれましたが、エイミーの虚栄心が本音に蓋をして、つい突っぱねてしまいました。
そんなある日のこと。放課後、ジョーがエイミーをお茶に誘ってくれました。おしとやかなメグやベスと違い、外を走り回っているばかりのジョーがお茶会を開くなんて、と不思議に思ったエイミーは、からかい半分でジョーについて行くことにしました。
お茶会の会場は、校舎を通り過ぎ、特待生の寮を抜けた先にありました。辛うじてかつては花壇があったのだと分かる荒れた庭に、赤レンガで出来た小さな小屋がポツンと立っています。エイミーの顔が途端に険しくなりました。
「ジョーったら、こんなボロボロの場所でお茶会をするなんて、どうかしてるわ」
「まあまあ、そう言わずに中へ入ってご覧なさいな」
ジョーに押されるがまま、エイミーは小屋の扉をノックしました。すると、大きな返事とともに勢いよく扉が開き、中から真っ赤な髪と大きな目が印象的な女の子が出てきました。女の子は、エイミーの姿を見るなりうっとりと手を組みました。
「物語クラブへようこそ! あなたがジョーの言ってたお客さんね。会えて嬉しいわ! ああ、なんて素敵なブロンドの髪かしら。あたしがあなただったら毎日鏡を見過ぎてしまってきっと大変だったわ。さあ、入ってちょうだい。何にも無いけどお茶の準備だけはばっちりよ。リンゴの砂糖漬けとビスケットもね」
まくし立てるように喋ったあと、女の子はぽかんと口を開けているエイミーに気づいて、髪と同じくらい頬を真っ赤に染めました。
「やだ、あたしったらいつもこうなのよ。喋りすぎるの。嫌だったら言ってね? なるべく我慢するわ。難しいかもしれないけど。そうそう。名乗るのがまだだったわね。あたしはアン。アン・シャーリー。でも、ペンネームのコーデリアと呼ばれる方が何倍も好き。だって、コーデリアは馬鹿げたアンと違ってとても『叙情的』な名前でしょ? 『叙情的』って、意味はよく分からないんだけど、とても素敵な響きなのでそう思うの」
アンと言うらしい少女は、またもや忙しない機械のように喋り続けました。エイミーはやっとのことで「あたし、エイミー」と歯切れの悪い返事をすることしか出来ませんでした。
何てところに連れてきてくれたのよ、と睨むエイミーの瞳の中には、口元を押えて必死に笑いを堪えているジョーの姿が映っていたのでした。
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『魔法の本より』
🌐エイミー・マーチ(CV:オムライス)
🩰ベス・マーチ(CV:海咲)
🍎ジョー・マーチ(CV:中条 瑠乃)
🌼メグ・マーチ(CV:スノーク)
⏰アン・シャーリー(CV:日向ひなの)
🥿ジュディ・アボット(CV:唄見つきの)
🔒メアリー・レノックス(CV:はいねこ)
🛋️セーラ・クルー(CV:なつ)
⏰少し昔のある話 君と僕が出逢ったあの日
🌐きらきら光るそのページを 君とめくる物語
🌼それは不思議なある国の話 いつも空には星が輝いて
🛋月のライトが辺りを照らす 街は光で満ち溢れてる
🍎「私は君の魔法が見たいな」 君は僕の眼を見て呟いた
🔒不思議なことに 僕一人だけ そうさ 魔法が使えない
🩰🥿君は少しだけ微笑んで 汽笛が君に合図する
🌼🍎🩰🌐
君の魔法が輝いて 僕の心を静かに照らす
「きらきら光る星のような 君の魔法は眠ってる」
📖少し昔のある話 君と僕が出会ったあの日
きらきら光るそのページを 君とめくる物語
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📖次回
第2話『おませエイミーと見栄っ張りアン』
5/25 20:00 公開
#Fairylandの世界 #魔法の本より #sui
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