nana

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🎪 祈り届け、苦しみさへも凍てつけ 🎭 ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 第13幕『暮の空に明日を見る』後編  帝都の片隅にある暮凪塾は、いつも絶えず明るい声で溢れている。 「先生、昨日ね、西洋菓子を拵えたのだけれど、みっちゃんが卵に入れるお砂糖とお塩の量を間違えて、そりゃあもうしょっぱいお菓子になっちゃったのよ」 「違うの先生! あれは葉子が瓶を逆の位置に置いたからで!」 「まぁまぁ二人とも。その後作り直した分は上手くいったから良いじゃない」  いつも三人一緒の葉子・光子・朝子は年頃の少女らしくお喋りで、どんな些細な話でも、ことある事に令子に聞かせなければ気が済まない様子だった。 「先生、先生、推理小説はお好き?」 「いや、俗世的な書物は読まないね。くだらない」 「そんな事言わないで、すっごく面白いんだから!貸してあげます」 「だから読まないって……」 「良いから~!」  三人がかりで令子に本を押しつける娘たちを見て、雄二はゆっくりと息を吐く。  彼女たちはそれぞれ、実の親から不遇な扱いを受けていた子どもであったが、令子のことを母のように、雄二のことを父のように慕ってくれていた。子どもに恵まれなかった暮凪夫妻にとって、それがどんなに嬉しいことだったか、きっと彼女たちは気がついていないだろう。けれど、その無邪気さは確かに、令子と雄二を救っていたのである。  先生と呼ばれている間、令子は時折、いっそ全てを辞めてしまおうかという思いに苛まれることがあった。政界から身を引いて、ただの女教師として生きてゆく道の方が幸せなのでは無いかと。子どもたちの柔らかさに触れて、かつての冷徹な女が少しずつその身を変えていることに、雄二は気がついていた。それは昔描いた未来とは異なっていたけれど、そこに彼女の幸せがあると言うのならそれでも構わない。雄二はいつしか、令子と娘たちの平穏ばかりを祈るようになっていた。  だがその年、令子を再び政の場へと駆り立てる出来事が起こった。政府が隣国に攻撃を仕掛け、それを隣国側の責任とし無理やり植民地を拡大させたのだ。経済低迷による苦肉の策ではあったと言うが、当然そんなものは侵略行為と見なされる他無い。あれよあれよという間に国は世界組織から追放され、実質孤立の一途を辿ってしまった。更には、過去の大戦で敗戦国となった中欧の国と防共協定を締結したことにより、大国からの厳しい視線は益々鋭くなっていった。 「馬鹿なことを……こうなれば、時期に戦争を起こすしか無くなる」  令子の顔から次第に笑みが消えていく。彼女は私塾を畳み、再び国に反旗を翻すことを決意した。しかし、そんな中でも三人の娘たちは彼女の傍を離れず、ついには共に戦うとまで言い出したのだ。それは皮肉にも、かつて令子が望んでいた未来そのものだったのだが、今の彼女からは嬉しさなど微塵も感じることは出来なかった。令子はただ、三人の命だけを一番に案じていた。 「もし危険を感じたら、すぐに逃げなさい。間違っても私を追ってはいけないよ」 「はい、先生」  娘達は真剣な顔で頷き、その誓い通り令子に従って動いていた。だがある時、彼女達は令子へ報いたい一心から、言いつけを破って独断で政府の役人を追ってしまった。隠れる術を知らない彼女達はすぐに見つかり、あっという間に追われる身となった。血相を変えて泣きながらやって来た娘達に向かって、令子は優しく諭すように言った。 「お前たちの思いは充分伝わったよ。罰なんて必要ない。これで良い勉強になっただろうからね。……さぁ、泣くのはもうおよし。ここも時期に追っ手が来るだろうから、早急に身の振り方を考えねば」  令子は僅かに首を傾げ思案していたが、やがて満足そうに微笑むと、まだ俯いている娘たちに顔を上げさせるため、大きく手を鳴らした。 