Stay Alive
Sooty House - Girl in the mirror -
Stay Alive
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【 胸の中 消えぬままで 】
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コンコン、と戸を叩く。
私とエリー達が初めて出会った、あの日のように。
──『私』の夢に気づかせてくれたエリーに、話をしたい。
そう思ってから数日。外の掃除の予定がしばらくないまま、『こどもたちの棟』を見回るにはちょうどいい期間が空いたのをいいことに、私は、見回りという名目でエリーの部屋を訪れた。
「……えっ、ミア?」
ほんの少しの沈黙を待てば、エリーは『おそるおそる』の権化とでも表現すべき慎重さで、しゃがんでいても当然発生する身長差でこちらを見上げ──そして、私の顔を認識し、意外とでも言うように、ペリドットを思わせる綺麗な目を見開いた。さもありなん。
だって、生き人形が単独で別の生き人形に会いに行くなんて、余計なことにもほどがあって──いつも「余計なことをするな」と注意をしているのは、この私だもの。
「突然押しかけてごめんなさい。今、いいかしら? 話したいことが……」
「もちろん大丈夫ですよ! ささ、どうぞ入ってくださいっ!」
意図も容易くあっけなく、どころか食い気味に開け放たれた扉。奥には、いつもの笑顔。
こうして私は、実にあっさりと、数日ぶりにエリーの部屋へ入ることができた。
「私たちのことを──昔話を、聞いてほしくて。……知ってほしくて」
そう切り出すと、エリーは「ミア達の、昔話……?」と、不思議そうに首を傾げた。
私はそれに頷いて、深呼吸をする。
……これは、二度と口に出してはいけないことだった。いけないはずのことだった。
だけど、その口外禁止の真実を、私は──この子に、知ってほしいと思ってしまった。
そうしないと、私は前に進めないから。
そして、彼女に本気の想いが伝わらないから。
大きく吸って、吐いて、をもう一度。
直後に酸素を素早く吸い、そのまま言葉へ変換する。
「ミラ様とミア様は、双子の姉妹だったの」
言った。言ってしまった。
エリーの顔を見ることがなんだかとても恐ろしいことに思えて、咄嗟に俯く。そして、無意識に強く強く握られた自分自身の拳を見つめながら、まくしたてるように話を続けた。
「姉のミア様と、妹のミラ様。ミア様はいつもミラ様に正しい行動を教え、ミラ様はそんなミア様にいつもくっついていて……とても、仲が良かったわ。二人で一つの、互いがいることで完璧になる双子。二人は、境界を見失ってしまいそうなほど綺麗に合わさったパズルみたいだった。……だけど、二人は……」
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ」
私の歯切れが悪くなったところで、その隙をつくように、焦った声が割って入る。
そっと顔を上げると、綺麗な黄緑色をぐるぐる回したエリーが発言権を得るべく手を挙げて、全身で『理解が追いつきません!』と表していて。
「え、えっと……え……? ミラ様、と──ミア〝様〟? ……双子、って……じゃあ、ミアは」
エリーの目の前にいるミアは。
あなたは。
……それより先を、エリーは言わなかった。
おまえは誰だ、とか──そんなことは、言いたくなかったのかもしれない。否、この子の言い回しならば、あなたは誰なんですか、だろうけれど。
私はそれには何も言わず、ただ微笑んで「続き、話すわね」と呟く。普段通りに笑えている自信は、あまりない。
「……あなたたちの代の『お披露目』は、全員合格したけれど……合格があるということは、不合格者──不合格のペアが出たって、おかしくないでしょう? ……私たちの代は、『そう』だった」
再び、深呼吸。
大好きな人の絶叫が、鏡の中の自分の泣き顔が、まばたく瞼の裏で浮かんでは消える。
私は、震える身体と声を鼓舞して、続きを紡いだ。
「私たちの『お披露目』で、脱落したのは──ミア様だった。
ミラ様とミア様は、『お披露目』でお別れしたの」
「……え……」
