栗原望愛 小説①
Writer:汐凪カナデ
───朝 ベッドのすぐ横に位置する窓は、カーテンによって隠されている。はずだったが、カーテンの隙間から覗く日光が私に起きろと訴えてくる。 不運なことに、今日は雲ひとつない快晴だ。カーテンの隙間を埋めようとも、透かして見える光ですら私の睡眠を邪魔してくるのだ。 こんなのだから、あたしには明るい陽の光は似合わないのだろう。 陽の光が1番合うのは……そこまで考えると、胸がズキッと痛んだ気がする。 望愛「…考えるの、やめよ」 こうしてあたしは逃げてしまう。 望愛「逃げることは、悪いことなの…?」 誰でもいいから。その問いに答えて欲しかった。 でも、その問いへの答えは、無慈悲にもあたしを照らす太陽とそれに合わない静寂という、なんとも救われないものだった。 【学校】 学校に着いて、特に挨拶を交わすことも無く席に着く。 アイドルだったらクラスでも注目を集めるのが普通なのだろうが、あたしはミアという事実を何となく隠していた。 だから、学校でも私生活でもメガネをかけて髪型を変えたり…意図的にダサいであろう格好を選んだりしている。 別に明確な隠す理由は無い。 過去に何か問題が起きた訳でもないし、注目を浴びるのが嫌だからという訳でもなかった。 自分の中では何となく答えは見つかっているが、それを認めてしまうのがなんだか怖かった。 学校でのあたしはミアとは大分違う。少なくともそれを自覚するくらいには。 休み時間は仲のいいグループで話してるということも無く、1人で読書をしたりというのが多い。 1人の方が気楽だから、何ら気にしていないが。 ─── 「ねぇねぇ、スタライのライブ観た!?」 「もちろん観に行ったよ!今回のライブも凄かったよね~!」 「ね!ミアと弥生のライブ最高~!!」 「今2人しか居ないんだっけ?2人だけなのにあのお客さんの人数!すごすぎだよね~!」 ─── 望愛「……」 スタライの話題が行き交っていても、あまり反応を示さない。 アイドルが好きって言うのは、あたしには似合わないから。 みんなのイメージとは、ズレちゃうから。 (弥生、やっぱりすごいなぁ…) ''栗原望愛''にとって、弥生はなんだか遠く感じた。 この頃、あたしはとあることに悩んでいる。 スタライの''ミア''と、ただの中学生の''栗原望愛''が、同じあたしだと思えなくて、自分が分からなくなっているのだ。 栗原望愛にとって、ミアは明るすぎて元気すぎて遠い存在だ。 学校でのあたしがもしミアみたいな子だったら、生活は劇的に変わっているのだろう。 だから、どうしてもミアはあたしだと思えなくなるのだ。 ミアはスタライのお日様みたいな子で、望愛はお日様を見れなくて隠れている影みたいで。 正反対のあたし達は、どうやって巡り合えばいいのだろう。そんな悩みが頭の中を交錯して止まないのだ。 それに、月のクールな明るさを持つ弥生には、お日様の明るさを持つミアが似合う。隠れて出来た影のような望愛には似合わない。釣り合わない。 どうやっても、どう思考しても、なぜだか劣等感を抱いていた。 【ホームルーム】 担任「───皆さんは今年で受験生です。しっかりと自分と向き合い、進路を見定めましょう」 はーい。と気だるげな返事が返される。 そしてそのまま、ざわざわしながらもホームルームは容易く終えられた。 ここの所、先生は同じようなセリフを投げかけてくる。 正直、受験生の自覚だったり、これからを決める重要な時期だとかいうのはあんまり分かってない。 歳を重ねただけなのに、進路を選べと言われるのはなんだか突然すぎる、と思ってしまう。こんなの、言い訳にもならないのだろうが。 こんな先生の言葉にもふと疑問を投げたくなる。 思わず、誰にも聞こえてないだろう小声で呟いてみる。 