Episode3「夢和の還魂」
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Episode3「夢和の還魂」
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Tie up song:夢和の森-スターマイン/Da-iCE
https://nana-music.com/sounds/06b1e42f
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「……は?」
「……えっ」
「…………は?????????」
それは因果の激しく歪んだ夜、白い月影がゆらり、揺れた、刹那のことだった。その場に居合わせた三人は全員目を見開いて驚いている。
その夜何故か、レレとロベインが暮らしている社に突然ヒトが現れた。
「……ロベイン」
現れた茶髪の男は、困ったような顔でロベインの名を呼ぶ。知り合いのようだ。そして、ロベインも彼のことを知っているのだろう。普段表情の変わらない彼が、珍しく取り乱している。
「レイ、なのか」
そう溢したロベインはまだ、まるで信じられないものを見たような顔のまま、整理がつかない様子だ。
レイと呼ばれた男は見かねたように肩をすくめて、レレに視線をやった。
「そちらのお嬢さんは?」
レレははっとして、一つお辞儀をして答える。
「レレ・ミェロルです。……えっと、お父さまのおしりあい、ですか?」
「違うと言いたいところですがその通りです。少し軋轢はありますが。……私はレーカル・セルド。レイと呼んでください」
レーカルはあっけらかんとしてそう言った。レレがそれにわかりました、と答えると、レーカルの視線がロベインへ戻る。
「どういうことですかロベイン。説明して下さい。こうも幼い怪異にお父様、なんて呼ばせて……稚児趣味でもあるんですか」
「違う。軽蔑するな」
「私は説明しろと言ったんです。弁解は受け付けていません。……あぁ、レレ。こんな稚児趣味の悪漢と一緒にいてはいけません。厨でお茶でも入れてきてください」
「あ……は、はい!」
レレは厨に入ると同時に、彼がこの家を見知ったような言葉を使ったことに疑問を抱いた。ロベインとああ親しく話す人も珍しく、元はこの家に住んでいたんだろうか、とも思うが、今はそれよりも気になることができてしまった。
「お、お父さまって、ロリコンなんでしょうか……。っよくないですよ、レレ! いまはお茶を用意することにせんねんしないと……!」
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「……それで、どうして今更私を召還したんですか」
「私ではない」
「それなら誰がしたと言うんです。冥府からの召還は則ち死者を呼び戻す蘇生。還魂は膨大なエネルギーを消費するため神ですら奥手になるような事象です。為せる者はそう居ません」
「先刻、理が歪んだ」
「……確かに、この杜の律は以前より乱れていますが。その歪みが原因だと?」
「お前が言ったことだ。冥府からの召還など、私にもできない」
「……それでも、無意識下であなたの干渉があったとしか思えません。あの子に娘のフリをさせているのは?」
「……私の感情から生まれた子だ」
「……きっかけは、私ですか」
「……」
ロベインは暗い顔で黙り込んだ。それは肯定の沈黙で、レーカルも正しく認識したようだったが、どこか浮かない顔をする。
「……しかしそれなら、あれほど若い訳が無いでしょう。あれから幾瀬?」
「……百瀬」
「そうですか、尚更ですね。あの子は多く見積もってもせいぜい15でしょう。嘘はよしなさい」
「……」
俯いていたロベインの瞳がレーカルを捉える。今度の沈黙は何か思うところがあるようで言い出せないような雰囲気を纏っている。
少し経って、ロベインが徐に口を開く。
それは、想像を遥かに上回る事実だった。
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「お茶、もってきました……!」
「ありがとうございます、レレ。良い香りですね」
レーカルが賛辞を贈ると、レレは少し驚いて、それでもはにかんで喜んで見せた。
