携帯恋話
Sooty House - Girl in the mirror -
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【 口をつけずに冷めた紅茶を 】
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「今回の『お披露目』の合格者は────」
唾を呑む音を鳴らしたのは、エリーの喉か、アリス様の喉か、それとも隣に並ぶベラ様の喉か。
新品の糸をピンと張ったような、息の詰まる空気のなか──試験官の彼女は、その空気にそぐわない、何もかもがほどけたように笑顔を浮かべました。にっこにこです。
「おめでとう! 三対とも合格よ!」
ベルの奏でる音色が、お庭を彩りました。どうやら見知らぬお影様と生き人形がスタンバイしていたようで(『お披露目』に夢中でまったく気がつきませんでした)、エリー達を祝福してくださっています。
その愛らしいメロディに、心の奥の奥からうれしい気持ちがこみあげてきて、頬が緩むのを感じました。
うれしくってうれしくって、エリザベス以上ににっこにこです。自然と、アリス様が素敵だと言ってくださった『顔』に、笑顔になっていきます。
ほんとうに、ほんとうにうれしいです!
だって──素敵なアリス様の素敵なところがちゃんと伝わって、認めてもらえたんですから!
ベラトリクス様も、ラヴィも、マヤ様も、アンジュも、みーんなうれしそう!
この六人で合格することができて、ほんとうに良かったです!
「さぁ、こちらへいらっしゃい。みんな待ってるわ」
◇◇◇
通されたのは、木の壁に囲まれた、控室のような空間でした。
「生き人形は、ポートレイトを着たら、私語を慎んで、主人の感情表現に励むようにね。それがルールだから」
ポートレイト──主の顔の役目をする際に着る服です。生き人形の、正装。ハンガーにかかったそれを手にとり、エリー達生き人形はそれぞれ着替えます。
真っ黒なワンピースの裾を整え、手袋とタイツを装着すると、ピューリタン・カラーと同じ型のフリルが顔を引き立てるために三段も重なった襟以外は真っ黒な状態になりました。鮮やかなドレスと真っ黒な身体のお影様とは対照的です。
さすが生き人形の正装、というべきでしょうか。
なんだか、『顔』になれたのだという実感が湧いてきました。ぽかぽかした気持ちが止まらなくて、とっても幸せです。
「さて」
くるり、と。
巨大な扉の前に立っていたエリザベスが、エリー達が着替え終わったタイミングで振り返りました。かなり場所をとっている大きく広がったスカートが、いちいち動きを阻むように纏わりついて、邪魔そうです。
「この先では、あなた達をお祝いするパーティが開かれているの。シャドーは他のシャドーと好きに交流するといいわ。それじゃあ──行きましょう」
そう説明すると、エリザベスは、あの『お披露目』の待機部屋に入るときのような大きな大きな扉に、手をかけます。
エリーが出会ったなかでは誰よりも背が高い彼女ですら首が痛くなってしまいそうな大きすぎる扉が、ゆっくりゆっくり開かれて──
扉の先には、大量のお影様と生き人形とがあふれていました。
わぁ……! と声が出てしまいそうになって、あわてて飲みこみます。ポートレイトを着ているあいだは、『顔』の役目をまっとうしないと!