「……''自分''が分からないあたしは、どうやって道を決めればいいんだろ…?」 やっぱり、問いに答える人は居なかった。 ……しかし、不意に声が聞こえてきた。 「そういえば、栗原さんってどことなくミアに似てない?名前も同じだし!」 「そう?ミアとは全然違う気がするけど」 「ちげーだろ!あんな地味なのに!」 「ちょっと、声でかすぎw」 ───''全然違う''、''地味なのに'' 望愛「…っ」 思わず唇を噛み締め、拳を強く握った。 その言葉に対して言い返したいのに、言葉が何も出てこない。むしゃくしゃする。 震える手足を必死に隠しながら、あたしはその場を足早に立ち去った。 "ほら、そんなこと言うから行っちゃったじゃん" "あーあ、つまんねーの" "ま別にいっか!キョーミねーし" "どっか遊びに行こうぜー" どれだけ足を早めても、校舎は音を響かせる。 たとえ走ろうとも、この会話は聞こえ続けるのだろう。そう思うと、急ぐのがバカバカしくなってた。 ──やっぱり、望愛は弱いんだ。 【事務所】 ミア「失礼します、お疲れ様です!」 そんな義務的な挨拶を喋る。この挨拶を習慣づけてから早3年ほどが経つ。 今日は弥生はおらず、あたしだけ練習の日。弥生が居ないのは少し寂しいが、今日は居なくて良かったかもと思ってしまう。 事務所の大きな鏡に映る顔は、ミア本人には見えない、暗い表情をしていた。 コーチ「……ミア!!そこのターン遅い!もう1回!!」 ミア「はい!!」 今日のダンス練習は、いつもより調子が出ない。 先程の言葉達が、脳内を巡り続けて…脳裏から離れないのだ。 しかし、そんなことは関係なくレッスンは続く。 コーチ「ダメだ!!もう1回!!」 ミア「はい!!」 …何度やっても。 コーチ「どんなに辛くても笑顔はキープだ!!」 ミア「っ、はい!!」 ……何度やっても。 コーチ「曲とずれてる!!音楽を聴くんだ!!」 ミア「…っ、はいっ!!」 …………出来なかった。 いつもなら1発でできる所が、全く出来なかった。 なんで、どうして、と思っても何も変わらない。 それどころか、どんどん悪化していってしまった。 コーチ「…ミア、今日どうしたんだ?体調悪かったりしないか?」 ダンスのコーチに言われる。でも、ここで音を上げるのはミアじゃない。 だから、息を整える為に深呼吸をする。息が整うと、コーチの方に顔を向けて、言い放つ。 ミア「あたしはいつでも元気なミアですよ!これから調子上げてきます!!」 そう言った後にいつもの満点スマイルを向ければ、コーチも少し安心したような顔ぶりを見せた。 【栗原宅】 望愛「ただいま~…って、今日は居ないんだっけ」 あたしのお母さんはファッションデザイナー、お父さんは大手有名会社の社長と、忙しい日々を送っている。 物心ついた時から、親が家に居ないのは当たり前になっていた。小学校高学年にアイドルを始めてからは、家に人がいる時間の方が少なくなった気がする。 荷物を片付け、いつものように冷蔵庫の中を確認する。 望愛「…お肉あるよね。粉もある。唐揚げでも作ろ」 1人で火を扱うのも慣れたものだ。慣れた手つきで唐揚げを揚げていく。 ジュゥウウ……とお肉が油に揚げられていく音がする。 今日の唐揚げはサクサクして美味しく出来そうだ。鼻歌を歌いながら料理をしていく。 …1人分にしては多すぎる唐揚げを取り皿に置いていく。小さなお皿に2、3個。大皿に残りを全て乗せ、ラップをして置いておく。 ご飯をよそい、1家族がちょうどな机椅子に腰を下ろす。 望愛「…いただきます」 人は居なくとも、挨拶はちゃんとする。挨拶は食べ物に感謝の意を示す為らしいけど…少なくとも、そこまでは考えてないかも。 かなり美味しそうに出来上がった唐揚げに、冷蔵庫に常備してあるレモンをいっぱい搾る。