「いっその事、国外逃亡してしまおう。その方が安全だ」 「……外国へ行くの?」 「あぁ。かつての教え子……お前たちの先輩に、英国に住んでいる者が数名いる。彼らに手配してもらおう。さながら、留学と言ったところかな?」  令子が片目を閉じると、娘たちは途端に華やいで瞳を輝かせた。いつもの調子に戻った娘たちに気を取られていた雄二は、その時、令子の顔が一瞬曇って見えたことに気がつかなかった。  国からの追っ手を避け、身を潜めて数ヶ月。ようやく渡航の手続きが完了した。出立はいよいよ三日後と言う日、令子は晴れやかな顔で娘たちの前に立った。彼女はいつもの地味な着物姿ではなく、珍しく小洒落た洋装をしていた。 「まぁ先生、モガみたいよ」 「お帽子の飾りと胸のブローチ、お揃いなのねぇ、素敵!」 「でも、どうして急にそんな格好を?」  口々に言葉を繰り出す娘たちに負けじと、令子は帽子を目深に被り直して口を開く。 「もうすぐこの国から発つんだ。最後の思い出作りに、映画でも見に行かないかと思ってね」 「映画! 行くわ!」  娘たちは顔を見合せて飛び上がると、我先にと部屋へ戻っていく。きっと一張羅を着込んでくるつもりなのだろう。雄二がはしゃぐその背中を微笑ましく見つめていると、ふと令子の視線を感じた。反射的に隣を見ると、彼女はあの夜と同じ、寂しげな微笑を浮かべて立っていた。その表情を見た瞬間、雄二は彼女がこれから言い出すことを察してしまった。覚悟を決めたように息を吸い込む彼女を前に、自然と冷や汗が浮かび、拳に力が入る。出来ることなら、その先を言わないで欲しいと叫びたかった。けれど彼は、令子の信念を誰よりも知っている彼は、彼女の口から決意が溢れて止まるまでの間、ただ無言で彼女を抱きしめ続けていた。 「先生、そう言えば今朝方、雄二先生と何を話していらしたの?」 「大したことじゃないよ。お前たちは随分大きくなったなあって、そう言ってたんだ、なぁ?」 「あ、あぁ。そうだな。皆立派な娘になったよ」 「嫌だ雄二先生。おじいさんみたいなこと言って」 「君たちから見れば、もう随分おじいさんだよ」 「ふふ、それは言い過ぎよ」  映画の帰り道。並んで歩く五つの影が、夕日に照らされてはしゃぐように折り重なっていた。 「楽しかったなぁ。今日は」 「ええ。でも、英国に行けばきっともっと楽しくなるわ」 「……そうだね」 「令子、先生?」 「葉子、光子、朝子。お前たちと居られて、私は幸せだよ」 「まあ、どうしたの急に。そんなの、私たちだって同じ気持ちよ!」  葉子が令子の手を取ると、後の二人は彼女の肩に手を置いた。この日、暮れの陽光に照らされて光り輝いた母娘の顔を、雄二は一生忘れることは無かった。  三日後、帝都の港より英国行きの船が出航した。まず雄二と娘たちが乗り、令子は神戸の港から合流することになっていた。葉子は期待に胸を膨らませながら、令子の到着を今か今かと待っていた。  しかし、いつになっても港に着く気配はない。もうすぐ日が沈むと言うのに、船は止まることなく進み続けている。何だか嫌な胸騒ぎがした。葉子が雄二の部屋に向かうと、示し合わせたかのように光子と朝子もやって来た。三人は意を決して雄二に令子のことを尋ねた。すると雄二は、一瞬何かを言い淀んだあと、淡々と呟いた。 「令子は来ない。あいつは、今までの罪の償いを受ける為に一人国に残った。……恐らくはもう、処刑は終わっている」  その瞬間、葉子の世界から色と音が消えた。刹那にして、彼女達の人生はがらりと変わってしまった。先生が、殺された。師であり、母であり、友であった、愛するあの人は、もうこの世界のどこにも居ない。  葉子は震える足で踵を返すと、思考が追いつかぬまま船の甲板に飛び出した。 「葉子! 何を……!」 「私も帰る! 先生のいない世界で生きるくらいなら、先生と一緒に死ぬ! 帰して、帰して、私たちを日本に帰して!」  