か細いか細い幼い声が目前の口から零れ落ちるのを、私の耳は逃さなかった。逃してはくれなかった。
彼女の瞳が、みるみるうちに大きく見開かれていく。
それを見ていることが、見続けることができなくて、私はつい目を逸らす。
「ミア様は……ミラ様を庇って、脱落してしまったわ。ミラ様がミア様を愛しているのと同じで──ミア様も、ミラ様のことをほんとうに大事にしていたから。ご自身が犠牲になってでも絶対に妹を死なせたりなんてしない、姉の鑑だったから。……そうして、二人の運命はバラバラに引き千切れて、二度と合わさらなくなってしまったの」
劈く悲鳴が、記憶の奥底から蘇る。
耳にこびりついて離れない、ミラ様の号哭。『私』と一緒に蓋をして、閉じこめておいた現実。
私も、思い出したくなかった事実。
「……それを、きっかけに……ミラ様は、壊れてしまったわ。ミラ様にとって、自分がミア様と一緒にいることは、当たり前だったから──永遠に一緒にいるはずだったから。なのに、そんな当然の未来が、すぐそこに迫った明日も隣に立っているはずのミア様の姿が、見えなくなって……ミラ様の心は、暗闇の中で迷子になってしまった」
あの日のミラ様の様子は、思い出したくもない。
自分達の合格を祝うベルが鳴っても、パーティ会場に入っても、一言も発さなかった。
もぬけの殻だった。ミラ・シャドーという存在が、すすだけを残して形骸化してしまったかのようだった。
誰が何を言っても、私が何を言っても、反応はなく。
当時の星つきがミア様の不合格を告げても、ほかのお影様たちがそれを嘲笑っていても、ぴくりとも動かなくて。
まるで、ミラ様の心が、ミア様と一緒に消えてしまったかのようで──怖かった。
「ミラ様は、孤独に絶望した。絶望し尽くした。『私のミア』を喪うなんて、ミラ様には耐えられなかったのよ」
おやすみのキスをしなかったのは、あの日が最初で最後。
部屋に戻ったミラ様はすぐにベッドに倒れこみ、そのままコンフォーターにくるまって動かなくなってしまった。
私も自分の部屋に戻ったけれど、一睡もできずに朝になって。
どんな言葉をかけるべきかわからないまま、ミラ様の部屋に入ると──私の不安とは裏腹に、言葉をかけるまでもなく、ミラ様は既に目覚めていた。
「ミラ様の心は、大きな欠片が飛び散って……元の形に戻そうにも、罅が入ったままになってしまった。そして、罅だらけのミラ様の心は……その瞼を閉ざして、偽物の光を生み出したの」
そこにいたのは、いつものミラ様だった。
陽気で、少しだけ間が抜けていて、けれどシャドー家としての確かな自信を持った、私の大好きなミラ様。
ただひとつ、ちがうのは──『私』には向けられていない愛。
「ミラ様は──私を、『ミア』と呼んだ」
──『おはよう、ミア。今日も良い朝ね?』
「あの日から『私』は、ミラ様から『ミア』として扱われるようになったの」
息を呑む音がした。
浮かべているつもりの微笑が自嘲になってしまっている気がして、顔をつくりなおす。ショックを受けてくれている小さな生き人形が、ちょっとでもリラックスできるように、やさしい微笑みを心がける。相変わらず、できている自信はない。
「……初めまして、エリー」
そして、『私』は。
私自身を含め、誰からも呼ばれなくなってずいぶん経った大切な名を、震える唇で唱える。
「私、ほんとうは──マイア、っていうの」
エリーの、信じられないものを見るような──否、ような、ではないか──信じられないものを見る目は、変わらない。
心配をかけたくて話したわけではないので、ずっと悲しそうな顔をさせてしまっているのは本望ではない──ので、ミア様たちとの思い出が悲しいばかりではないことも知ってほしくて、もっと奥にしまっていたものを引っ張り出す。
「ミラ様とミア様も、とっても仲が良かったけれどね。私たち──『私』たち、マイアたち生き人形どうしだって、すっごく仲良しだったのよ? 双子のお影様の生き人形だから、私たちも相性が良いのね、って……ふふ」
赤い髪、空色の瞳、精巧に作られた端正な顔立ち。
自分と瓜二つのあの子のことを回想すると、悲しいことなんてほとんどないはずなのに、不意に鼻の奥がツンと熱をもつのを感じて、一瞬だけ息が詰まる。
……あの子──ミア様の生き人形は、今、どうしているのだろう?