そのままでも美味しいだろうけど、レモン汁をかけたらどんな食事も劇的に美味しくなるのだ。これだけは譲れない。 絞り終わったレモンの果肉は残さずに食べ、唐揚げに手を伸ばす。そして、普段よりも大きな口で唐揚げを1口ぱくりと食べる。 予想通りサクサクしていて、かけたレモンの刺激がまたたまらない。 望愛「ん~!美味しい~」 そう言ったあとは、その味をかみ締めながらゆっくりのんびりと食事を済ませた。 …一通りやることは終わったので、暇になってしまった。 部屋着にも着替えてもう寝る準備は万端なのだが、どうにも寝る気になれずにいた。 そんな感じでボーっとしていると、ふとメールの通知音が鳴る。 どこかぼやけながら、机の上にあるスマホに手を伸ばして電源を付ける。 誰からのメールだろうとアプリを開くと、1番上に〖やよい〗と書かれた連絡先が出てきた。 どうしたんだろうとメールを開いてみると、こんな一文が送られていた。 弥生『望愛、最近元気が無さそうですが大丈夫ですか?困り事でしたら、なんでも言ってくださいね』 望愛「……やよい…」 相棒の、"数少ない親友"のメッセージに、思わずぐっときてしまう。それと同時に、心配をかけてしまっているという事実に、罪悪感を感じた。あまり慣れないスマホのキーボードを打ち、メッセージの返信をした。 望愛『大丈夫。心配かけてごめん』 それだけ送って、スマホの電源を落とす。 スマホをまた机の上に戻し、ベッドの上へと身を落とす。気づいた時には、私の身長より大きなクマのぬいぐるみを抱き締めてた。 こうしてぬいぐるみを抱き締めると、自分も抱きしめられてる感じがして、安心できる。小さな頃はよく感じていた、親の温もりを微かに感じられるのだ。 望愛「…ぅ…っ、ぅっ…」 やっぱり、望愛は弱い。このくらいのことで、すぐ泣いてしまう。 望愛「…あたしなんて…望愛なん、て…"大嫌い"……」 そんな心の声だけ零して、その日は眠りに落ちていた。 ───そして、数週間後…… 望愛「やっと学校終わった…早く練習行こ…」 泣いた夜から数週間、未だに本調子が出ずにいた。 それでも練習を休まないのは、明日は定期ライブがあるからだ。いつもならライブが楽しみすぎて寝れないくらいなのに、今回は違う。不安が溜まりに溜まっていて、眠る気にもなれない。 どこか憂鬱になりながらも、通い慣れた足は自動的に動き続け、あっという間に事務所へと着いた。 …事務所の前に着くと、ふと足を止める。 高層ビルの建て並ぶ中に紛れている、これまた大きな事務所を見上げてみる。なんだか、初めて来た時を思い出させた。 初めて来た時は、この大きな事務所を見上げるだけで気持ちを高ぶらせていた。 望愛「あの頃に戻りたいなぁ…なーんてね…」 そう徐に呟き、スマホケースからとある一枚の写真を取り出す。 その写真に映るのは、ミアや弥生だけじゃない沢山のアイドルたち。ミアは今よりもはるかに幼く、無邪気な笑顔をカメラに向けていた。言わずもがな、かつてのスターライトの写真である。 今でもあの頃を忘れられず、時々思い出すのだ。今でこそたった2人になってしまったが、絶対に元のStar☆Light事務所にしてみせると心に誓っている。 弥生「懐かしいですね、その写真」 望愛「うわぁ!?って、弥生か…」 ぼーっとしている所に後ろから声をかけられた。 弥生だと認識すると安心したが、思わず驚きの声をあげてしまった。 弥生はこちらに微笑みを向けると、カバンから大切そうに保管されている一枚の写真を取り出す。その写真が気になり思わず見てみる。 …すると驚くことに、私が見ていたものと同じ写真だった。 弥生「…あの頃のスターライトに、してみせる。今でもそう思ってます」 望愛「…弥生も?」 弥生「えぇ、もちろんです」 それだけ言うと、弥生は事務所に入っていく。 