「よかった、うれしいです……!」
それに心を温めつつ、レーカルは冷えた瞳で男を見遣る。健気な娘の行動に礼の一つもないのか、というのが本心だ。
「あなたも何か言ったらどうですか」
その言葉に、ロベインの瞳がレーカルを捉える。どこ吹く風、といったように逸らすと、視界の隅で少しだけ期待したような表情のレレが目に入ってしまい、レーカルはもう一度視線で男を詰った。
やがて、観念したようにロベインが口を開く。
「……ありがとう」
「……! えへへ」
これは普段から対話が成り立っていないなと、レーカルは当たりをつける。これくらいの歳の子は、普通ならたった一言でこれほど喜んだりはしない。むしろ父親のことなど嫌いだと突っぱねるようになる時期だ。
不憫な娘だ、と思うと同時に、矢張り見捨てられない、そうするしかないのか、と、心の内で少しずつ形になっていたその未来を口に出す。
「……ああ、そうでした。レレ、私はこの社に住むことになります。これからよろしくお願いしますね」
勿論ロベインには確認などしていないが、彼はそもこれと全く同じ未来しか描いていなかっただろうと、レーカルは知っている。
少し戸惑って、それでも嬉しそうに、レレがよろしくお願いしますと返すと、話は終わったとでも言わんばかりにロベインが席を立った。
「……私は部屋へ戻る。レイ、レレに勉学を教えてくれるか」
「構いませんよ」
一つ頷いて、ロベインはこの部屋から出て行った。
レーカルが件の少女を見遣ると、レレは少し言いにくそうに、けれど何かを聞きたそうにしている。この表情はまあ、少し似ていなくもない。少し困って、レーカルは自分から話しかけることにした。
「……何か、聞きたいことでも?」
「……! あ、あの、その……レイも、お父さまのむすめ、なんでしょうか……お父さまは、パパ活をされてるんでしょうか」
無邪気に、申し訳なさそうに問う少女に、レーカルの思考が止まる。まだ口調も覚束ない少女の語彙に何故、そんなものが。そもそも何故勘違いしたのか。自分とロベインが恋仲だとでも思われたのか? 想像するだけで吐き気がする。一通り巡り終えて、その頬に汗を滲ませながら、レーカルは少女自身に整理させることにした。
「…………………すみません。何故そう思ったのか始めからお聞きしても?」
「あ、えっと……。お父さまとしたしげに話している人は、めずらしくて、あ……あと、この家のことも知ってるみたいでした……!」
不慣れな様子で、精一杯に伝えようとするレレからは悪意は見られない。余計に居た堪れなさを感じるも、一つ一つ否定していくしかない。
「……まず、私はロベインの娘ではありません」
「じゃ、じゃあ……あいじん……?」
「違います。勝手に空恐ろしい関係にしないで下さい。誰ですかそんな言葉を教えたのは」
脳内に浮かぶ困惑の二文字。予想外の返答しか返ってこない。あの男に育てられたのだから元よりまともな教育がされているとは思っていない、と、レーカルは自分を窘めるも、それでも方向性を見失いすぎている。
「たまに、会合があると、紫のきつねさん……え、えっと、みろくさん、? が読み書きをおしえてくれます!」
「……少し待ってもらえますか、頭が痛くなってきました」
レーカルは額に手を添え俯いた。当たり前だ、幼気な少女に不純な言葉を教えていたのは自分の姉だったのだ。しかしよく考えれば彼女に頼るのはあの男のやりそうなことで、ああいった語彙を教えるのはあの女のやりそうなことだった。気を失わなかっただけ褒められるべきだろうと、独り言ちたい気分をどうにか抑える。
向かいで、レレが心配そうに眉を下げている。
その沈黙を破ったのは、こつこつと窓を叩く小鳥だった。脚には文を巻きつけている。
レレが慌てて窓際へ行き、そっと窓を開けて小鳥を手に乗せると、それは愛おしそうに頬擦りした。痛くないように注意して文を取ると、小鳥は少しだけ名残惜しそうにして、夜の森へ帰る。
するりと音を立てて文を開けると、レレは嬉しそうに微笑んだ。レーカルが不思議に思って首を傾げると、少女は彼の眼を見てこう告げた。
「次の会合がきまったみたいです!」
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