フォルトナ
🪙ヒルデ・イスカリオテ
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第3節 この愛は憎しみ
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北の国に来て何週間か経ったある日、ネージュは雪原の真ん中に人影を見つけた。
吹雪の中、エプロンドレスだけという見ている方が凍えそうな軽装。だが少女はそれを気にすることなく雪の中で座り込んでいた。魔女かと思ったがどうやらそうでは無いらしい。
「……どうしたの?」
ネージュが声をかけると、少女はやっとネージュの方に顔を向けた。それでも少女の瞳はネージュを見ているようで見ていない。
「貴女は……もしかして魔女様ですか?」
「はい。私は魔女ですが……あなた、どうしてこんな所に?一人ですか?」
「ええ、説明申し上げます。申し上げます。魔女様。あの人は、酷い。酷い。はい。本当に嫌な方です。悪い方です。ああ……あたしは我慢ならなかったのです」
少女は口を開き堰を切ったように語り始めた。
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この世界はクソったれで汚くて下らない。
ヒルデは幼い頃からそう思っていた。
ヒルデが産まれた村は貧しく、皆がボロのような服をきて、傾きかけた家で具のないスープをすすっていた。窓から見る景色はいつも灰色の空と白い雪に閉ざされていた。
ヒルデは10歳の時に親に売られた。冬を越すためのお金が無かったからだ。そしてあちこちで売り払われて流れ着いた先の小さな村で、領主に買われて小間使いになることになった。
小間使いといっても、吹雪のなか井戸に水をくみに行かされたり、冷たい水で屋敷中の床の拭き掃除をさせられたりとまるで奴隷のような扱いだったが。でも服と寝床と、スープとパンだけでも食事を貰えるだけありがたかった。
転機は12歳の時に訪れた。 ヒルデはある日領主に呼び出され、こう告げられた。
「新しい仕事をお前に割り振る。とある方の世話係だ。今の世話係が歳をとって仕事が出来なくなったのでな」
ヒルデは機械的に頷く。ヒルデに帰る場所はない。ここを逃げ出しても野垂れ死ぬだけ。どんな仕事であれやらなくてはならない。
そして、ヒルデが執事長に連れてこられたのは領主の屋敷の地下だった。地下なのに驚くほど明るく広い通路の先に進むと、突き当たりに奇妙な部屋が見えてきた。
それはまるで王様のいるお城の部屋──いや、ヒルデはそんなもの見たことがないので想像でしか無いのだが──のように美しい調度品に囲まれた広い部屋だった。白い壁にはシミひとつなく、床には部屋の住人を守るようにふわふわの敷物が敷き詰められている。
ただ、その部屋は一つだけ普通の部屋と異なる点があった。通路に面した部屋の壁の一部が柵のようになっているのだ。まるで牢のように。
「魔女様」
領主が部屋の中に声をかける。
よく見ると部屋の中央で誰かが祈りを捧げるように両手を胸の前で合わせ、歌を歌っている。
「新しい世話係の者です。ご用がありましたらこの者に何なりとお申し付けください」
その言葉に人影が歌うのをやめて振り向く。
ヒルデは息を飲んだ。
その少女の紫色の髪は朝焼けに染まる空よりも美しく、その瞳は夜空の星よりも複雑な色合いで輝いていた。学のないヒルデはその美しさを表現する方法を知らなかった。
少女が形の良い唇をゆっくりと動かし、天からのお告げのような澄み切った声を発した。
「そうなのですね、私はアリエルです。どうぞよろしくお願い致します」
この世界はクソったれで汚くて下らない。
きっと神様は綺麗なものをひとつの所に集めてしまったんだ。それがいま目の前にいる。
「……………きれい」
いや、きっと彼女こそ、わたしのかみさまだ。
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ヒルデはその日から献身的にアリエルの世話係を務めた。朝は早起きして地下室を隅々まで掃き清め、食事を運び、アリエルが生活に不便がないか心を砕いた。
しかしアリエルはいつも微笑んで満足だと答えるだけだった。そして一日中部屋の中で神に歌を捧げ、村に守護の魔法をかけ続けるのだ。
本当に心まで清らかで、そして尊い力を持った方なのだ。ヒルデは仕事の合間にその様子をうっとりと眺めた。
「魔女様は……いつからここにいらっしゃるのですか?」