『お披露目』で犠牲になってしまったのは、ミア様だけのはずなのだけれど……、……。
「……私、ね。ミラ様に『ミア』って呼ばれるようになってから……『ミア』として振る舞うようになってから、『私』を閉じこめていたの。蓋をして、なかったことにしていたの。見ないふりをしていたの。『ミア』がいれば、そうすれば、たったそれだけで、ミラ様が笑ってくれるのなら、私はそれで構わないって、本気で思ったから。形が違っても……呼ばれる名前も違っても、ミラ様の隣にいられるならそれでいい、って」
話しながら、エリーのあまりにも悲哀に満ちた表情が、なんだか私の話だけが理由ではないような気がした。
何か他に悲しいことがあったのに、無理して笑って受容して、話を聞いてくれて、思うところがあるのかないのかはわからないけれど、ずっと深く悲しんで。
そんなことにいまさら気がついて、あぁ、タイミングを誤ってしまったな、と思う。
ごめんなさい、エリー。
だけど──あなたを笑顔にするためではないけれど。
私がただ、伝えたいだけだけれど。
それでも──私の想いがあなたに届いたら、少しはあなたの心を軽くできるかもしれないから。
だから──もうちょっとだけ、聞いてほしい。
私の我が侭を。
「けど──このあいだ、あなたと話したとき。あなたが、アリス様から名付けられたことを喜んでいるのを見て……私、ミラ様が初めて『マイア』と呼んでくださったときのことを──ミラ様の声で奏でられる、『マイア』の音色を──それが、私の心をひどく震わせ舞い上がらせるのを、思い出してしまったの」
そっと、自分の両手を胸に当ててみる。
マイア。
その響きが、ミラ様の喉から発されていた記憶を呼び起こすだけで──ほら。
鼓動は、とくんとくんと、大きく強く脈打つの。
「こんな感情が、願いが、祈りが残っていたなんて……ほんと、びっくりしたわ。少し寂しくて、胸が締めつけられて……だけど、それ以上にうれしくて……もう、抑えられなくなっちゃったわ。私、気付いてしまったのよ。あなたが、気づかせてくれたのよ。私の夢に」
「……夢……?」
さっきよりも幾分か明るくなったような気がするエリーの顔色にホッとしながら、私はそれを口にする。
数日前に、私の中へ嚥下して──それでも、言葉にすることなく、私だけのものとして秘めていたものを、宣言する。
「私──マイアとして、大好きなミラ様の隣に立ちたい」
エリーが、また息を呑んだ。
私は、胸に置いていた指をギュッと丸めこんで、真っ直ぐとペリドットを見据える。
「これはね、あなたのおかげなの。あなたが余計なことを考えながらもアリス様を愛し、それを私に語る余計さを持っていたからこそ、私は『私』の夢に気づけた。だから、あなたに話を聞いてほしかったの。そして、感謝を伝えたかったの──ありがとう、エリー」
「そ、そんな……エリーは、何も」
エリーが、ぎこちないながらも、照れたように笑う──やっと、笑ってくれた。
そのことに心の底から安堵しながら、「それとね」と続ける。
「私、決めたことがあるの。あなたが気づかせてくれた夢を叶えるために、決めたこと。あなたのおかげだから、感謝も、宣言も、どうしてもあなたに言いたくて……だから、押しかけてしまったの。ごめんなさいね」
「い、いいえ! びっくりはしましたけれど、ミア……あ、マイアのことは大好きなので、嬉しかったですよ!」
わざわざ言い直す姿に、呼び直す姿に、やっぱり余計なことだらけであったかいなぁと再確認しながら、何度目かわからない深呼吸をする。
これを言ってしまえば、もう逃げられない。
だけど、逃げる気はない。
だから、私は──最初よりも素早く息を吸って、それを口にした。
「私──ミラ様に、私は『マイア』だって伝えるわ」
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𝒍𝒚𝒓𝒊𝒄𝒔
🎀未完成のパズル
どうしてだろう? 何かが足りない
🎗️行き違いの運命
離れてゆくことも 知りながら
🎀🎗️また歩く
🎀🎗️I Stay Alive
🎀今は一人 闇をさまようだけ
🎀🎗️想定外の切なさが 胸の中 消えぬままで
𝑪𝒂𝒔𝒕
🎀ミラ(cv.朔)
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🎗ミア / マイア(cv.小日向奏乃)
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𝑻𝒂𝒈
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