ザルバラ
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ザルバラ
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記録的な暑さが毎年更新され、今年も今年とて日本は酷暑が続いている。日が傾いても暑さは衰えず、車外は薄黄金に揺らめいていた。街の中心部から離れているからかじーわじーわと喚く蝉の声は窓を貫通し、文月は鬱陶しそうに耳の裏をかいた。運転席の男は数年前までは嗅ぎなれていたタバコをふかしている。墓地内は禁煙だからと、墓参りセットの中に線香と一緒に入れていたいい加減吸い慣れてきたそれに火をつけたのは少し前で、車内は外気をいれていても少し煙たかった。
「待っているだけじゃ暇でしょう?一本吸いますか?」
「吸わないって分かってて聞いてますよね」
「ふふっ、すみません」
イタズラっぽく聞いてきた吉永は形ばかりの謝罪を口にして、ふわりと煙を吐く。この人が吸うとどうにも柔らかく見える有害物質は、在りし日に見た神経質そうな鋭さをはらんだものとは違って、吸う人でここまで変わるのかと文月を驚かせた。
「っわ、ケホ……!何するんすか」
「ずっと見られていたら気になりますから」
「そんなに見てました?」
「見てました」
「すいません」
吉永がその視線を遮るように煙を吐きかければパタパタと顔周りを手で仰ぎ、観察が中断される。表情に乏しい彼だが、驚きや気恥ずかしさからか幾分弱々しい声で謝られれば、そこまで気にすることでは無いとむしろ己の行動の子供っぽさを恥じてしまう。
「さあ、気を取り直して行きましょうか。匂いの残っているうちに」
「はい」
石に囲われているからか、風が全くないからか墓地の中はもわっと暑く、ここ数日で半年分くらい炊かれた線香の香りが留まってまとまりついてくるようだった。こうも暑いと仏花はすぐにダメになるだろうと、行きつけのフラワーショップで作ってもらった楚々とした花束を吉永は一瞥する。後ろを歩く文月も暑さからかどこか虚ろで、いっそもっと遅い時間に来てもよかったかもしれないとこれから向かう仕事との兼ね合いを今更になって考えてしまう。故人にお金を使う機会は限られているのだし、良いものをというのは生きる人間のエゴに過ぎないのだから。
共同供養の墓石は変わらず石段の上で静謐さを保っており、軽く水をかけたり花を供えるだけで寄るべのない彼の魂の匣になる。
「思い出しました」
「何をです?」
「さっきの篤さんが俺にしたこと」
「あぁ……。ごめんなさい、子供じみてましたね」
「いや、そういうのは別に。気にしないっていうか……あれ、師匠もよく俺にやってたなって」
「古泉が?」
先程までどこか虚ろだった瞳は、日陰に入ったからかいつもの鋭さが戻っており、それどころかどこかさっぱりとして芯が通ったようなそんな顔つきだったので吉永は不思議に思った。何度か2人でここに来たが、いつだって名残惜しく縋るように時間を気にせず墓標を見つめ、死の香りと弱さを断ち切るように踵を返していた。だから、憑き物が取れたような文月の表情は、吉永にとって想定外だった。
「―篤さん、少し昔の話をしてもいいですか」
慈しむように口を開いた文月は、先日体験した都合のよすぎる白昼夢の話を極力順を追って話し出す。自分を包む煙に映った像が、向こうに帰ってしまう前に。語れば思い出になる恐怖を取り除いてくれた、彼との始まりを知ってほしいと思ううちに。
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