緋色の風車
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🎡 君の傍で共に散ろう…… 🎠 ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 第14幕『賢い兄と無邪気な妹、二人はいつでも……』 降り積もった雪に全ての音が吸い込まれた朝、拙い文字が綴られた木札を手にしたロミルダは、瞬間外に駆け出していた。けれど、雪を踏み締めようとした瞬間、彼女の肩をグスタフの皺だらけの手が掴んだ。 「追ってはいけない。いけないよ、ロミルダ」 「でも......! こんな雪の中じゃ、ゾーイが死んじゃう!」 目の前の孫娘は、透明な涙を目に溜めて叫ぶ。何も知らない彼女は、血の繋がらない妹を助けようと必死だった。その顔を見て、グスタフは心臓を鷲掴みにされたかのような苦しさに苛まれた。だが、けっしてロミルダを掴む手の力を緩めようとはしなかった。 「あの子にはあの子の事情があったんだ。お前も分かっていただろう? この日々は永遠には続かない」 「そんなの分かってる。私はゾーイの身の上を何にも知らないし、いつかは別れが来るだろうってことも、薄々気づいてた。でも、でも......こんな形でお別れなんて悲しいよ。私もあの子の顔を見て、もう一度大好きって言いたかった......!」 木札の文字を指でなぞりながら、ロミルダはその場に崩れ落ちた。その背をゆっくりと撫でながら、グスタフはただ少女の幸せを願っていた。 雪とともに現れ、雪とともに去った罪深き少女よ。君はその生涯で幾人もの命を死の淵に追いやったが、ある人間にとっては、歓びと幸福をもたらしてくれる存在でもあった。 君から温もりを受け取った人間が、少なくとも此処に二人生きていることを、どうか忘れないでくれ。 そして願わくば、君が血を分けた分身に再び出会えますように。 ───────────── 「着いた......」 白い息を煙のように吐き出しながら、ゾディアックは呼吸を整え辺りを見渡した。兄が沈んだと思わしき湖には、厳しい冬の寒さにより厚い氷が張っていた。 「これじゃあ死体は見つけられないかなぁ」 せっかく来たのにな、と唇を尖らせながらも、ゾディアックの表情は穏やかだった。 「遅くなってごめんね、お兄ちゃん」 ゾディアックは、薄っぺらいコートの内側から、ライヘンバッハ家に置いていったものと同じような木札を取り出すと、それを胸に抱え氷の上にそっと寝そべった。 「アタシね、全部の文字が書けるようになったんだ。料理も洗濯もお掃除もお裁縫も、全部出来るようになったんだ。逃げた先で、優しい女の子と、おじいちゃんに出会って、色んなことを教えてもらって、とっても幸せだった」 ゾーイは張り詰めた空気を深く吸うと、ゆっくりと目を閉じる。 「アタシ幸せだった。ずっとあの場所で......ロミルダとグスタフと一緒にいたかった。でもね、アタシの一番はどうしたってお兄ちゃんだから。ネヴァはもう一人のアタシだから」 指の先からじわじわと、感覚が薄れていく。身体に少しずつ、雪が降り積る。 「......この幸せを、ネヴァにも分けてあげたいと思った。ねえ、お兄ちゃん。アタシ前より役に立つようになったよ。だから、今度は逃げろなんて言わないで。最後まで、傍にいてもいいでしょ?」 白く霞む視界の向こうで、仕方ないなと笑う声がした。だんだん瞼が重くなってきて、抗えない眠気が襲ってくる。唇に触れる柔らかな雪を感じながら、ゾディアックは徐ろに意識を手放した。 紺色の短いくせっ毛に、異国風の衣装。初めて見た時、すぐにはソレが兄だと思えなかった。 けれど、何もかもが変わってしまった姿の中で、ゾディアックを見つめるその瞳だけは、あの頃のままそこにあった。 「お兄ちゃん......?」 「こんなに早く来るなんて聞いてないよ。でも、最後の一年、幸せそうでよかった」 目を細めて優しく笑ったあと、ネヴァは少しだけ頬を膨らませて拗ねたように口走る。 「本当、ボクが居なくても、すっごく幸せそうだった」 「......ごめんなさい。でもアタシ、今度は逃げないって決めたから。絶対、ネヴァの隣にいるから!」 冗談のつもりだったのに、ゾーイはネヴァの手を掴んで離さない。その目は生前よりもずっと強い意志を秘めていて、ネヴァの方が圧倒されそうだった。ネヴァは気圧された自分を悟られないよう、口元に深く笑みを刻み、ゾーイの手を握り返した。 