この空間は、ところどころにテーブルが設置されていて、その上にはお茶やお菓子などが用意されているようです──そのあたりは、『お披露目』待機部屋と似ていますね。
一番奥の一面は、アリス様とエリーの身長分──いえ、エリザベスの身長分ほど床の位置が高く、ステージのようになっています。
しかし、何より特筆すべきは、会場の広さと人数の多さでしょう。
外の掃除のときも驚きましたが、それ以上の広さです。比べものになりません。どんなに見渡しても具体的に見通しをつけることすらできません。
そして、それは人数も同じです。当然ですが、外の掃除をするときの二倍の人数がぎゅうぎゅうに詰まって、いろんなところでお菓子を食べたり交流をしたりしています。数えるのなんて不毛すぎます、とにかくとにかく多いです。
きっと、ここにいるみんなと仲良くなるなんて、すっごく難しいです──って、いけないいけない。これは余計なことだってミアに注意されたんでした。
「アリス、合格おめでとう!」
「ベラトリクス、合格おめでとう!」
「マヤ、合格おめでとう!」
「おめでとう!」「おめでとう!」「おめでとう!」
一歩踏み出すと、会場中の視線が一気にこちらを刺しました──流石に、圧倒されてしまいそうです。
ですが、さらに一歩前に出たマヤ様が優雅にお辞儀をしてくださったので、アリス様とベラ様も──つまり、エリーとラヴィも、それぞれ会釈をして応えました。
「……どうやら、『こどもたちの棟』のみんなが集まっているみたいね?」
顔を上げたベラ様が、キョロキョロとあちこちを眺めながら、そう呟きます。ラヴィの顔は、少し不安そうです。
「そうみたいだね。……ということで、ワタシはあっちの人が少なそうなところにいようかな。流石に『お披露目』で疲れてしまったからね。それじゃあ、またあとで」
そう言って歩きだしたマヤ様と、マヤ様と一緒に困り笑顔で手を振って歩きだすアンジュ。
だいぶ回復していましたが、アンジュは『お披露目』中も体調が悪そうでしたし、マヤ様もそんなアンジュに代わって多く動いてらっしゃったので、ほんとうに疲れているのでしょう。ちょっぴり心配です。
そんな心配な二人とすれ違いながら、知らないお影様と生き人形がこちらへ向かってきました。お影様はトレーを持っていて、そのトレーには二つのカップが乗っています。
「おめでとう、ベラトリクス。一杯いかが?」
「ええ、いただくわ! ……この黒い液体って……」
意気揚々とカップの持ち手を指で挟んだベラトリクス様は、すぐさま首を傾げます。隣では、少し戸惑ったような『顔』で、同じようにカップを手にしたラヴィも首を傾げています。
「『顔付き』──つまり成人として認められたら、みんなに振る舞われる飲み物よ」
「ふうん……ベラはもう『顔付き』だものね! いただくわ!」
明るく力強くカップを傾けたベラ様は──すぐにカップから口を離しました。あれれ?
ベラ様も、そして同じように黒い液体を飲んだラヴィも、ぎゅっと身を縮こまらせています──ラヴィの『顔』は、きゅーっと顔のパーツを真ん中に寄せるみたいに、眉を顰めて目も口もかたく閉ざして、何かを我慢しているみたいです。
そんな二人を見て、カップを持ってきたお影様は「ふふっ」と笑い声を漏らしました。生き人形は、どこか微笑ましそうなあたたかい表情です。
「慣れればこの苦味と酸味がやみつきになるわ。飲めば不安もなくなる」
「……多分、珈琲という飲み物ね。本で見たことがあるわ。とっても苦いんですって」
アリス様が、こっそり耳打ちしてくださいました。
珈琲──そ、そんなに……というか、あんなに苦いんですね……。
アリス様はお砂糖たっぷりの紅茶が好きですし、エリーも自然とそれが好きになったので、ちゃんと飲めるかちょっぴり不安です。
「べっ……ベラはこの苦味も酸味も平気よ? だってもう『顔付き』だもの! もう一杯いただくわ!」
「あらあら、うふふ……わかったわ。用意してくるから、その一杯目を飲み干して待っていてちょうだい」
ベラ様、絶対にとっても苦そうにしていたのに、大丈夫なんでしょうか……? ラヴィはかなり無理した『顔』をしていますよ……?
「アリス、エリー」
ふと、後ろから声がかけられました──それは、珈琲を届けてくれた見知らぬお影様のものではなく──先ほどまでエリー達の運命のイニシアチブを握っていた、聞き覚えのあるものでした。
「エリザベス……?」
振り返ったアリス様が、驚いたように疑問を口にしました。なのでエリーも少し控えめに瞠目し、首をひねります。
「ここは、『こどもたちの棟』のみんなが集まっているんじゃないの? あなたは、『おじい様と共にある棟』の……」
「ええ、そうよ。だから、もう行かないといけないのだけど……これだけ、渡しておきたくて」
眉を下げて困ったように笑ったエリザベスは、そう言って、トレーを差し出しました──その上に乗っているのは、二つのカップ。
これは──珈琲? でも、さっきベラ様が飲んでいたものよりも黒くなくて、匂いも違うような──というか、この匂い、エリー、知ってます!
「紅茶よ。お砂糖たっぷりにしておいたわ。アリス、好きなんでしょう? よかったら、冷めないうちに二人で飲んでちょうだい。それじゃあ」
エリーがトレーを受け取ると、エリザベスはあっという間に人混みの紛れて見えなくなってしまいました──あんなに動きにくそうなドレスなのに、それを感じさせないエレガントさでした。流石です。
「きっと、『お披露目』をするシャドーのことは、事前に調べてくれているのね。紅茶が好きなことまで知られてるのは、びっくりしたけど……すごく助かったわ。あとでお礼を言いにいかないと」
ほっと安堵した様子のアリス様の心を写すように、エリーも口元を緩めます。
エリザベス、とってもやさしいです。『お披露目』の易しいゲームと全員合格だけでなく、おそらくコーヒーが口に合わないであろうアリス様のために、アリス様の大好きな紅茶を用意してくださるなんて……!