荒れ狂う波と共鳴するように、葉子の叫びは海原のはるか遠くまで響く。そんな彼女を、光子は泣きながらも気丈に押さえ込んだ。 「駄目よ葉子! 死んでは駄目。先生は、私たちを生かすために国に残ることを決めたんでしょ。だったら、私たちは、生きなきゃ駄目……!」  甲板で泣き叫ぶ二人を追ってきた朝子は、その上に覆い被さるようにして二人を抱きしめる。 「葉ちゃん、みっちゃん、先生に教えてもらったことを、今度は私たちで広げていこう。それが、先生への恩返しになる気がするんだ」  三人は、涙を流しながらもけっして互いの手を離さず抱きしめ合い、共に失った者の悲しみを共有していた。そのまま眠ってしまった彼女たちにそっと毛布をかけた雄二は、黙って白み始めた東の空を見つめていた。その目から、たった一筋の雫がつたって落ちる。もうすぐ、海の上にも朝が来る。 「令子。あんたはその選択を後悔しないのか」 「そんな事しないさ。後悔なんてひとつも無いくらい、私の人生は幸せだよ。なんてったって、こんな素敵な家族に出会えたんだから」  もう、ここからどう足掻いたとしても、彼女の決意は変わらない。けれど、それが彼女の幸せというのならば、喜んで運命の片棒を背負おう。笑い声と涙声が混ざりあった声音でそう言った雄二に、令子はやはり可笑しそうに、愛おしそうに、いつもの口調で答えたのだった。 「お前は最後の最後まで、格好のつかん男だな」  更に時が過ぎ、三年後。国へ戻ってきた四人は、逃げてきた当時のままになっている暮凪塾を片付けていた。懐かしい調度品やら書物やらに雄二が目を細めていると、廊下の方から葉子が嬉しそうに何かを抱えて歩いてくるのが見えた。 「葉子、どうしたんだ。そんなに嬉しそうにして」 「お父様。あのね、見てちょうだい、これ」  そう言って葉子が差し出したのは、一冊の小説だった。それは二・三十年程前に流行った推理作家の著書で、令子は頑なに読まないと言い張っていた本だった。️ 「それは、昔君たちが令子に押しつけて、タンスの肥やしにされていた本じゃないか」 「ふふ、それがね、見て」  葉子が開いた頁は、一番最後の頁。そこに、令子が愛用していた押し花の栞が挟まっていた。 「先生、読んでくださっていたのね」  そう言って栞を撫でるその手は、かつて優しく差し伸べてくれた、凛々しく美しい女の手にとてもよく似ていた。 ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 〖LYRIC〗 世はあまねく暮れ果てし冬 光うしなひ染まりゆく空 しづやかなる里に風切りたる鶴ぞ飛ぶ 祈り届け、苦しみさへも凍てつけ 腕振れば、白雪降り始め── 天地透き通りて 冬枯れの枝葉をも眠らす さざなみの夜半も、かなしさも、清ら、つらら いづこより来たる 瑠璃紺の垂氷の煌めき 愁の心、墨色を白磁に染め上げ 春を待つらむ ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 〖CAST〗 ♟グレイ(cv:桐生りな) https://nana-music.com/users/6037062 〖MOVIE〗 日向ひなの https://nana-music.com/users/2284271 ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 〖BACK STAGE〗 ‣‣第12幕『暮の空に明日を見る』前編 https://nana-music.com/sounds/068a91da 〖NEXT STAGE〗 ‣‣第14幕『閻魔降臨』〖STORY ONLY〗 https://nana-music.com/sounds/068cb25e #CIRCUS_IS #てんぐ夜かぐら #LSCM

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