「ゾーイはずっと、ボクのことで後悔してたんだね。......分かった。今度は二度とボクの傍を離れないでね。何処かに行ったら殺しちゃうから」 あの頃は、守るために突き放した。けれど今は、守るために縛り付けることを選んだ。心優しいこの子が、幸せと後悔の狭間で悩まないように。 地獄の底で再会した双子は、複雑に歪んだ、けれど世界一純粋な絆で結ばれている。 ───────────── 集合時刻はとうに過ぎていると言うのに、双子はのんびりと手を繋いだまま、焦る様子もなくやって来た。ミューは生気のない瞳を不機嫌そうに細めて、手に持ったキャンディを二人の脇腹に交互に差した。 「遅いのね。どれだけ待たせるつもりなのね」 「ごめん、寝坊しちゃった」 「昔の夢見たんだ〜!」 ミューが苛立っているというのに、この双子ときたら反省の兆しがまるで見えない。長いツインテールを勢いよく揺らして、ミューはフンっとそっぽを向いた。 「遅刻した分しっかり働いてもらうのね。まずは、これを作ってほしいのね」 ミューがキャンディの先で指し示した場所には、色とりどりの木材の山とペンキの入ったバケツが並んでいた。 「何あれ? まさか家でも建てちゃうの〜?」 「まあ似たようなものなのね」 「マジ!? 一体何作れって言うんだよ」 「パレードで使うフロート車です」 不意に、積まれた木材の裏から別の声が聞こえてきた。双子が驚いて声の方向に目をやると、影からミューとよく似た紫髪の少年──サーカス団ISのスーが姿を現した。 「やはり、中に居たままでは増える顧客に限りがありますから。皆さんにはパークの外で思う存分暴れ散らかしてもらいます。良いですね?」 諭すように問われ、双子はあからさまに顔をしかめた。他の組織の罪人に仕切られるのでは気分が悪いのだろう。けれどスーは、二人の陰鬱な視線にも物怖じせずサラリと言葉を続けた。 「もちろん、ファニイの時より上等な成果とサポートを約束しますよ。フロート車の制作はジェルトヴァ通りの端にある倉庫で行いますので、うちの団員からも人手をお貸しします」 「......なるほど、悪い話じゃない。乗った」 「ネヴァが言うならアタシも!」 双子が承諾したことで、ミューは途端に機嫌を良くした。先程まで指揮棒のように振り回していたキャンディを口に入れ、口角を少しだけ上げる。彼女はそのまま、我が物顔でAMに居座り続けるスーの横顔をじっと見つめ続けた。 「やっぱり、先生に似てる」 ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 🪡🧵訳も解らず息を殺して震えていた二人 絶望が溢れだすことを怖れて強く抱き合っていた── 🪡不意に君の肢体(からだ)が宙に浮かんだ → 怯え縋るような瞳(め)が ← 逃げ出した僕の背中に灼きついた…… 🧵狂0105(お)しい《季節》(とき)を経て…少年の《時》は流転する… 🧵廻る回る《緋色の風車》(Moulin Rouge)灼けつく《刻》(とき)を送って 🪡躍る踊る《血色の風車》(Moulin Rouge)凍える《瞬間》(とき)を迎えて 🧵嗚呼…もし生まれ変わったら 小さな花を咲かせよう… 🪡ごめんね…次は逃げずに 君の傍で共に散ろう…… 🪡🧵《緋色の風車》(Moulin Rouge)… ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 〖CAST〗 🪡ゾーイ(cv:海咲) https://nana-music.com/users/579307 🧵ネヴァ(cv:ラムネ) https://nana-music.com/users/7020177 〖ILLUSTRATOR〗 中条瑠乃 https://nana-music.com/users/1791392 〖INSTRUMENTAL〗 https://youtu.be/hfjc0ELfSOs?si=BCCp2bPlZIwyIJCD ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 〖BACK STAGE〗 ‣‣第13幕『まっしろ』 nana-music.com/sounds/06afd38a 〖NEXT STAGE〗 ‣‣第15幕『安心材料』 https://nana-music.com/sounds/06b12fb8 #AMUSEMENT_AM #SoundHorizon #緋色の風車