やさしすぎます。ありがたく、冷めないうちにいただかないと!
ポートレイトを纏っているあいだは話してはいけないので、無言でトレーをずいっと近づけると、アリス様は「ありがとう」とカップを持ち上げました──今、すすが舞ったような?
「……あら? エリー、見て。何か文字が……」
不思議そうに、カップの底を覗くアリス様。「見て」という主人の望みに応えるべく隣に失礼したエリーは、きょとんとした『顔』を浮かべつつ、一緒に覗きこみました。
そこには──すすで、文字が綴られていました。
すすが舞ったように見えたのは、気のせいではなかったわけです。
「『何か困ったらいつでも相談してね』……?」
理解が追いつかないといった様子で読み上げるアリス様──エリーも、ぜんぜん理解が追いつきません。一体全体、どういう意味なのでしょう?
これって、エリザベスからのメッセージ……ですよね?
困ったら、とはなんでしょう……? 『顔付き』になったら、困難が待ち受けているというのでしょうか……?
しかも、エリー達にだけ……? ベラ様とラヴィ、マヤ様とアンジュには、他の手段で伝えるんでしょうか?
「「……あっ」」
ポートレイトを着ているのに、声を発してしましました。やっぱりエリーはまだまだです。
けれど、アリス様もエリーも思わず、声を上げてしまいました。上げざるをえませんでした。
だって──
だって、すすで書かれた文字が、消えてしまったのですから。
繋がっていたはずの羅列が、散り散りになって。
まるで幻だったみたいに、なくなってしまいました。
バラバラになって、ただのすすになって、人混みに紛れて見えなくなってしまいました──先ほどの、エリザベスのように。
「──本日成人した三対はこちらへ」
アリス様とエリーが硬直してしまっていた時間は、どれくらいだったのでしょう。
広い会場に、不機嫌そうな声が響きわたりました──ミラ様です。
そちらを向けば、奥のステージのようになっている高い床の上から、アリス様達を呼んでいるようでした。星つきのお仕事でしょうか。
ハッと我にかえったアリス様とエリーは、慌ててカップをトレーに置きなおし、トレーは近くのテーブルに置いて、ステージに上がりました。既にベラ様とラヴィは立っていて、少し遅れてマヤ様とアンジュが上ってきました。
「今回は三対中三対という非常に優秀な結果です。新たなる『こどもたちの塔』の仲間に拍手を」
歓迎的ではない態度でありつつもきちんと職務をまっとうするミラ様は、さすが星つきということなのでしょう。だって、こんな大役を任されているのですから。エリーの位置からではミアの姿はよく見えませんが、また合図をしているのでしょうか?
ミラ様の言葉を皮切りに、会場中のお影様と生き人形がわぁっと拍手を始めました──お、音の圧がすごいです! みなさんより上のところにいるのに、耳が壊れてしまいそう!
しかし、それはとても心地良くもあります。
だってこの手と手の合奏は、エリーがアリス様の『顔』になれたかたこそ浴びることができている喝采なのですから!
また心の底から笑顔を浮かべて、アリス様の少し後ろで、エリーはただただ前を向いて堂々と胸をはりました。
──エリザベスのメッセージと、冷めてしまったであろう紅茶を、頭に過らせながら。
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𝒍𝒚𝒓𝒊𝒄𝒔
💎いつまでも手放せない感情は
ひとさじの甘さで薄汚れている
🧸憧れの物語と違うのは
どうしても 不安になる以上の感触が
🪞足りない
💎🧸チクタク チクタク
👑君と交わす とりとめのない言葉 結わいて
💎🧸チクタク チクタク
👑お別れの頃合いになっただけ
💎🧸口元に残る甘さはどこへやろう
🪞ねえ 愛すなら愛して 厭ならば嫌って
👑白黒つかないダージリン
🪞瞼のいらない嘘の言葉に 💎🧸愛をせがんでしまう
👑「いかないでよ」
🪞口をつけずに冷めた紅茶を
捨てられないような恋でも
👑心以上の言葉で君を
🪞聞かせて もしもし
𝑪𝒂𝒔𝒕
💎アリス(cv.りる)
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🧸エリー(cv.おとの。)
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👑エリザベス(cv.nagi)
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