その後ろ姿からは、あたしとは違う強い決意が感じられた。 【翌日、本番前楽屋】 モヤモヤは解決しないまま、当日を迎えてしまった。 今のスタライじゃ規模が小さい為、たくさんのアイドルが参加する定期ライブへの参加をしている。勿論、あたしは弥生と組むのだが、楽屋は複数グループで使用している。 Star☆Lightの本番は最後の為、今はイスに座って本番に備えている。周囲のアイドルたちは交友を深めたり、本番前に気合いを高めたり等、活気溢れている様子だ。 あたしも弥生と話していようかな、と考えたが、彼女は楽屋に居なかったようだった。思わず溜め息をつく。 特にすることも無いので暫くジーッとしていると、周囲の話が嫌でも耳に入ってきた。 "あれがあの『Star☆Light事務所』のアイドル?" "確かすっごく大きな事務所じゃないっけ?" "なんか2人しか居ないらしいよ~、私たちの方が全然レベル上なんじゃない?笑" "そーだよね!どうせ、他のアイドルに見放されたんでしょ?笑" ミア「………っ……」 言い返せず、思わず歯を噛み締める。 こんなのは"ミアじゃない"。これじゃあ、こんなんじゃ、"ミアはダメ"なのに。 顔を1度俯かせる。いつも練習でやってた、ずっと変わらない"ミアの笑顔"を必死に作る。 そしていつも通り……… ミア「……ぁ…ぇ………」 あ、れ…… こ え が で な い………… ----------------- 弥生「……ァ……ア!……ミア!」 ミア「…え……?」 弥生の声が聞こえて、混濁していた意識が覚醒する。 辺りを見回すと、見慣れたステージの裏。本番直前に待機をする、ステージ袖だ。 弥生「さっきからずっとボーっとしてた。もう本番前だよ、ミア」 ミア「え、あ………ご、ごめん弥生」 反射的に謝罪をする。多分、恐らく、無意識のうちに時間を過ごしていたのだろう。喉に軽く触れると、先程までのつっかえる感じは消えていた。 ふと弥生の方を見ると、いつものクールな感じがどこか緩まっている。その理由は明確に、あたしのせいだろう。迷惑をかけてしまっているのだ。 ミア「…よしっ。弥生、今日のステージも、いつも通り楽しもっか」 いつも通り。なんの違和感も無いようにその言葉を言った。 言ったはずだった。 ─でも、生憎あたしは、弥生を騙すことは出来ないらしい。 ミア「え………?」 ふわっと。突然、暖かい温もりに包まれる。 理解するのに数秒かかったが、温もりの正体は理解出来た。 ミア「弥生……?」 弥生「ミア。ごめん。無茶、1人でさせてたよね」 ミア「え…なんで、弥生が謝るの…?」 よく回らない頭で、純粋な疑問をぶつける。 これはあたしの問題だから、弥生が謝る必要なんて無いのに。 弥生「…?だって、ミアの悩みは僕の悩み。僕の悩みはミアの悩みでしょ?無茶するなら、2人でしなくちゃ」 ミア「2人で……」 弥生は、いとも当たり前のように、いとも普通かのように言ってみせた。 その答えは、あたしの悩みを直接解決させるものでは無いかもしれないけれど。 ──その暖かさは、本物だったんだ。 弥生「…ミア、ステージに行かなきゃ。位置に行こう」 ステージ下の待機位置へと弥生は並ぼうとする。 でも、あたしはその手を離さないで、逆に強く握ってやる。 弥生「ミア……?」 ミア「あたしたち、目指すのは1番輝ける場所でしょ!そしたら、派手に行かなくっちゃ!!」 あたしのその声と同時に、床がステージの上へと上がる。 あたしは弥生の手を掴んだまま。弥生も、あたしの手を掴んだまま。あたしは、弥生を引っ張るように、どこまでも行けるように、大きな、大きなジャンプをした。 ミア「みんなーっ!!!これから、ミアと弥生の………ううん。 ────"ミア"の、"望愛"の相棒とのステージを始めるよっ!!!!」