ある日ふとヒルデがそう問いかけると、アリエルは小首を傾げてこう答えた。
「物心ついた頃にはもうここにいました。3代前の領主様が私を穢れた俗世から害されないよう保護して下さったそうです。それから100年以上ここで村を守護しています」
その言葉を聞いて、ヒルデは首をがくがくと縦にふって激しく同意した。
「領主様の言う通りです!この世界はすごく危険で汚いんです!魔女様みたいに、その、き、綺麗な……方はきっと悪いやつらに狙われやすいと思いますし、それがいいと思います!」
その言葉を聞いてアリエルは微笑む。
「そうですか……この村の皆にこうやって大切にされて私は幸せ者です。お返しに村の人々が吹雪や獣に害されないように守護の魔法をより一層強くかけなくてはいけませんね」
そしてこう付け加えた。
「ヒルデもいつもありがとうございます」
その言葉に顔が燃えるくらい熱くなって、目がじんわりと潤んだ。アリエルに感謝されるのが誇らしくて天にも登りそうな気持ちになる。この世界でいちばん綺麗な方支えているという優越感で体がはち切れそうだ。
嬉しい。嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい!
ヒルデの毎日は幸せだった。
やがて、幸福なままヒルデがアリエルの世話係になり年が5つ巡った。
ヒルデは子どもから年頃の少女へと成長したが、アリエルの見た目は変わらず出会った頃のままだった。魔女は歳を取らないらしい。まさしく永遠の美なのだとヒルデは感心した。
けれど、魔力は年とともに少しずつ成長していくものらしい。その証拠のようにいつも灰色の雲が重く垂れ込んでいた村に、ほんの数日だが光が差す日も見られるようになった。
ある日、ヒルデが井戸で水を汲んでいるとその傍らに小さな花を見つけた。アリエルのご加護のおかげ。ヒルデは嬉しくなってその花を摘み取り、地下のアリエルに贈ることにした。
「これは?」
「今年は珍しく村に花が咲いていたので持ってきました。魔女様の加護のおかげです!」
「これが……花?」
アリエルは目を瞬かせる。
「驚きました。花とはこんなに柔らかいものなのですね。手触りもしっとりとしていて……本で読んだ時はもっとつるつるとしているものだと思っていました」
「あっ、魔女様は外の世界を覚えていらっしゃらないのですよね」
「はい、そうなのです。外の世界にはこんなものがあるのですね……ありがとうヒルデ。大切にします」
感謝の言葉に胸をいっぱいにするヒルデは、アリエルが興味深そうに今まで見向きもしなかった明かり取りの小窓の方を見ていることに気づかなかった。
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感傷的な旅路は もう過去になった
これまでの悲嘆は 幸せの前触れ
どんなに苦しい 嗚呼 道のりも全て
あなたに出逢うためだったのね
何かが足りない人生から
あたしを救いだしてくれた
あなたはあたしの道しるべ
ああ、なんて幸せ!
あなただけ あなただけが
あたしを生かしてくれるの そして
あたしだけ あたしだけが
あなたに全てを捧げるの
愛でも 毒でも処方したい
あなたのためなら何だって!
どこまでだって一緒だから
いつか胸やけするほど愛を頂戴
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🪙ヒルデ・イスカリオテ(cv.はいねこ)
北の国に住む人間の少女。
貧しかったため親に売られ、村の領主の屋敷の小間使いをしている。幼い頃から苦労ばかりしているため、人を信用せず、この世界の醜さに絶望していた。アリエルの世話係を担当することになり、村を守護してくれる力を持ち、美しい容姿と心を持つアリエルに心酔していく。
【好き】アリエル、アリエルのお世話
【嫌い】アリエル以外の世界の全て
【特技】家事全般
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◇第2章 プレイリスト◇
https://nana-music.com/playlists/3840346
◇素敵な伴奏ありがとうございました◇
ミナセ様
https://nana-music.com/sounds/05a0f504
◇ 𝕋𝕒𝕘 ◇
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