人魚の墓
3.
人魚姫、お母さんはいると思うな。
病院の真っ白なベッドの上。
上半身だけを起こして、母は笑った。
まだ幼かった私は、それだけでなんだか救われたような気持ちになった。
休み時間に読んでいた本を、クラスの男の子に笑われた日だった。
お母さんね、昔、人魚姫に会いたくて毎日海に行っていたの。
そこで会った女の子と仲良くなって、毎日一緒にいたわ。
母は頬を染めて嬉しそうに話す。
さながら、恋する乙女だった。
あの子は泳ぐのが上手でね、
ここは砂浜だけど向こう岸にはテトラポットがいっぱいあるの!
なんて教えてくれて。
それから歌声も綺麗で、
たまに私の知らない曲を歌ってくれたのよ。
そこで母は話を切った。
つまらなそうにしている私の顔に気づいたのだろうか。
そうして、囁くようにこう言った。
もしかしたらあの子、人魚姫だったのかな、なんて。
次の日、母は亡くなった。
病弱な母の早すぎる死。
穏やかな死顔だけが、救いだった。
最後まで握っていた母の手は冷たくて、乾燥していて、魚の鱗のようだった。
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歌詞
夜が明けたら 花が咲いて
東の空へ登り出す
街が目を覚ます その前に
そっと開く世界の秘密
何も変わらなく見える
日々の片隅で何かが
欠けては生まれ続けている
駅前の角の空白に何があったか
不意に思い出してみるような
目には見えない 知らない 叫びたい愛が
どこかで小さく世界を救うんだ
笑う、泣きそうに笑うあなたが
雲の切れ間に一人凛と立つ
鍵穴を覗けば 優しい秘密が
今日もあなたはネジを回しゆく
Illust:フクダ(https://nana-music.com/users/10226832)
#人魚の墓 #落椿の音
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